表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/43

SIDEラロ もう二度と失わない

お気に入り登録、評価などありがとうございます!


第一部、ラストです。

 歩くたびに、月の光を散りばめたような銀色の長い髪がさらさらと揺れる。


 マダリアード帝国。

 その、玉座に通ずる廊下を歩く彼の行く手を阻むものは誰もいない。


 すれ違う使用人や貴族が頭を下げるが一瞥もくれず、彼は迷いなく歩き続け、玉座の間の扉の前に立った。

 両開きの扉の前にいた衛兵二人が、頭を下げて扉を開ける。

 扉から玉座まで一直線に伸びる緋色の絨毯の上を歩いていけば、玉座に気だるげに座っている女が顔を上げた。


 マダリアード帝国、第十一代女王、カルメンシータ。

 緋色の髪に、魔女の証である赤い瞳。

 今年で三十八歳を数えるはずの彼女は、二十代半ばにしか見えない顔に笑みを乗せた。


「相変わらず、恐ろしく綺麗な顔だな、ラロ。――いや、ラシーロ・サビオ・エストレージャ。聖獣にして聖人、星の名を冠する大賢者殿」


 彼――ラロは、琥珀色の瞳をまっすぐにカルメンシータに向ける。


「そのさ、聖獣にして聖人だの大賢者だの、変な修飾語をつけないでほしいよね。それから、僕の名前はラロだ。本名なんてとっくに捨てたよ。今更その名前に未練なんてないし、普通に呼んでほしいって前から言っていると思うけど」


 肩をすくめてみせれば、カルメンシータが楽しそうに笑う。


「三百年前に、一人の女のためにすべてを捨てた貴公に、敬意を払ってのことだったんだが」

「揶揄っているの間違いだろう? それはそうと、はいこれ。追加で預かっておいてくれる?」


 ラロが金貨の詰まった袋を差し出せば、カルメンシータが眉を寄せた。


「ラロ、君はここを銀行か何かと勘違いしているのか? 何故わたしの私が、君の金貨置き場になっているのだ」

「仕方ないだろう。アサレアの離宮が改装中なんだ。誰かに盗まれたら大変だからね。貴重なお金は、安全なところに隠しておかないと」


 帝国一の魔女のお膝元なら安全だろうと、圧倒的な美貌に無邪気な表情を乗せてラロは笑う。


「楽しそうだな、大賢者殿」

「そうかもね。ようやく僕の可愛い子の曇った目が晴れたみたいだから」

「ああ。それはよかった。君がいけ好かないと言っていたあの男から、ようやく離れたのか。確か、アサレア王女があの男を選んだら破滅しかないと言っていたな」

「そうだよ。破滅し、戻る。……僕がかけた呪いのせいでね」

「呪いではなく祝福だと言っていただろう」

「祝福も、場合によっては呪いだよね。そのことに気づいたときには遅かったから」


 アサレア――いや、アサレアの魂には、ラロの祝福という名の呪いがかかっている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、が。


 三百年前、絶望したラロが、自身が賢者である資格を失ってまでかけた祝福。

 おかげでこの身は子犬の姿にかわり、力の大半を失った。

 元の人型の姿にも、そしてフェンリルである獣の姿にも、一日のうちわずかな時間しか戻ることができない。


 聖獣にして聖人。


 何故かつてラロが――ラシーロ・サビオ・エストレージャがそう呼ばれていたのか。

 それは、ラロが聖獣だったフェンリルを母に、聖人だった人間を父に持ち、両親の力を等しく継承した存在だったからに他ならない。


 ゆえにラロは生まれながらにして大賢者と呼ばれた。

 生まれた瞬間に神々に選ばれたからだ。

 そのせいでこの身は不死となり、生身の人間には持ちえない力を得た。

 その力は、三百年前にラロが禁忌を犯したため、失われたけれど。


(後悔はしていないけど、でも、何かあった時に今の僕ではアサレアを守り切れない)


 だからこその呪いなのだ。

 アサレアは決して不幸になってはならない。

 不幸のまま死ねば、必ずその身は、時間をさかのぼって過去に戻る。

 アサレアが不幸な死を遂げようとしていても、ラロには彼女を救う力はないというのに……ラロのかけた祝福のせいで、アサレアは幸せになれるまで何度も何度も人生をやり直す。

 そんなの、呪い以外の何物でもないというのに。


「なるほど。それで、今のアサレア王女は何度目なのだろうか」

「わからないよ。僕にはそれを追うことはできない。ただ、エミディオに対する感情が急激に変化したから、やり直しの人生なのは間違いないと思うけど」


 アサレアは、前の人生でどんな死に方をしたのだろうか。

 不幸な死に方をしたら戻るという祝福だ。間違いなく、不幸な死に方をしたはずである。

 ラロはぎゅっと拳を握った。


「つまりは、彼女の前の時間軸では、僕はアサレアを守れなかったんだ」

「そう悲観するな。だからこそ、アサレア王女はエミディオ・クベードから離れたのだ。結果だけ見れば、そう悪いわけではないだろう」

「つらい思いをして死んだ記憶は残る」

「だとしても、それが彼女が幸せになるために必要なことだったと思えばいい」

「そんな気軽に言わないでくれないか」


 ラロが睨めば、カルメンシータは肩をすくめた。


「気軽に言ったつもりはないが、そう聞こえたのなら謝罪しよう。だがわたしは、君が精一杯アサレア王女を守ろうとしていることを知っている。……昔からの友人が、悲しそうな顔をしているのは堪えるのでね」

「……ごめん。八つ当たりだった」

「構わない。わたしも子供のころに君でぬいぐるみ遊びをしたからな」

「それは、とっても忌々しい記憶だよ」


 ラロはふんっと鼻を鳴らす。


「とにかく、その金貨をよろしくね」

「仕方ない、預かってやろう。ああ、それから、商業ギルドのギルド長が、頼みたいことがあると言っていたぞ。どうせまた薬だろうが。アサレア王女の薬は人気だからな」

「そうだね。三百年前も今も、あの子の作る薬は特別なんだ。……逆を言えば、あの子は薬しか作れないと言うのに、本当に、忌々しい男だったよ。エフラインはね」


 ラロは吐き捨てて、くるりと踵を返す。

 カルメンシータに「また来るよ」とひらひらと手を振って、ラロは歩き出す。



 ――君は、幸せにならなくてはならない。



 三百年前、炎に包まれながらラロに微笑みかけたあの子は、ラロの、すべてだった。






お読みいただきありがとうございました!

これにて第一部が終わりになります。

第二部開始までもう少々お待ちいただけますと幸いです!


また、ここまでの評価を☆☆☆☆☆にていただけるととっても励みになります(*^^*)

どうぞよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
執筆、お疲れ様です。 第二部再開、楽しみに待っております!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