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05 勇者の剣?そうだ勇者の剣だ!

よろしくお願いいたします。



 しばらくすると、明らかに貴族だろう男性が受付の人に連れられて走ってきた。


 相当焦って来たのだろう、上等なスーツの上着のボタンを掛け違えていた。

「ほ、本当にあの『勇者の剣』を引き抜いたのか!!」

「はい、こちらに」

 トールヴァルドは、両手に金属の棒を乗せて見せた。


「その柄は、確かに……。この五年、一切誰にも引き抜かれなかったというのに、ようやく勇者が見つかったのだな!いやめでたい!」


 貴族の男性は、若干『勇者の剣(?)』から目をそらしながらも嬉しそうにそう言った。


「それで、俺はこのまま確認だけしたら帰ってもいいですか?」

 別に魔物の討伐に行ったわけではないのだが、妙に疲れてしまったため、トールヴァルドは質問した。


 すると、貴族の男性はぎょっとしてこちらを見た。

「ま、待て待て!なぜすぐに帰るんだ?!まずは国王陛下にご報告して……いや待て、今日は確か執務が立て込んでいたな。しかし、『勇者の剣』については重要度が高いはずだ」


 確かに、勇者については報告が必要だろう。

 しかし、疲れ切っていたトールヴァルドは却下した。

「とりあえず今日は、俺が行く必要はないと思います。まだ混乱しているでしょうし、後日お願いできますか?」


 すると眉間にしわを寄せたまま少しだけ逡巡した貴族の男性がうなずいた。

「確かに、すぐに城にあがっても何もできない可能性があるな。わかった、こちらも調整が必要だからな。では、明後日だ。二日後、王城に来てほしい」

「わかりました」


「ちょっと待て。……これを持って、『デューラー子爵に呼ばれてきた』と門番に言ってくれ」

 貴族の男性は、デューラー子爵というらしい。

 トールヴァルドは、子爵の名前が書かれた小さなカードを受け取った。



 宿に戻ったトールヴァルドは、とりあえず『勇者の剣(仮)』をベッドの上に置いた。

 どういうわけかやたらと疲れているので、今日はもう買ってきた夕飯を食べたら寝てしまおうと思う。


 しかし問題はこの剣(仮)だ。


 どう見ても剣ではない。

 認めたくはないのだが、非常に高度な細工を施された魔法の杖に見える。


 トールヴァルドは腕を組んで剣(仮)を睨みつけたが、金属の棒は剣に変わることはなかった。


 伝説の勇者のおとぎ話では、勇者の武器は長剣や大剣、大弓など多少バリエーションはあったものの、ほとんどが物理攻撃を行う武器だったはずだ。


 しかし、引き抜いたものはこの剣(仮)。

 魔法の杖のように見える棒である。



 半時間もそうしていただろうか。


 トールヴァルドは、諦めた。


「やはり、これが剣(仮)でいいだろう!」

『ちょっとぉ!馬鹿じゃないの?!よかないわよ!アタシが美麗さと有能さを兼ね備えた素晴らしい魔法の杖以外の何に見えるっていうのよ!その目は節穴なの?!』


「……」

 トールヴァルドの耳に、野太い男性の声が響いた。

 しかし、見回しても部屋には誰もいない。


『いやアタシよアタシ!こっち見なさいよ!わかるでしょうがっ』

「……?」


 首をかしげたトールヴァルドは、まず窓の外を見た。

 窓を開けてみても、誰もいない。

 というか、二階なのですぐ外に誰かがいるわけもない。


 廊下側のドアを開けてみたが、やはり誰もいなかった。

 ゆっくりと室内に戻ってくると、また声が響いた。


『見ないふりしないでよっ!寂しくなるでしょう?!アタシよアタシ!勇者の杖!この優美で高貴な魔法の杖が目に入らないのっ?!』

 きょろきょろと見渡しても、部屋の中にはトールヴァルドのほかに誰もいなかった。


 疲れて幻聴が聞こえているのかもしれない。


 女性口調の野太い声など別に聞きたくもない。

 もしかすると、『勇者の剣(仮)』を抜いたことで変な疲れ方をしているのかもしれない。


 トールヴァルドは、声を無視して夕飯を食べることにした。

『あら、栄養満点じゃないそのボックス!肉が中心で野菜もパンもあるのね。身体を作るんならやっぱり肉よねぇ』


 埃を落とすためにシャワーを浴びて戻ってきても、まだその声は聞こえた。

『今代の勇者ってば、筋肉もりもりじゃない!いいわねぇ。あ、アタシの好みは線の細いオトコノコだから安心してよね!筋肉はただの観賞用よ、観賞用』

 本人も筋肉質なんじゃなかろうかと思われる野太い声はそう言った。



『でさぁ、どの代の勇者もわりと寡黙だったわけ。おしゃべりしないなんて、人生の半分以上損してない?だから、アタシが代わりにしゃべってあげることにしたの。もともとはアタシだって寡黙?っていうか沈黙の()じょうだったのよ。でも練習したの。おかげで、いまもずぅっとしゃべっていられるわけ。ね、賑やかでいいでしょう?』


