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vol.97 お疲れ様会、非常事態発生

「STARLIGHT SYMPHONY」の大成功から一夜明け、Midnight Verdictのメンバーは、リーダー・けいとの自宅マンションに集まっていた。

 祭典の打ち上げを兼ねた「お疲れ様会」だ。

 テーブルには、あや・さやかが腕によりをかけた手料理が並び、普段のクールなステージとは打って変わって、リラックスした雰囲気に包まれていた。


「あやちゃん、この唐揚げ、最高!」

「さやかちゃんが作ったポテサラも美味しい!」  

 メンバーたちは口々に歓声を上げ、祭典の興奮冷めやらぬまま、楽しそうに談笑している。

 話題は自然と、昨夜のけんたろうが巻き起こした数々の奇跡に及んだ。


「いや〜、昨日のけんたろうちゃん、マジで神だったよね!

 即興で曲作るとか、どんだけ天才なの!?」

 ひなたが目を輝かせる。


「それにしてもさぁ、けんたろうちゃんって、マジでモテモテだよね〜」

 あやがニヤニヤしながら、けいとをちらりと見る。


「あの一条零様までぞっこんじゃん!

 最後のコラボとか、もう愛の告白じゃん?ねぇ、けいと?」

 あやの言葉に、ひなたとこはるも大きく頷く。

「うんうん!零様がぴょんぴょんしてたの見た!?

 あんな可愛い零様、初めて!」

「最後の『Music For The World』も、けんたろうちゃんのピアノ、零様の歌声を引き立ててて、なんか特別だったよねー!」


 その時、それまで穏やかな笑顔を浮かべていたけいとの表情が、一瞬にして凍りついた。

 口元は微かに笑みを保っているものの、その瞳の奥は、まるで絶対零度の氷塊のように冷たく、無表情に近くなる。  

 しかし、おしゃべりに夢中なメンバーたちは、その変化に気づかない。


「ねぇ、けいと?けんたろうちゃんのこと、どう思う?」

 あやがさらに話を振る。


 けいとは何も答えない。

 ただ、ゆっくりと、しかし確実に、テーブルの上に置いてあった自身のスマートフォンに手を伸ばした。

 その動きは、まるで獲物を狙う氷の女王のようだった。


「…え?けいと、どうしたの?」

 あやがようやくけいとの異変に気づき、声をかける。


 けいとは、メンバーの言葉を全く聞かず、無言でスマホを操作し、けんたろうの番号に電話をかけ始めた。

 呼び出し音が、静まり返った部屋に不気味に響き渡る。  

 その瞬間、メンバーたちは、けいとの放つ尋常ではない「怒りオーラ」に、一斉に背筋が凍りついた。


「…あわわわわ…」

「や、やばい…!けいと様、マジギレモードだ…!」

「これは…まずい…完全に地雷踏んだ…」


 ひなたが顔面蒼白になり、こはるは目を白黒させて固まっている。

 あやとさやか、かおりも、これ以上ないほど焦った表情で互いを見合わせた。

 本能が、生存のための退避を命じる。

 メンバーたちは、光の速さで立ち上がった。


「お、おじゃましましたー!」

「けいとちゃん、またねー!」

「美味しいご飯、ありがとう!」


 まるで嵐が過ぎ去るかのように、彼女たちはほとんど音も立てずに颯爽とけいと宅から逃げ去っていった。

 残されたのは、電話を耳に当てたまま、無言で虚空を見つめるけいとと、シンと静まり返ったリビングだけだった。


 その頃、けんたろうは、自宅でまさに多忙を極めていた。祭典の大成功で、Synaptic Driveのアルバム制作は急ピッチで進められており、収録曲の最終調整とライナーノーツの執筆に追われていたのだ。  

 キーボードと資料に囲まれ、コーヒー片手に唸っていると、突然スマートフォンの着信音が鳴り響いた。

 画面に表示された「けいとさん」の名前を見て、僕は一瞬で顔をこわばらせた。

 いままでのの交際経験から、僕は彼女が不機嫌な時にかける声のトーンを完全に把握している。

 そして、今日の呼び出し音は、明らかにいつもの甘いトーンとは違っていた。


「もしもし、けいとさん?

 どうしたの?疲れた?

 今、ちょうどね、アルバムの…」


 僕が言い訳を始めた途端、電話口から聞こえてきたのは、普段の「けんたろうちゃん」とは全く違う、しかしゾッとするほど甘く、そして底冷えのするような声だった。


「けんたろうちゃん。今、お家にいる?」


 (やばい、この声は、台風の目の中心にいる時のような、不気味なほどの静けさと甘さだ…!

 これは、カテゴリー5クラスの『お説教』が来るやつだ…!)


 その声は、甘い響きの中に、絶対的な「来い」という命令が込められていた。

 僕の背筋に、ゾクリと悪寒が走る。

「う、うん、いるけど…どうかした?」


「ふふ、別に。ちょっと、会いたいだけ。いいでしょ?」


 けいとさんの声は、まるで砂糖菓子のように甘く、普段の彼女のいじわるな甘やかしとは比べ物にならないほど優しかった。

 しかし、その甘さの裏に隠された、とてつもない「圧力」と「恐怖」を、僕は敏感に感じ取っていた。


(ああ、これは…断れないやつだ…!)


 僕は、目の前のキーボードと、書きかけのライナーノーツを恨めしそうに見つめた。

 それはまるで、死刑執行を待つ囚人の最後の食事のように見えた。

 一口も味わえないまま、断頭台に向かわなければならない…。  

 アルバムの準備で忙しいことは重々承知しているが、けいとさんの召喚は、この世の何よりも優先される。

 それが、僕とけいとの間に築かれた、自然発生した絶対的なルールだった。


「…うん、行く。今から行くね」


 僕は諦めのため息をつき、スマホを耳に当てたまま立ち上がった。

 甘い声で「会いたい」と言うけいとさんが、これほど怖かったことはない。  

 祭典の感動も、即興曲の達成感も、この瞬間、どこかへ吹き飛んでしまった。

 これから始まるのは、氷の女王による、甘く、そして恐ろしい『お疲れ様会』の第二幕。

 僕の運命や、いかに――。

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