わたしの人生に愛は不要! 2
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ラロが買って来たニンジンの種が入った袋を持って、わたしは離宮の裏手にある畑に向かった。
離宮に幽閉状態と言っても、監視は誰一人としていないから好き勝手できるのよ。
たぶん、五歳の時につけられていた使用人たちが監視の役割も担っていたんでしょうけど、全員いなくなったからね。
わたしの生活費が国からちょろっと程度は出ていると思うんだけど、使用人がいないからわたしの手元には届かない。
きっとわたしの生活費は、今もどこかの誰かがちょろまかしているんだろう。
……どこの誰かは知らないけど、天罰落ちろ~。
ってちょっとだけ呪っておく。
薬を作るしか能がない力のない魔女のわたしがそんなことを思ったところで、アリの子一匹呪えやしないでしょうけどね。
「さーってと。じゃあ耕していきますか~」
鍬を片手に、わたしはコホンと一つ咳払い。
そして――
「お父様の頭が禿げますように~よっこいしょ~、お母様の小じわが増えますように~えっさっさ~、お父様のお腹がでっぷり出ますよに~よっこいしょ~、お母様が二重顎になりますように~えっさっさ~」
「その歌やめろ‼」
「うん?」
気分よく自作の歌を熱唱していたわたしは、突然背後から聞こえてきた怒鳴り声に、どっこいしょ、と鍬を畑の上に立てて置いた。
わたしの楽しいひと時を邪魔するのはどこのどいつだと振り返ると、走って離宮の裏手にやって来たのだろう、軽く息を乱した絶世の美男子が――
……げぇ。
わたしは、その顔を見るなりぐぐっと顔をしかめた。
銀髪にミント色の瞳を持った超絶イケメン。
わたしの天敵クリストバル・オルティスが、眉を怒らせて立っていたからだ。
「あんたまた来たの。ねえ、暇なの?」
「相変わらず可愛げのない女だな‼ ってそうじゃない! 何度も言うがそのみょうちきりんな歌をやめろ! 万が一にでも陛下たちの耳に入ったら、不敬罪で処刑されるぞ‼」
「一応実の娘なのにぃ?」
「実の娘でもだ‼」
まあ、それはそうか。
娘だと認めたくないがためにわたしを離宮に押しやっているのだ。理由さえあれば嬉々として処刑を決定するだろう。実際に二度目の人生ではエミディオに言われるままわたしを火刑に処すと決めたもんねお父様。
「あーはいはい、わかったわよ。じゃ……クリストバルの耳は牛の耳~」
「なんでそうなる!」
「っていうかあんた、来るたび来るたびいっつもカッカと怒っているけど疲れないの? っていうか何で来るの?」
「それが、様子を見に来てやっている俺に対して言う言葉か!」
「来てくれなんて頼んでないでしょー?」
というか、毎回毎回ぎゃーぎゃー怒鳴られるのも嫌なので、来なければいいのにと本気で思う。
……本当にこいつ、何がしたいのかわかんないわ。
クリストバルにはじめて会ったのはわたしが八歳の時。
当時十一歳だった彼は、ふらりとわたしの元にやって来て、仁王立ちして言った。
――お前が噂の魔女か! 貧相な子供だな! 貧民街の子供でも、もっとまともな格好をしているぞ!
あの瞬間、わたしはこいつが嫌いになった。
確かに、使用人たちが逃げ出したせいで、わたしが身に着けていたものはつぎはぎだらけのボロボロな中古服だった。
だって仕方ないじゃない。
いくらラロが買い物に行ってくれると言っても、普通は、服なんて全部オーダーメイドなのよ? それ以外は中古服を買ってくるしかないんだけど、中古服を買うのなんてあまり裕福でない家庭の人たちばかりなのでいい服なんて置いてない。お金持ちはわざわざ服を売りになんて行かないからね。
だからラロが買ってくる服も、たいていは継ぎ接ぎのくたびれた服ばかりだった。
わたし自身も着られたらそれでいいくらいに考えていたし、服を買うくらいなら暖かいお布団とか絨毯とか、あとはたくさんの薪とかを仕入れてもらった方がよかったからね。
だけどラロに言われるならまだしも、初対面の男の子に馬鹿にされるのは納得いかない。
ラロも一生懸命わたしのために服を探して買って来てくれているのだから(何度も言うが空飛ぶ犬がどうやって買って来るのかは謎なんだけど)、それを馬鹿にされてカチンときたのよね。
――見世物じゃないのよ! 出てって‼
ムカムカしたわたしは、クリストバルを叩き出した。
その日はすごすごと帰って行ったクリストバルだったけれど、何故か数日を置いてまたやって来た。
そのときは子供用の服を数着持って来たけれど、やせっぽちだったわたしにはぶかぶかで、着替えたわたしを見てこいつはまたわたしを馬鹿にした。
――人形でももっとましに着こなせる。
わたしは、もっとこいつが嫌いになった。
以来、どういうわけかこいつはちょこちょこわたしの元にやって来ては、厭味ったらしい言葉を浴びせかけたり怒鳴ったりと、わたしを不快にさせ続ける。
「用がないならとっとと帰って。わたしは忙しいの!」
「妙な歌しか歌ってないじゃないか!」
「はあ~? これが見えないの? 畑を、耕しているんですぅ~! 遊んでるんじゃないんですぅ~! どっかの誰かさんみたいに、働かなくても美味しいご飯が出てくる身分じゃないんですぅ~!」
「……王女だろ?」
「あんた本当にムカつくわね! 王女なのにこんなところに追いやられた憐れなやつとでもいいたいわけ⁉ どこまでわたしをコケにしたいわけ⁉」
「そ、そういう意味じゃ……」
「いいから帰れ‼」
二度目の人生で火刑にされてから、わたしの感覚では六時間くらいしか経過していない。
つまり絶賛ムカムカ中なのよ!