 ここまでおおよそ一時間。

 野太い声は、ほとんど休憩することなくしゃべり続けていた。


 そしてとうとう、トールヴァルドは無視するのを諦めた。


「……もしかしなくても、その勇者の剣(多分)がしゃべっているのか?」

『そうよ!さっきからずぅっとしゃべってるじゃないの。聞いてなかったのかしら?いやぁね、照れ屋さん☆』

 トールヴァルドは、息を吐き出して首を垂れた。


 改めて聞けば、やはりそれは勇者の剣(多分)だった。


『だぁかぁらぁ、剣じゃなくて杖だってば!魔法の杖!魔法よ!ほら、トールヴァルドだって、魔法はガンガンに使えるでしょう?だって勇者なんだもの』

 名前を教えると、剣(多分)はトールヴァルドと呼ぶようになった。

 別にそれは構わない。


 しかし、その内容にはひっかかった。

「ちょっと待て。俺は魔法なんて一切練習していないぞ。この十五年、ずっと長剣の修行をし続けてやっと免許皆伝をもらったんだ」

『えぇ……?』


 ここにきて、初めて剣(多分)が黙った。


 やっと口を挟む隙ができたので、トールヴァルドは疑問に思ったことを聞いてみた。

「なぁ、あの岩に突き刺さっているのは『勇者の剣』だってずっと伝わってきたんだ。お前は、ずっと杖の形をしていたのか?」


 もしかしたら、人によって形が違うだけかもしれない。

 そんな希望を込めて聞いてみたのだが、返ってきたのは無情な言葉だった。


『やだ、そんなわけないじゃない。アイデンティティが壊れちゃう。アタシはずぅっと勇者の杖をやってきたのよ?』

「じゃあ、なんで『勇者の剣』って伝わってるんだ」


『え?そんなの知らないわよぅ。アタシは、あの岩に封印されてる間は眠ってるようなもんなの。外のことなんかわかんないわ。アタシのこの綺麗な持ち手を見て、勝手に剣だって思い込んだんじゃない?知らんけど』

「知らんのかい」

 軽快なしゃべりを聞いて、トールヴァルドは思わず合いの手を打ってしまった。


『多分だけど、人の世が移ろいすぎなのよ。よくわかんない魔法を使うっていうより、すごい剣術を使う方がわかりやすいって思った人でもいたんじゃないの?まぁ、数百年もあったら何世代も重ねるものね、そりゃ伝言ゲームにもなるわ』

「そう、かもしれん」

 トールヴァルドは、思わずため息をついた。


「はぁあ。魔法か。俺は本当に、魔法は一切何もしてこなかったんだ。剣だけをひたすら十五年続けて、どうにかこうにかものになった。それが、全部無駄だったってことか」

 額に手を当てて目を閉じるトールヴァルドに、勇者の剣(多分)が話しかけてきた。


『もう!悲観的にならないの!それにしてもすごいわねぇ。アナタ、剣にはぜんっぜん向いてないのに、そこまで身体を作って鍛えてきたわけね。むしろすごい根性だわ。そこまで仕上げてきたんだから、自分の努力に自信を持ちなさいよ』

「……」


 野太い声に励まされてしまった。

 トールヴァルドは一つうなずいた。


 そして剣(または杖)はふと告げた。


『でもアンタ、魔法はチート級よ?多分、大した練習もせずに何でも習得できるわ。魔力容量もそこらの魔法使いと比べ物にならないくらい大きいし』

「は?」


 目を見開いて驚くトールヴァルドに、剣(または杖)はさらに言った。


『ほら、アタシを持たなくてもすぐに魔法を使えると思うわよ?簡単で危険がないものだったら、そうね。そのへんにカップがあるでしょう。そこに水があるのをイメージして、身体の奥から魔力を持ってきて実現するのよ』

「イメージして実現?なんだ、魔法ってずいぶんと適当な……」


 トールヴァルドは半信半疑でやってみた。


 できた。



 床に手を突いたトールヴァルドは、がっくりと頭を垂れた。


アイデンティティが崩れちゃう。


読了ありがとうございました。

続きます。

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