04 勇者の剣引き抜き大会
よろしくお願いいたします。
明日の『勇者の剣引き抜き大会』のため、早めに仕事を終えたトールヴァルドは、道端で抱き合う恋人たちをちらりと見た。
その女性に見覚えがあると思ったら、泊まっている宿屋の受付の女性だった。
そういえば、今朝の受付には壮年の男性がいたので、きっと彼女はその娘なのだろう。
恋人の仲がいいのはいいことだ。
知らぬ間に恋人たちの関係を進展させたトールヴァルドは、幸せを分けてもらった気分になった。
きっと、明日の『勇者の剣引き抜き大会』は良い結果になる。
トールヴァルドは、まずは夕食のために食堂を目指した。
『勇者の剣引き抜き大会』の受付は、王城の前に広がる『勇者の剣広場』の端にあった。
早朝からテントを出して受付をしていたらしく、のんびり朝食を取ってからやってきたトールヴァルドの順番は昼頃だと言われた。
すでに大会は始まっており、周りは筋骨隆々とした男ばかりである。
中には魔法使いらしい人物もいたが、挑戦者の多くは冒険者のようだ。
その中にまぎれたトールヴァルドは、間違いなくモブだった。
「オレは王都を離れて五年間も!魔物を倒して修業してきた!今日、この『勇者の剣』を引き抜いて勇者になって、エマちゃんにプロポーズするんだ!!」
宣言を聞いた挑戦者たちは、どっと沸いた。
「うぉぉおおおおおおおっ!!!」
プロポーズ宣言していた男性は必死に引き抜こうと柄の部分を掴んだが、『勇者の剣』は微動だにしなかった。
次の挑戦者は家族のために勇者になると真面目な宣言をし、拍手を受けて柄を持ったが、やはり『勇者の剣』は岩に刺さったままであった。
その次の挑戦者は魔法が得意だという女性で、屈強な男性を挟んだ次は孫の世を平和にしたいと願う男性だった。
若い冒険者ばかりなのかと思っていたら、挑戦者は老若男女様々なようだ。
もっとも、冒険者らしい働き盛りな年齢の男性が多いのは確かだ。
しばらく見学していると、流れがわかってきた。
挑戦者は順番になって呼ばれると岩の前まで行き、何らかの所信表明をするものらしい。
トールヴァルドは初め、(さっさと引き抜けばいいのに)と思ったが、どうやらこの大会が王都の人たちの数少ない気晴らしになっているようだ。
近所の人や通りすがりの人たち、それにシンプルだが上質な服装のお忍びらしい貴族など、たくさんの人が見物にきていた。
十人を超えてくると、皆似たようなことを言うようになる。
かくいうトールヴァルドだって、動機は勇者に憧れたことと村を守りたいという気持ち。
いたって平凡である。
初めの一時間ほどはたくさんの人が見物してわいわい盛り上がっていたが、気がつくと順番待ちをする人と、一部の暇そうな人たちだけが広場にいる状態になった。
百人まではいかないだろうか、途中で屋台の肉サンドを食べながら待つこと四時間。
ようやく、トールヴァルドの番がやってきた。
「次の方!九十六番!えーと、トールヴァルドさん!!」
「はい!」
持っていた受付番号の紙を渡すと、岩の前に立って一言告げた後で『勇者の剣』を引っ張るように言われた。
うなずいたトールヴァルドは、思ったよりもリラックスして『勇者の剣』の前に立った。
「俺は辺境の村から来た!剣は十五年修業してきたが、まだまだ途上だ!しかし、生まれ故郷やこの国を守る勇者になりたい!『勇者の剣』を引き抜いて、魔物を打ち倒す!!」
大きな声で宣言すると、ぱらぱらとおざなりな拍手が聞こえた。
正直なところ、待っている人も疲れているのだろう。
しかしトールヴァルドは彼らにニカっと笑い、『勇者の剣』に向き合った。
岩は大きく、横幅は五メートルほどあり、高さはトールヴァルドの背丈を超えている。
その中ほどに、斜め横から突き刺したような状態で『勇者の剣』の柄が突き出ていた。
柄は金属で作られているらしく、思ったよりも細身だ。
もしかすると、長剣というよりはレイピアのような剣なのかもしれない。
歴代の勇者には女性もいたというから、男女ともに使えるようになっているのだろう。
一つ息を吐いたトールヴァルドは、『勇者の剣』の柄を右手でつかんだ。
そのとき、聴衆は不思議な光景を見た。
岩の周りの風景がぶれたように、空気が動いたのである。
只中にいたトールヴァルドはそれに全く気付かず、ぐっと目を閉じて柄を握った。
そして、トールヴァルドの右腕は何の抵抗もなく動いた。
『勇者の剣広場』が、静寂に包まれた。
(俺は……?いや、俺こそがっ!)
