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vol.98 女王の玉座、そして試される愛(前編)

 ガチャリ、と静かにドアが開いた。

 そこに立っていたのは、いつもの可愛らしい部屋着姿のけいとさん……

 ではなく、まるで謁見の間で玉座に座る女王のような威厳を放つ、冷徹な表情のけいとさんだった。

 彼女の視線は、僕の足元から頭の先までをゆっくりと舐めるように動き、そして僕の瞳に据えられた。

 その目には、いつものいじわるな光ではなく、純粋な「怒り」が宿っているように見えた。


「…よく来たわね、けんたろうちゃん」


 その声は、驚くほど穏やかで、しかしその裏にはマグマのように煮えたぎる感情が隠されているのが分かった。

 僕はゴクリと唾を飲み込む。

 まるで、罪人が女王の前に引き出されたような気分だった。


「けいとさん、あの、さっきはごめんね。

 アルバムの準備してて…」


 僕が言い訳をしようとすると、けいとさんはスッと左手を上げて制した。

 その手には、まるで僕の罪を裁くかのような、有無を言わせぬ絶対的な力が宿っているように見えた。


「あら、何のことかしら?

 別に、遅いなんて言ってないわよ」


 けいとさんは、完璧な笑顔を浮かべたまま、リビングへと促した。

 リビングに入ると、そこはまるで別世界だった。

 普段は楽譜や、ファッション誌が散らばっているはずなのに、今日は完璧に片付けられ、ソファにはクッションが整然と並べられている。

 テーブルの上には、僕が来るのを待っていたかのように、温かい紅茶が用意されていた。


「座って、けんたろうちゃん。

 熱いうちにどうぞ」


 そう言って、けいとさんは僕に紅茶を差し出した。

 笑顔は、あまりにも完璧すぎて、僕の背筋はさらに凍りついた。


「あ、ありがとう…ございます…」


 僕は震える手でカップを受け取り、一口飲む。

 温かい紅茶が、凍りついた僕の体にじんわりと染み渡る…はずもなく、まるで毒のように感じられた。

 けいとさんは、僕の正面に座り、両手を膝の上に揃えると、再びあの完璧な笑顔を浮かべた。


「ところで、昨日の『STARLIGHT SYMPHONY』、一条零とのコラボ、楽しかった?」


 その言葉が発せられた瞬間、リビングの室温が急降下した気がした。

 僕の頭の中には、昨日のステージでぴょんぴょん跳ねていた一条零さんの姿と、僕の音楽に合わせて感情を押し殺していた彼女の顔が、フラッシュバックのように蘇った。


「え、あ、うん…すごく、楽しかったよ。

 一条さん、僕の曲をあんなに情熱的に歌ってくれて…」


 僕が素直な感想を述べると、けいとさんの笑顔はさらに深まった。

 しかし、その瞳の奥は、まるで南極の氷のように冷え切っていた。


「そう。楽しかったのね。

 それは良かったわね、けんたろうちゃん。」


 その声には、一切の感情が感じられない。

 僕は、ここで何を言っても状況が悪化する気がして、必死に言葉を探した。


「でもね、けいとさんとのステージも、もちろん楽しかったよ!

 けいとさんの歌声も最高だったし、あのロックテイストの曲もすっごくかっこよかったし!」


 僕は必死に弁解するが、けいとさんはただ首を傾げた。


「あら?

 私のことなんて、どうでもいいんじゃない?

 一条零とのコラボの方が、よっぽど刺激的だったでしょう?」


 僕の冷や汗が止まらない。

 女王の尋問は、まだまだ続きそうだ。


「違うよ!

 けいとさんが一番だよ!

 一条さんもすごかったけど、やっぱりけいとさんが隣にいるのが一番なんだから!」


 僕は半ば泣きつきながらけいとさんの手を握ろうとするが、けいとさんはスッと手を引いた。


「あら、そう?

 でもね、けんたろうちゃん。

 私、知ってるのよ?

 あなたが、私の知らないところで、いろんな女の子と仲良くしてること」


 けいとさんの言葉に、僕は心臓が止まるかと思った。

 まさか、僕と一条零さんのやり取りのこと?

 それとも、Dream Jumpsのめぐみちゃんとデートのスクープの話!?


「え、な、何のことかな?

 僕、けいとさん以外には、何も…」


「ふふ、そんなことないでしょ?

 この前も、めぐみちゃんとカフェに行ってた写真、雑誌に載ってたわよね?」


 けいとさんは、まるで手品のように、テーブルの下から週刊文秋の最新号を取り出した。

 そこには、カフェでめぐみと僕が談笑している写真が、大々的にスクープされている。

 僕は、一瞬にして血の気が引いた。


「あ、あれは、その…めぐみちゃんに…」


「あらあら、言い訳かしら?

 あなたは【前科持ち】なのよ?

 それにね、けんたろうちゃん。

 昨日のステージで、あやがあなたの隣で歌っていた時、やけに楽しそうだったじゃない?」


 けいとさんの視線が、今度は鋭くあやさんとの共演について向けられる。

 僕は、もう何を言っても無駄だと悟った。彼女は全てをお見通しなのだ。


 けいとさんは、ゆっくりと立ち上がると、僕の隣に座った。

 その距離は、普段の甘い距離感よりもずっと近く、しかしその表情は相変わらず冷たい。


「ねぇ、けんたろうちゃん。

 あなたは、私のものよね?」


 僕の耳元で囁かれたその声は、甘く、そしてゾッとするほど恐ろしかった。

 僕は、この女王の尋問から逃れる術はないと悟り、ただただ、けいとさんの裁きを待つしかなかった。

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