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vol.100 爆発する本音

 けいとさんの冷たい視線と、独占欲に満ちた言葉が僕を追い詰める。

 普段は彼女のペースに流され、甘やかされる僕である。

 しかし、この時ばかりは、抑えきれない感情が胸の奥で爆発寸前だった。

 僕の脳裏には、Midnight Verdictがデビューし、世間から注目を集めるにつれて、けいとさんとの間にできてしまった距離、そしてその間に募った不安や寂しさが次々とフラッシュバックした。

 僕の声は、震えていた。

 しかし、その震えは怯えではなく、抑圧されてきた感情が噴き出す前の予兆だった。


「…そもそもさ!

 僕がどれだけけいとさんのことを愛してるか、考えたことあるの!?」


 僕の叫び声が、リビングの空気を切り裂いた。

 けいとさんの完璧な笑顔が、初めて崩れる。

 瞳の奥に、驚きと戸惑いの色が浮かんだ。


「けんたろうちゃん…?」


 けいとさんの口が、微かに開く。まるで、今初めて僕という存在を見つめ直すような、そんな表情だった。


 僕は、もう止まらなかった。

 堰を切ったように、これまで胸の奥に閉じ込めてきた不満が、次々と溢れ出す。


「Midnight Verdictでデビューするからって、距離を取られて、どれだけ不安で、悲しくて、傷ついたか…!

 けいとさんは、僕のことなんて二の次で、音楽の道を選んだんだって…

 どれだけ自分を責めたか…」


 僕の言葉には、あの雨の日の公園での苦しみがにじみ出ていた。

 けいとさんは、ティーカップに向けた手を止めた。

 その手が、微かに震えているのを僕は見逃さなかった。


「わたし…」


 彼女が何かを言いかけるが、僕の感情の奔流は止まらない。


「あれから連絡をとるのだって大変な時期があったのに…!

 けいとさんと会えるほんのちょっとの時間のために、僕はどれだけ我慢して、寂しい思いをして、辛い思いをしたか知ってる!?

 僕がどれだけけいとさんに会いたくて、会えなくて、寂しかったか…!」


 あの夜の公園。重ならない指先。全てが蘇る。

 僕は、こみ上げてくる感情で、声が震える。

 けいとさんは、目を見開いて僕の言葉を聞いている。

 その表情には、僕の知らなかった、彼女自身の葛藤が垣間見えるようだった。


「そんなに…苦しかったの…?」


 けいとさんの声が、いつもより小さくなった。


「ユージと一緒にここまで来て、売れたからよかったけど、もし僕が売れてなかったら、けいとさんは、それでも愛してくれたの!?

 この才能がなかったら、僕はけいとさんに必要とされなかったの!?」


 その言葉は、僕がずっと抱えていた、けいとさんの愛情に対する根本的な不安だった。

 音楽の才能を愛されているのか、それとも僕自身を愛してくれているのか。

 その疑念が、僕を苦しめていた。


 けいとさんの顔色が変わった。

 驚きから、そして深く傷ついたような表情に。


「そんなこと…」


 彼女の唇が震える。


「そもそも、二人の関係を公表すればOKな話でしょ!?

 隠すから、一条さんやめぐみちゃんが寄ってくるんだよ!

 僕が誰と会っても、誰と話しても、何も気にしなくていいようにすればいいじゃないか!」


 僕は、感情的になりすぎて、つい世間への公表という、二人の間で最もデリケートな部分にまで踏み込んでしまった。


「公表って…けんたろうちゃん、あなたまだ…」


 けいとさんの眉がひそめられる。

 21歳の彼女と16歳の僕。その現実が、重くのしかかる。


 しかし、僕はもう後には引けなかった。


「僕はみじめだよ。

 とことんみじめだよ。

 でも、けいとさんのためなら、どんなことでも飲み込めるんだよ!」


 けいとさんが、椅子の背もたれを掴んだ。その手の節が、白くなっている。


「みじめだなんて…

 そんなこと言わないで…」


「ユージがいつの日か2兆曲作れるって僕のこと言ってたけど、けいとさんがいないと1曲も作れないよ!

 僕の音楽は、全部、けいとさんがいるからこそ生まれるんだよ!

 けいとさんが僕のインスピレーションなんだ!」


 僕は、ユージが僕をからかう時に使う誇張した表現まで持ち出し、僕の音楽活動におけるけいとさんの存在の大きさを訴える。


 けいとさんの口元に、一瞬苦笑いが浮かんだが、すぐに消えた。


「2兆曲って…彼らしいわね…」


「けいとさんがいないと原子力発電所どころか火おこしで火も起こせないよ!

 僕は、けいとさんがいないと、本当に何もできないんだ!

 生活も、何もかも!」


 僕の日常生活におけるけいとさんへの依存度までが、感情のままに吐き出される。

 まるで子供が駄々をこねるかのように、しかしそこには、彼女を失うことへの根源的な恐怖と、彼女に全てを捧げている僕の純粋な気持ちが込められていた。


「何もできないって…」


 けいとさんが、立ち上がった。

 その動作は、普段の優雅さを失っていた。


「けいとさんがいないと、音楽をやる意味なんてそもそもないんだよ!

 僕の音楽は、けいとさんのためにあるんだ!

 それなのに、なんで、なんでそんなこと言うんだよ!?」


 僕の不満は、最後には、音楽活動の根底にある「意味」にまで及んだ。

 僕にとって、けいとさんの存在そのものが、音楽を続ける理由なのだ。

 その事実を、彼女が理解していないことへの、絶望的な叫びだった。


 テーブルの上の紅茶のカップが、僕の怒りにも似た感情によって、微かに震えている。


 重い沈黙が流れた。

 けいとさんは、まるで雷に打たれたかのように、その場で立ち尽くしていた。

 普段のクールな表情はどこへやら、目を見開き、口を微かに開けたまま、完全に僕の言葉に圧倒されている。


 彼女の瞳の奥に、驚き、戸惑い、そして一瞬の後悔のような色が浮かんだのが見て取れた。

 沈黙がリビングを満たす。それは、僕の叫びが響き渡った後の、張り詰めた静寂だった。


 普段の僕からは想像もつかない、感情剥き出しの言葉のシャワーに、氷の女王は、完全に沈黙していた。

 そして彼女は今、僕の全ての感情を、真正面から受け止めようとしているかのようだった。

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