驚きに目を開いたトールヴァルドの目の前には、岩壁。
そしてゆるりと後ろを振り向くと、皆一様に驚いてぽかんと口を開けていた。
群衆を見渡した後で、トールヴァルドは手に持った物をさっと高く掲げた。
「「「「ぅわああああああああああ!!!」」」」
広場は、歓声に揺れた。
「「「あああああ!!」」」
トールヴァルドは、手に持った物を軽く振りながら左右を見渡した。
「「ああぁ……?」」
歓声が徐々に小さくなり、最後には疑問符が残った。
不思議に思ったトールヴァルドが皆の視線を追うと、その先は自分の右手にある。
金属の感触のするこれがなんだろうか、と見上げた先には。
「ん?剣、……か?」
金属でできた、棒のようなものがあった。
柄の部分が一番太く、柄の尻のところには宝石が埋め込まれている。
ここまでは岩から突き出ていたものと変わりはない。
持ち手部分から先は少し細くなっており、細やかな装飾が施されていて、さらに小さな宝石がいくつも輝いていた。
長さは、トールヴァルドの肘から先までと同じくらいだろうか。
トールヴァルドも、その棒を見上げてポカンとなった。
どう見ても、剣には見えない。
しかし、これは『勇者の剣』のはずである。
そう伝わってきて、何百年も王城の前の『勇者の剣広場』にあったものなのだから、間違いはない。
銀と金の間のような、不思議な色味の金属の棒だが、これこそが勇者の武器なのだ。
棒から視線を外したトールヴァルドは覚悟を決め、聴衆に向かって宣言した。
「このトールヴァルドが!勇者の剣(?)をもってして!今回の厄災を退ける!!」
一瞬静まり返った広場が、また歓声に包まれた。
「さすが勇者!!」
「よくわからんが、多分大丈夫だな!」
「え、アレが『勇者の剣』なの?!なんか短くない?」
「勇者!頼むぞーっ!!」
「おい、あれは剣っていうより魔法のつぇ」
「しーっ!みんな分かってるから黙っとけ」
「まじか!めっちゃウケるぅ!」
「勇者様ぁー!頑張ってぇええ!」
歓声の中には疑問や笑いも飛んでいたが、とりあえずは『勇者の剣引き抜き大会』は大盛況の中で終わりを告げた。
うんうん、とうなずき周りに両手を振って見せたトールヴァルドは、ゆったりと岩の前から立ち去った。
そして、受付のところへ行った。
引き抜いた場合にどうするのかは何も言われていなかったので、このまま帰ってもいいのか一応聞いておこうと思ったのだ。
すると、顎を外さんばかりに口を開いてぼんやりしていた受付の男性が、慌てて誰かを呼びに行った。
「少し、待ってください!いいですね?!ここで、待ってくださいよ!」
受付のあるテントのところでそう言われたので、トールヴァルドはそこにあったベンチに座って待つことにした。
安直すぎるネーミング。
読了ありがとうございました。
続きます。