07 城に呼ばれる
よろしくお願いいたします。
トールヴァルドは、次に見つけた魔物に魔法剣(予定)を向けて小さな火種のようなものを飛ばした。
火種がぶつかる直前にこちらに気づいた魔物は、しかし小さいとみたためか避けず、火種が当たった瞬間に全身燃え上がって一瞬で灰になって消えた。
『わぁすごい。そうそう、魔法って使えば使うほど慣れていくし、魔力容量も増えていくからね。普通は毎日使ってもまぁせいぜい死ぬまでに二倍になればいい方だけど、トールヴァルドなら数ヶ月で二倍になるわよ』
不穏な言葉を聞いた気がする。
しかしそれよりも気になったことがあった。
魔法剣(予定)の言葉に対する疑問はとりあえず置いておく。
「イメージしたよりも結果の威力が強いんだが、それはなんでだ?」
『あら。そうだったわ、忘れてた。アタシってばすっごい優秀でね。ほら、この模様見てよ!繊細で美しいでしょう?宝石の配置も完璧!で、こっちの模様はね、魔法の安定。で、こっちが威力の増大』
聞いた瞬間、トールヴァルドは魔法剣(予定)を腰に戻した。
『えっ!なんでなんでっ?使ってよぉ』
「イメージ通りにならんなら、とりあえずいらん。まずは練習が重要だ」
『そんなぁ。むしろアタシを使うのに慣れた方が良くない?』
少し考えたトールヴァルドは、長剣を右手に、魔法剣(予定)を左手に持った。
「うん、こういう二刀流ならより魔法剣らしいか」
『ちょちょちょっ!え、あ、右手で剣、左手で魔法ってことね?』
「いや、両手剣だ」
『だからっ!アタシじゃ切れないってば!』
トールヴァルドは、また少し向こう側に魔物がいるのを見つけた。
「そんなことより、魔力容量が数ヶ月で二倍になるってどういうことだ」
『誤魔化したっ?!んもう。容量の話はね、アタシの経験則よ。魔界に向かえば、途中でも向こうでもすごい数の魔物を倒すことになるの』
聞きながら、トールヴァルドは右手の長剣を使って魔物に魔法を放った。
今度は、風の魔法である。
飛んでいった風の刃は、魔物の身体を切り裂き、魔物ごと散っていった。
杖がないと、イメージした通りに魔法を使える。
「俺はやっぱり魔界に行くのか」
『そうよ。魔界にある元凶を叩いた方が早いもの。その途中でやたらめったら魔物を倒すことになるから、魔力容量なんて勝手に増えていくわ』
どうやら、勇者が魔界に行くのは決定事項らしい。
イメージ通りの魔法を撃つことができたトールヴァルドは、左手に持った魔法剣(予定)を残念そうに見た。
「せっかくの魔法剣(予定)なのに、持たずに魔法を使った方が思い通りにできるぞ」
『何てこと言うのっ!だったら、いざってときの威力倍増アイテムだと思いなさいよ』
「あー……」
『ちょっと、どういう意味よっ?!』
それはつまり、普段は役に立たないということだ。
魔法剣(予定)は、魔法剣(飾り)に退化した。
次の日、トールヴァルドは朝から王城にやってきた。
そして、デューラー子爵に言われた通り、カードを見せて彼に呼ばれた旨を門番に伝えた。
するとすぐに通してくれた。
「お待ちしておりました。まずは控室にご案内いたします」
『やっだー!お城じゃない、久しぶり!あ、でもなんか前とは違うわね。今の方がデザインは素敵だけど、前の方が頑丈そうだったわ』
トールヴァルドを案内してくれたのは、城で働く従僕だ。
きちんとアイロンのあたったお仕着せを着ていて、隅々まで清潔に整えている。
さすが城勤めだ。
一方のトールヴァルドは、いつもの服に鎧、長剣と魔法剣(飾り)を着けている。
部屋に案内されてから、これからの予定を説明してもらった。
「まずはお召し替えいただきますので、入浴の介助を行います。男性が介助しますのでご安心ください。次に、こちらで用意した式服を着ていただきます。着付けは専門のスタッフがお手伝いいたします。その後、謁見です。礼儀作法はこちらの紙をご覧ください。基本的には声を掛けられるまで頭を下げていれば問題ありません。言葉遣いもあまり気にすることはないでしょう。貴方が貴族でないことは全員が知っておりますので。謁見後、こちらに戻ったら昼食をご用意いたします。お召し上がりいただいてから、今後の具体的な説明を行い、本日の予定は終了となります。何かご質問は?」
『予定がぎゅうぎゅうねぇ。あ、アタシも謁見するのかしら。きゃっ!国王だけじゃくて王子様もいるかも!もしかして、魔法使いもいる?アタシ、魔法使いって大体タイプなのよぉ』
魔法剣(飾り)は、ずいぶんとミーハーらしい。
