これは薬草採取でデートではない! 1
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お昼ご飯を食べ終わった後で、わたしはクリストバルと一緒に山に薬草採取に出かけた。
いつもはラロが薬草を採って来てくれるんだけど、わたしも何度か採取に行ったことがあるから、だいたいどのあたりに群生しているのかとかは覚えている。
籠と鋏をクリストバルが持ってくれたので、手ぶらのわたしは記憶にある方角へ彼を先導しながら歩いた。
「熊とか狼とか、危険な動物はいないのか」
「いないんじゃない? 遭遇したことないし」
「気楽だな。もし何かが出たらどうする」
「どうするって……どうする?」
「お前に聞いた俺が馬鹿だった」
相変わらず嫌味な男ね! だって危険動物と遭遇した時の対処法なんて知らないのよ!
「お前を先に行かせるのは危険だ。こっちに来い。ほら」
クリストバルが「ん」と左手を差し出して来た。
……この手をどうしろと?
差し出された手を見つめていると、彼が眉を寄せる。
「早くつなげ」
……手を繋げってことならそう言いなさいよ。何のことかと思ったじゃないの。
熊や狼と遭遇する件と手を繋ぐことに何の関係があるのかはわからないけど、しょうがないから繋いであげるわよ。無視すると怒りそうだし。
なんでわたし、クリストバルと手を繋いで山の中を散歩してるのかしら。
手を繋いでてくてくと歩きながら、手を繋いでいたら熊に遭遇したときに逃げにくくないかしらと思ったんだけど、なんとなくそれは言える雰囲気じゃない。
注意深く周囲に視線を這わせるクリストバルを見ていると、すこーしだけ、もしかしてわたし、守られているんじゃないかしらって気になるわ。
「こっちよ。こっちに小川が流れてるの。その近くに、花粉症の薬の材料が生えているのよ」
「花粉症?」
「そう、知らない? 杉とかヒノキとかの花粉がよく飛ぶ季節に、目がかゆくなったりくしゃみが出たりするのよ」
「……そう言えば、父上がそんなことを言っていたな。あれは花粉症というやつだったのか」
「あんたは無縁そうね」
「お前もな」
それ、そういう意味? 図太いって言いたい?
ま、最初にわたしが言ったんだから、今のはおあいこよね。
「オルティス公爵が花粉症なら、あとで作る薬を持って帰りなさいよ。食事と……ついでに掃除のお礼よ」
「ついでって、今日はあれが目的で」
「あーはいはい!」
だって、頼んでないもんね!
感謝はしてるけど、それを素直に認めるのは癪なのよ、なんとなく!
「ったく、可愛くないな」
「お互い様よ」
別にクリストバルに可愛いって思われたいわけじゃないし――エミディオから手ひどく裏切られたわたしとしては、もはや可愛げなんてものには意味がないんじゃないかって思うわ。
エミディオによく思われたくていろいろ頑張ったけど、あいつはわたしの姿なんて素通りして、その後ろにある玉座しか見てなかったってことだもの。
こんなところに幽閉されているわたしは、可愛げなんて物を養ったところで無意味なの。だって、それを披露する相手がいないんだもの。
「あそこよ。手を離してくれる? あと、鋏をちょうだい」
「滑って転ぶなよ」
「そんなへまはしないわ」
鋏を受け取り、わたしは小川の周りに生えている薬草の新芽を摘んでいく。
別に新芽じゃなくても使えるんだけど、根っこの方から切っちゃうとそれで終わりでしょ?
でも新芽を摘めば、横からまた枝を伸ばして成長するのよ。
摘んだ薬草を籠の中に入れて、ある程度の量になったところで立ち上がる。
「こんだけあればいいわ」
「そうか。……動くな!」
わたしが籠の中身を確認していた時、クリストバルが鋭い声を上げた。
何事だろうかと驚くと、小川を挟んで反対側に、灰色の大型犬が現れた。わたしより大きな犬だなと思っていたら、クリストバルがわたしの二の腕を掴んで引っ張った。
わたしを背中にかばいながら、じっと大型犬を見つめる。
「ねえ、野良犬かしら」
「何を呑気な。あれは狼だ。犬じゃない」
あれが狼⁉ はじめて見たわ! 犬と見た目がいっしょじゃない!
……うん? ってことは、危ないの⁉
さすがに、あの大きな図体で体当たりとかされたらひとたまりもないわ。
たらりと冷や汗をかいていると、クリストバルが舌打ちする。
「剣を持ってくればよかったな。くそっ。武器になりそうなものが鋏しかないじゃないか」
「ちょ、ちょっと、逃げればいいでしょ」
「背中を向けたら襲って来るぞ」
え、そうなの?
どうしよう……、とクリストバルの袖をきゅっと握ったときだった。
ワォーン……
遠くで、低い遠吠えの声が聞こえてきた。
まだ仲間が⁉ と思ってビクビクしていると、灰色の狼がくるりと踵を返す。
そのまま狼はのしのしと立ち去って行って、完全に姿が見えなくなると、わたしははーっと息を吐き出した。
「あー、びっくりした!」
「やっぱりいるんじゃないか、狼! お前、こんな危険な山の中で薬草採取をしていたのか!」
「だ、だって……」
薬草採取をしているのは普段はラロだし、わたしがたまに出かけても狼に遭遇したことはなかったもの。
口をとがらせていると、クリストバルにぐっと手を引かれる。
「また戻ってくるかもしれない。早く帰るぞ」
「わ、わかったわよ、ちょっと、引っ張らないで!」
早く来いと引っ張られて、軽く足がもつれる。
転びかけたわたしを慌てて支えたクリストバルが、薬草と鋏の入った籠をわたしに持たせた。
「持ってろ。それから暴れるなよ? 非常事態だ」
そういうや否や、クリストバルがひょいっとわたしを横抱きに抱き上げた。
「ひゃっ」
「暴れるなって。嫌だろうが少し辛抱してろ」
重たくないのか、わたしを抱きかかえてクリストバルは駆け足で走り出した。
来た道を駆け戻って、離宮の前に到着すると地面に下ろしてくれる。
そして、ちょっと怖い顔で、釘を刺して来た。
「今度から、一人で山の中に入るのは禁止だ!」
こいつにどんな権利があってわたしの行動を制限してくるのだろうと思ったけど、クリストバルの表情があまりに真剣だったから、素直に頷くしかできなかった。
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