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03 王都にて

よろしくお願いいたします。



 たどり着いた王都は、ほかの村や町とは大違いだった。


 まず、防御壁が高い。

 五メートルはあるだろう。


 そして、防御壁の上には通路があるらしく、兵士が常に巡回していた。

 きっと厚みも相当あるのだろう。


 関所に並ぶこと三時間。

 冒険者のタグを見せて確認されたのち、やっと入ることができた。


 目の前に広がる都は非常に大きかった。


 囲いの中には城や人々の住居だけでなく、畑に牧場といった場所まであった。

 端まで見渡せないほどの土地を、高い防御壁でぐるりと囲んでいたのである。


 そんな王都に、トールヴァルドはやってきた。

「……さて、まずは宿を確保しておくか」

 遠くに見える王城の上端を眺めながら、トールヴァルドは新たな一歩を踏み出した。



 王都の中心に近いところにある宿は、かなり高級だ。

 一部の上級の冒険者や貴族が泊まるようなところだろう。


 冒険者として一通り稼いでいるとはいえ、トールヴァルドがそんなところに泊まったら肩がこりそうだし、すぐに路銀がつきてしまう。


 冒険者ギルドのある通りから少し離れたところに、食堂の隣にある清潔な宿を見つけたのでそこに決めた。

 これまでの町なら、よそから来た冒険者とみると色々と話しかけてきてしばらく受付で拘束されたものだが、王都は全然違うらしい。


「泊まりで頼む」

「何日ですか?」

「そうだな、次の『勇者の剣引き抜き大会』はいつだったかな」


 トールヴァルドの質問を聞いて、受付の女性は「またか」という表情で答えた。

「次は四日後です」

「それじゃあ、とりあえず五日頼む」

「わかりました。銀貨十枚です」


 カウンターに銀貨を置くと、女性は壁にかかった鍵を一つとった。

「二階の表通り側、三番って書いてある部屋です。シャワーは二階の奥にありますから、空いていたら使って大丈夫です。タオルは部屋に置いてあります。シャワーの使用中は札を下げてください。食事は出ませんが、うちの隣は食堂です。連泊中のシーツの取り換えは、廊下に出してもらえれば対応します。出かけるときは、ここで鍵を預かります」

