15 ヒーローとヒロインがドンパチやったら仲間意識が高まる、のかもしれない
よろしくお願いいたします。
ギルドの訓練場で、ピヒラは大剣、トールヴァルドは長剣を構えた。
魔法剣(待機)は腰に下げたままである。
まだ昼過ぎだったこともあり、見物人はいない。
大剣を構えて懐に飛び込んでくるピヒラの技は重く、トールヴァルドは長剣で受け流すのが精いっぱいである。
初めは片手で受けてみたが、すぐに両手に持ち替えた。
本気でかからないと、簡単に押し負けてしまう。
もっとも、本気で向き合ったところで押し負けるまでの時間が伸びるだけだったが。
何度も打ち合っているうちに、ピヒラの剣筋がどんどん鋭くなっていった。
かーん!と音がして、ピヒラがトールヴァルドの長剣を弾き飛ばした。
あの勢いなら刀身を切り飛ばすこともできただろうが、訓練ということも加味して加減したらしい。
トールヴァルドはあっさりと負けた。
「すごいな!天才っていうのは、ピヒラのことを言うんだろうな」
トールヴァルドの長剣を弾くとき、ピヒラはそちらを見てもいなかった。
どこから剣が来るのかを見てもいないのに、正確に弾いたのである。
そう言われたピヒラは、嬉しそうに微笑んでからすぐに下を向いた。
「えっと……トールヴァルドは、引かない?」
「引く?何をだ?」
トールヴァルドはきょとんとした。
『あー。だってトールヴァルドだものね。嫉妬とかそういううす暗い感情とは無縁なんだわ』
そうでもないのだが。
ただ、ピヒラに対しては称賛が勝った。
「それか、嫌になっちゃったとか」
「なんでだ?ピヒラはすごい。それを嫌だと思うってどういうことなのかわからんぞ」
本気で首を捻るトールヴァルドを、ピヒラは上目遣いで見た。
「その、大概こういう場で負かしたら嫌がられてきたから、かな」
「ふぅん。訓練なんだし、自分の課題が見えていいことだと思うけどな。天才を前にしたらそうなるのか?でも俺だって、認めたくはないが魔法は天才級だと思う」
『トールヴァルドが魔法の天才なのは間違いないわ。認めちゃいなさいよ』
「そういえば、氷で戦ってるのとテントの組み立てとか片付けとかくらいしか見てないわね。トールヴァルドが使える魔法を見せてくれる?興味あるわ」
そう言われたので、トールヴァルドはこれまでに練習したことのある魔法を一つ一つ披露した。
基礎的なものを一通り出して、若干応用のものも一通り出して、食事つくりに便利なものもやって見せた。
「えぇ……こんなに色々?どれくらい練習したの?」
「一週間くらいじゃないか?練習は別にしてない。一回目からこれだ」
『そういえばまだそれくらいね。まぁ、勇者ならそんなもんよ』
「あ、それは天才ね」
「だろ?ピヒラだって似たようなものだろうし」
「確かにそう。大剣を持った日からコレ」
『ほんとに似た者同士ねぇ』
ピヒラがトールヴァルドの魔法センスを褒めてくれたので、トールヴァルドもピヒラの剣筋の鋭さを褒めた。
次に魔法ありで戦うことを考えたが、訓練場を壊しそうだということで中止になった。
その代わり、トールヴァルドがピヒラからアイテムボックスを教わることにした。
魔法そのものを教わるというよりは、『異空間の収納』という存在のイメージの固め方だ。
「私は、こう空間を割って歪めてその奥に裏側の収納スペースがあるっていうイメージにしたの。こうやって、ぐいっと」
そう言って空中に手をやると、手で持つようにしたところから空間が裂けて開いた。
『あらすごい!しかも、これかなり使う魔力を節約してるわね。技術力高過ぎよ。でも参考にするなら最高ね』
「空間の裏側の収納、というイメージか。だから普段は表に見えていない」
「そういう感じ。まぁあたしは魔力容量が小さいから、せいぜい小部屋一つくらいまでが限界ね。それでも、一人分の旅の持ち物には十分な広さよ」
『でも一からイメージしたんでしょ?ほんとにすごいわよ』
「アイテムボックスは、誰かに教わったのか?」
トールヴァルドの目の前で、ピヒラは大剣をしまってからもう一度取り出した。
「ううん。昔の本に載ってたの。みんなは難しすぎて参考にならないって読まなかったから、埃をかぶってたわ。あたしは手当たり次第に魔法を習得してたから、これもやってみようと思って。さすがに文章を読んでイメージするのは難しくて、使えるまでに半年くらいかかったわ。ほかの魔法は長くても一月でできるようになったんだけど」
『それでも半年って、すごい努力よ』
その魔法剣(待機)の意見には同意しかない。