呼びつけられた平民なので期待していなかったのだが、儀礼用の服や昼食まで用意してくれるとは、なかなかの特別扱いである。
「剣は持ったままで問題ないか?」
「申し訳ありませんが、武器はこちらに置いてください。あぁ、『勇者の剣』については陛下がご覧になりますので、お持ちいただいて結構です」
トールヴァルドはうなずいた。
『まぁ、アタシが主役みたいなものよね。しっかり連れて行ってよね、トールヴァルド!』
ちらりと腰の長剣と魔法剣(飾り)を見たトールヴァルドは、両方ともベルトから外してソファに立てかけた。
『ちょっと!連れて行くって言ったところじゃない!』
「まずは風呂だったか」
「はい、こちらへどうぞ」
従僕は、廊下側とは別の扉を示した。
『あ。お風呂ね、勘違いしちゃった☆アタシがお風呂に入っても仕方ないものね。元々ピッカピカだもの。トールヴァルドは磨いてもらってきなさいな』
煩い魔法剣(飾り)を黙らせることができずに、トールヴァルドは小さくため息をついた。
風呂では指示されながら頭のてっぺんから足の先まで洗わされ、自分では見えにくいところなどは別の従僕に介助されて洗われた。
久しぶりにきちんと全身を綺麗にしたトールヴァルドの短い髪は、くすんだ金色ではなく少し濃い金色になって輝いていた。
上質な石鹸は洗い上がりまで違うらしい。
用意された服は、多分貴族が着るのと同じようなスーツ一式だ。
ピッタリサイズの靴まで用意されていた。
一目でここまでサイズを見抜くとは、すごい技術である。
「これでよろしいでしょう。『勇者の剣』はこちらに下げてください」
「わかりました」
『あっらー!!トールヴァルドってばイ・ケ・メ・ン!!ちょっと筋肉をつけすぎだけど、綺麗にしたらすっごいカッコいいじゃない。スーツも似合ってるわぁ』
トールヴァルドは着替えを手伝ってくれた従僕たちにお礼を言って、ソファに座った。
謁見まで少し時間があるので、この部屋で休憩していていいらしい。
お茶を淹れるかと提案してくれたが、借りたスーツを汚したくないので断った。
従僕たちが出ていって一人になったところで、トールヴァルドは小さく声を出した。
「おい魔法剣(飾り)。この後は謁見だが、とりあえず黙っててくれるか?命の危機とか王都の危機とか、そういうヤバい場合以外は静かにしててくれ」
『えぇー?どうせ聞こえないんだから、ちょっとくらいアタシがしゃべっててもいいじゃない』
トールヴァルドは、指で軽く魔法剣(飾り)をはじいた。
「お前が煩くて国王の言葉を聞き逃したらどうしてくれるんだ。絶対聞きなおしなんてできないぞ。貴族のマナーなんぞ知らんが、さすがにそれはわかる」
『あー、そのへん人間ってめんどくさいことがあるんだったわね。わかったわ、謁見室ではなるべく静かにしててあげる』
とりあえずは約束を取り付けることができた。
トールヴァルドは、気持ちを落ち着けようと深く息を吸い込んだ。
「あ、そうだ」
『ん?なになに?』
「お前に名前ってあるのか?」
『あぁ、アタシの名前?うふふ、知りたい?知っちゃう?えぇ~、どうしよっかなぁ』
「あ、別にいい。魔法剣(飾り)で十分だな」
『ちょちょっと!もう!少しくらい乗ってくれてもいいでしょ。意地悪ね』
「もう飾り(魔法剣)でいいか」
めんどくさくなったトールヴァルドは投げやりに言った。
『えっ?!なんで飾りが本体になってんのよ!アタシは飾りじゃなくてちゃんとした魔法剣!!』
「なんだ、やっぱり魔法剣(飾り)か」
『あっ?!ちっがあああう!アタシは!飾りじゃなくて!魔法剣でもなくて!れっきとした素晴らしい魔法の杖なのよぉ!!』
トールヴァルドは、涼しい顔で窓の外を見た。
手入れの行き届いた王城の庭は、窓越しに見るとまるで一つの絵画のようだ。
『トールヴァルドったら!聞いて!アタシの名前は!ツァオバァよ!』
「ん?ツァオ婆?」
『……待って、今の発音は絶対違うやつ。ツァ・オ・バァ!呼びにくいんならツァオって呼びなさいよ!』
「魔法剣(飾り)ツァオか」
『魔法剣はいらないわよ!ただの、ツァオでいいの!』
「あぁ」
窓の外は良い天気である。
『いい?アタシの名前は昔の勇者がつけてくれた良い名前なんですからね!』
「ふぅん」
『めっちゃ考えてつけてくれたんだから!ツァオって可愛いでしょ?』
「うんうん。じゃあそろそろ黙ってくれ」
『あぁもお!扱いが雑よぉっ!!』
魔法剣(飾り)が叫んだところで、従僕が扉をノックして開けた。
「そろそろお時間です」
「わかった」
『きぃぃいいい!』
予定から飾りへ退化。
読了ありがとうございました。
続きます。