「わかった。ありがとう」

「ごゆっくり」


 必要事項だけを伝えた女性は、それ以上話すことなくトールヴァルドを見送った。

 無駄話がないのは気楽だが、何となく距離があって冷たい感じがする。


 これが王都なのだろう。



『勇者の剣引き抜き大会』が四日後ということは、その間は暇である。

 王都の観光をしてもいいが、せっかくなら冒険者ギルドで王都ならではの仕事をした方がいい。


 それに、毎日のように動かしていないと、トールヴァルドの筋肉はすぐに落ちてしまうのだ。


 背負っていた荷物を部屋に置き、貴重品だけ身につけたトールヴァルドは、受付に鍵を預けてもう一度王都へ繰り出した。




 ベアタは、王都で両親が経営している宿『止まり木』の一人娘である。

 成人してからは受付を担当しており、次々とやってくる冒険者や商人を相手に宿を提供してきた。


 両親はそこそこの年齢になり、そろそろベアタに宿を譲りたいそうだ。


 ベアタとしては後を継いでもいいのだが、こういう宿には男手がいる。

 だからまずは結婚しなくてはいけないが、婿入りしてくれる人を探すのがめんどくさい。

 ただ婿入りするのではなく、きちんと宿の仕事に理解のある働き者が良いのだ。

 そんな人は、気づけば売り切れている。


 そんな中で出会ったのが、今の恋人のハイノだ。

 宿の仕事を小さなころから手伝っていた影響か、わりと勝ち気で強くものを言ってしまうベアタを、優しく受け入れてくれる貴重な人である。


 ハイノは腕のいい靴職人として独り立ちしているので、まさかベアタが宿を継ぐために仕事を辞めてくれとは言えない。

 だからといって別れるつもりもない。


 ハイノほどの人とは、きっともう出会えないからだ。



 ある日、また宿に『勇者の剣引き抜き大会』を目当てにした冒険者らしい男がやってきた。


 商人は明らかにリップサービスとわかるお世辞を言ってくることが多いが、冒険者の中にはうまくやってベアタをベッドに引っ張り込めないか考えるような輩もいる。

 だから、ベアタは冒険者には愛想よくしないことにしていた。


 いつも通り、金を受け取ったら丁寧かつ淡々と宿の説明をして鍵を渡す。


 今回の冒険者は、特に食い下がることもなく普通に二階にあがっていった。

 ほとんどの冒険者は似たような対応だが、たまに絡まれるのがしんどいのだ。

 そういうとき、父なり夫なり、男性がいればと思ってしまう。


 来たばかりの冒険者は、部屋に荷物を置くとすぐにまた外に出た。


「夜は、十二時には玄関を閉めます。それ以上遅くなる場合は裏口に回って呼び鈴を押してください」

「わかった」


 全員これくらいのあっさりした対応なら、ベアタもすぐに宿を継ぐ決心がつくのだが。

 今でも、夜中の対応だけは必ず父が行っている。

 もしもベアタが跡を継ぐなら、そういった対応を任せられる人が必要だ。

 しかしそんなに大きくない宿屋なので、人を雇う余裕はない。


 このままであれば、宿をたたむことも考えた方がいいかもしれない。



 新しく来た冒険者は、かなり精力的に動いているようだった。

 ギルドで仕事を受けては魔物を倒しているらしく、夜の九時ごろには宿に帰ってくる。

 冒険者にしてはめずらしく、真面目で健康的な生活を送っているらしかった。


 妙な視線も向けてこないので、気を許したベアタは何となく彼に質問した。

「そんなに毎日働かなくても、王都には冒険者が多いんですし、一日くらい休んでもいいと思いますよ」

 ベアタにだって、十日に一回は休みがあるのだ。

 王都に到着した次の日から毎日働いているのを見て思わず言ってしまった。


 すると、その冒険者はきょとんとした後でさわやかな笑顔になった。

「まぁ、休みたければ休むよ。ただ、『魔物退治は誰かがやればいい』ということなら俺がやろうと思う。人の役に立つわけだし、したいことを我慢することもないかなって」


 ベアタは、その言葉に衝撃を受けた。


 宿の仕事は好きなのだ。

 いろんな人の人生が垣間見えるから。

 ただちょっと、若い娘とみて絡まれるのが嫌なだけ。


 今だって、ベアタはほとんど一人で宿を切り盛りしている。

 夜中の対応こそ父に頼んでいるが、受付も、掃除も、物品の管理も、金の管理もすべてベアタだ。


 自分がやればいい。

 我慢することはない。



 だからベアタは次の日、ハイノとのデートのときに提案した。


「ねぇハイノ。私はハイノ以外の人は考えられないの。だから、結婚してくれない?宿は今も私一人で色々回せてるから、普段は、ハイノは靴職人として働けるわ。ただ、夜中の対応だけ手伝ってほしいの」


 食事に向かう途中で、勝ち気で可愛い恋人に突然そう言われたハイノは、驚いてベアタの手をぎゅっと握りしめてしまった。

「でもベアタ、一人でなんて大変だよ」

「大丈夫、今はほとんど父さんも母さんも手を出してないから。ただ、夜中はちょっと私が対応するのは怖いから手伝ってほしいのよ」


「待って待って、ベアタ。結婚するなら僕が靴職人を辞めるもんだと思ってたんだ」

 彼に両手を取られたベアタは、しかしにっこり微笑んで答えた。


「好きなことを辞める必要なんてないわ。だってハイノの靴はとっても人の役に立つのよ。だから、続けてほしいの。ハイノも私も、好きな仕事を続けたまま結婚すればいいじゃない」


 ハイノは、自分のことをそんな風に考えてくれている恋人に感激した。


 ぼんやりと結婚については考えていたものの、そこでハイノが好きな靴づくりを終えることになると思っていたのだ。

 それを理解してくれているベアタに、ハイノは惚れ直した。


 だから、以前ほんの少し夢想してすぐに打ち消していた考えをベアタに告げた。

「あのさ、一階の受付に一番近い部屋、あそこを少し改装して僕に使わせてくれないかな?受付の横の部屋で靴職人として仕事をすれば、靴の仕事をしながら宿の仕事も手伝いやすいから」


「一階の部屋を?じゃあ、靴職人も諦めずに、私と結婚してくれる?」

「あぁベアタ。何回も言わせてごめん。僕はベアタと結婚したいんだ。君と一緒に人生を歩みたい。だから、結婚してほしい」


 ベアタが体調を崩したときや、子どもが生まれた場合など、色々と問題はあるだろう。

 しかしそれこそ、独り立ちしていて仕事の調整をしやすいハイノが支えればいい。


「嬉しい!ハイノ、愛してるわ」

「僕も愛してるよ、ベアタ」

 恋人たちは、往来の端で抱き合った。


リア充爆発しなくてもいいからおすそ分けしろください。


読了ありがとうございました。

続きます。

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