「なのに俺にそんな簡単に教えて良かったのか?」
ピヒラはにこっと笑った。
「いいの。だってさっき手合わせしてもらってる間に、トールヴァルドの技術を見せてもらったから。それだけで十分対価になるわ」
「途中から動きが良くなっていたのは、それか?」
『確かに、少しずつ洗練されてってる感じがしたわね』
どうやら、魔法剣(待機)にもピヒラの動きの変化はわかったらしい。
「ふふふ。そういうこと。あたしは見て学んだから、トールヴァルドにも見て学んでもらうのが対等ってもんでしょ」
「言わなければ俺は知らなかったのに。ピヒラは良い奴だな」
トールヴァルドがそう言うと、ピヒラは口角をきゅっと上げた。
「なんていうか、トールヴァルドには正直でいたくて。ほら、やってみて」
「わかった」
『アイテムボックスがあったら、すんごく便利よぉ』
さっき見せてもらったのがとても参考になった。
空間を割いて、その裏側にある異空間への穴を開ける。
広さは大部屋程度で、手を伸ばせば物を出し入れできる。
開けて出し入れできるのはトールヴァルドだけ。
トールヴァルドは、手を前に出して空間を持った。
開いた。
「わぁ……。え、もうできたの?」
「できたな」
そう言いながら、トールヴァルドは魔法剣(待機)をアイテムボックスに入れてみた。
『えっ?!ちょっと待ちなさ――』
魔法剣(待機)の声が、異空間への裂け目を閉じた瞬間に聞こえなくなった。
「取り出せる?」
「やってみる」
もう一度異空間への穴を開けると、とたんに魔法剣(待機)の声が聞こえてきた。
『――は繊細なんだからね!あっ!突然異空間なんて酷いじゃないのっ?!ありえないんだけどぉ!魔力のつながりまで切れるし!すっごい不安になったじゃないの!!』
「あ、出せたわね」
「これは、便利だな」
主に、静寂という意味で。
『アタシ以外のモノの出し入れにしてよね!』
「テントとかタープなんかの大きなものもだけど、食料品もすごい便利だと思うわ。仕組みはわからないんだけど腐りにくいから。あ、でも生き物を入れるのはお勧めしないわよ。入れられるんだけど、中で勝手に移動するから捕まえるのが大変なの。餓死しちゃうわ」
恐ろしい情報を聞いた。
というか、ピヒラは実験したのか。
「なるほど。ちょっと大きさはわからんが、そこそこ入りそうだな。……食料品と物品を多めに買い足そう。肉は鉄板焼きにしたいし、椅子とかテーブルもあったら食うときに便利だろう」
『食い気!もうちょっとなんか色っぽいのとかあってもいいのに』
「あんまり気にしてなかったけど、確かにテーブルセットがあったら便利そうね」
今までは野宿のたびにそこらへんにある石に座ったり立ったまま食べたりしていた。
落ち着いて食べることができれば、少しは気分も休まるだろう。
「ピヒラは、ほかに欲しいものはないか?」
『そうそう、こういうときは女の子よね!』
「え?あぁ、特に思いつかない、かな」
『女の子が頼りにならない!お買い物いきましょうよぉ』
自分で買うわけでもないのに、魔法剣(待機)は買い物が好きらしい。
「布団とか大丈夫か?あとなんだったか、寝るときに便利なやつがあっただろ」
「寝るとき?あのコンパクトなベッドみたいなのとか?」
「そうだ。あったら便利なものは、それこそアイテムボックスに入れておけばいいんだし」
「それなら、簡易コンロとかあったら嬉しいかも。魔力で動かせるやつ」
『いいじゃない!そういうのよ、そういうの!ばばーんと買いましょうよ!』
トールヴァルドはピヒラに向かってうなずいた。
「あとは、テントはどうだ?今はタープだけだからな」
「うーん、北回りで行くなら、山を越えるときに少し冷えるからテントがあると寒さをしのげるかな。あたしはちょっといい寝袋を買って、タープだけで過ごしたけど」
荷物をできるだけ減らしたのだろう。
まだ数日一緒に過ごしただけだが、ピヒラには豪快なところがある。
トールヴァルドとしては、触れたら壊れそうな繊細さは苦手なので好ましい。
『身体を冷やしちゃだめよ。風邪ひいちゃうじゃない。ほら、テントとかミニストーブとかも買いましょうよ!トールヴァルドのアイテムボックス、端が見えなかったから相当広いわよ。いくら買っても大丈夫!』
魔法剣(待機)の言には一部賛成だ。
どこかのキャッチコピーのように軽く言って、何でもかんでも買うつもりはない。
軍資金は有限なのだ。
買える範囲でそろえよう。
食料のつもりで生け捕ったウサギを入れてみたら餓死させてしまったピヒラちゃん。
読了ありがとうございました。
続きます。