クリストバルの相手をできる精神状態ではないんです‼
ぷんぷん怒りながら、わたしは鍬を持ち上げる。
歌でも歌って少しは気分をよくしようと思っていたのに、クリストバルのせいで台無しよ!
「おい、その細い腕でそんなものを持つな! 危ないだろうが!」
「慣れてますから! それとも何? わたしの手から鍬がすっぽぬけて自分のところに飛んで来たら危ないって言いたいわけ?」
「うるさい!」
そうやってまた怒鳴るのね。
クリストバルはいつもそう。
嫌味を言うか怒鳴るだけ。わたしがいったい何をしたっていうの? なんで毎回毎回わたしをイラつかせるの? そんなにわたしが嫌いなら、ここに来なければいいじゃないの!
きっと睨みつけたわたしから、クリストバルが鍬を取り上げた。
「何するのよ!」
「うるさい! そこで見てろ!」
また怒鳴って、クリストバルが鍬を振り上げる。
わたしから鍬を取り上げて畑を耕しはじめたクリストバルは、悔しいけれど、わたしなんかよりよっぽど早く畑を耕していく。
……公爵令息のくせに、なんで畑作りがうまいわけ?
わたしよりうまくできるのが納得いかない。
というか、クリストバルが畑を耕すところなんてはじめて見たわね。一度目の人生でも二度目の人生でもこんなこと……あれ?
そうよ。こんな経験は記憶にない。
よくよく思い返してみたら、今日、クリストバルが訪ねてきたのは記憶にある。
だけど、部屋の中でのんびり本を読んでいたところに訪ねてきて、そうそう、部屋が汚いとかなんとか散々嫌味を言われたのよ。
……わたしが読書ではなくて畑を耕すことにしたから?
わたしの行動で未来が変わるのは、まあわかる。
一度目の人生を経験したわたしは、二度目の人生でエミディオを庇って死ぬという運命を変えた。
人生をやり直すと言っても、わたし自身の行動が変われば、もちろんその後の展開も変わっていく。
それは、わかるんだけど――
……なーんか、変な感じ。
クリストバルが、汗水たらして畑を耕しているわよ。
普通、公爵令息って言ったら、自分の手足を使って労働なんてしないわよねえ?
……こいつのことは大嫌いだけど、こういうところはちょっとだけ見直してあげてもいいわ。
これがエミディオならこうはいかないだろう。
たぶんだけど、わたしに畑仕事をやめるように言って、それでもわたしがごねたら、使用人を呼んで畑仕事をさせるはずだ。
自分で畑を耕そうなんて考えるはずがない。
「おい、だいたい終わったぞ。次はどうするんだ」
「ニンジンの種を撒くのよ。……できるの?」
「馬鹿にするな。そのくらいできる!」
馬鹿にしたわけではないけれど、貴族のおぼっちゃんがニンジンを育てられるとは思えなかった。
畑に器用に畝まで作っているし、クリストバルはどこで覚えてきたのだろう。
鍬を置いたクリストバルが、わたしの手からニンジンの種を受け取って、せっせと畑に撒いていく。
わたしだったら気にせずばら~って撒いちゃうんだけど、几帳面なのか、クリストバルは種を撒く筋を作って、綺麗に一列に撒いていた。
種を撒いたら水をやって、クリストバルが額に浮いた汗をぬぐう。
「終わったな。では行くぞ」
「どこに?」
「お前の部屋に決まっているだろう! 今日こそ、あの散らかりまくっている部屋を片付けるんだからな‼」
……そんなことをして、クリストバルに何か得なことがあるのかしら?






