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やり直し魔女は、三度目の人生を大嫌いだった男と生きる  作者: 狭山ひびき
第一部 三回目の人生

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小姑みたいな男 3

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「やっと終わったな」


 クリストバルが額の汗をぬぐう仕草をした。

 三時間の作業によって、あれだけぐちゃぐちゃだったわたしの部屋がきれいに整頓されてぴっかぴかになっている。


「この部屋ってこんなに広かったのね……」

「何を馬鹿なことを言っているんだ」


 いや、だってね? 物が散乱していたときはとっても狭く感じたから。

 そのとき、ぽけーっと口を半開きにして部屋を眺めていたわたしのお腹が、くうっと情けない音を立てた。

 わたしの腹の虫の主張を耳にしたクリストバルが、ポケットから懐中時計を取り出す。


「もうこんな時間か。昼食にしよう」

「昼食っていったって……」


 朝から片付けをしていたから、わたし、何も作ってないわよ。

 ま、作るって言っても、適当にあるものをぶち込んだスープくらいしか作れませんけどね。


「安心しろ。昼に食事を届けるように言ってある。行くぞ」


 クリストバルがそう言って部屋を出て行ったので大人しくついて行くと、玄関ホールに五十過ぎくらいの紳士が立っていた。あの人はオルティス公爵家の執事だ。何度かあったことがある。

 わたしがクリストバルとともに階下に降りると、執事さんが会釈をしたのでわたしもぺこりと頭を下げた。


「本日は天気がいいので、食事は外に用意しいたしました」

「そうか。ありがとう。アサレア、行くぞ」

「あ、うん」


 クリストバルと一緒に外に出ると、そこには丸くて白いテーブルが一つに椅子が二つ。そして日よけのための大きなパラソルが立っていた。

 テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいる。


「早く来い」


 クリストバルに呼ばれてテーブルに向かうと、彼が椅子の後ろに回って、「座れ」と言って来る。

 戸惑いつつ近づけば、クリストバルが椅子を引いてくれた。


 ……ここに座れってことよね?


 ちょっと変な感じがしつつも、クリストバルが引いてくれた椅子に座ると、彼が反対側に回って着席する。

 執事さんが、コップに水を注いでくれた。


「冷めても美味しくいただけるものをご用意しております。食後にはデザートもございますよ」


 この執事さんは、わたしが魔女と知っていても嫌そうな顔をしない。クリストバルも嫌味は言うけれどなんだかんだとわたしに会いに来るし、あれかしら、仕えている主人一家が変わり者なら使用人さんも変わり者なのかしらね。もちろん、いい意味でだけど。


 このサモラ王国において、やっぱりわたしは嫌われているのよ。

 ずっと離宮で暮らしていたから、国民の悪意を直接浴びる機会はなかったけど、二度目の人生を経験してつくづくそう思ったの。


 エミディオと結婚した後も、彼はあんまりわたしを邸の外に出したがらなかったのよね。それは、魔女であるわたしを恥じていたからかもしれないし、国民に騒がれるのが嫌だったからかもしれない。


 だけど火刑に処された時にわかったの。サモラ王国の国民がどれだけ魔女を嫌っているかってことをね。

 わたしは離宮に隔離されているけれど、同時に悪意から守られてもいたのよ。

 もちろん、父も母もわたしを守ろうなんてこれっぽっちも思ってなかったでしょうけどね。


 そんな嫌われ者のわたしに、わざわざ会いに来るクリストバルも、こうして彼の命令に従って嫌な顔一つせず食事を用意してくれる執事さんも、サモラ王国の国民らしくない人たちだと思うわ。


「美味しい」

「口に合って何よりだ。本当ならきちんとしたコース料理を用意してやりたいが、ここでは無理だからな」

「そんなものを用意されてもマナーなんて知らないわよ」

「本当なら、お前にも教育係がついていたはずだぞ」

「その教育係とやらは使用人たちと逃げたんでしょ」

「教育係は貴族だ。逃げようとして逃げられるとは思えないが……来ていないのだから、何か裏取引でもしたんだろうな。お前に使われる費用を着服しているやつも含めて調べさせているから、ついでに探っておいてやる」

「え、そんな面倒なことなんてしなくていいわよ」

「お前がよくても、国としてはよくない。着服……横領だ。しかも王女に使われる費用、つまりは税金の横領だぞ。きちんと裁かれるべきだし、そもそも誰も気にせず放置していたこと自体問題なんだ」


 クリストバルがサンドイッチを頬張った。少し乱暴な食べ方をしているのは、マナーを知らないわたしを気遣ってのことだろうか……って、こいつに限って、まさかね。


「とはいえ、どこが絡んでいるかわからないから大々的に捜査ができず、ここから逃げ出した使用人の追跡にも手間取った。ちょっと時間がかかったが、そろそろある程度の情報が集まってくる頃だ」

「ねえ、そんなこと、いつからやってたの?」

「お前と最初に会った頃だから、八年前からだな」

「そんな前から⁉」


 知らなかったんだけど!

 え? わたし、同じ人生を二回も経験して今三回目よ? こんな重要な問題、どうして……ってあー、なんかわかっちゃった。


 たぶんこれ、エミディオが求婚したころかそのあとに捜査が終わったんじゃないかしら?

 で、調べはついたけど出すに出せずにそのままになったってところかしらね?


 ……あれ、それじゃあ…………。


 わたし今、いやーなことに思い至っちゃったわよ。


 着服だの横領だの、法律が絡んでくる問題だもの、誰が犯人かにたどり着いたのなら、普通は公表して罪に問うわよね?

 でも、わたしがエミディオと婚約したのちに発覚したとして、それを公表しなかったってことは……もしかしなくても、エミディオ、もしくはクベード侯爵家が絡んでいたんじゃないの?


 年齢から考えてエミディオって線はないかもだから、クベード侯爵家の線が濃厚ね。

 でもって、わたしがエミディオと婚約したから有耶無耶になったんだわ。だって、エミディオと婚約後ならいくらでも言い訳できるものね。

 婚約予定だったとか、わたしの予算を代わりに管理していたとか、何とでも言えるわ。


 そしてあの時のわたしはエミディオに惚れ込んでいたから、彼の言うことを何でも信じていた可能性が高い。

 公表したところで無意味だから、きっとクリストバルは公表しなかったのよ。


 ……うっわ! 何それムカつくっ!


 クリストバルがじゃなくてエミディオがね!

 わたしが考えたことが正しいのか正しくないのかはわかんないけど、本当にわたしの予算を横領していた犯人にクベード侯爵家があったのなら、本当に許したがたいんだけど?

 わたしの予算を着服しておいて、最終的に自分の役に立たなくなったからって冤罪をかけて火刑に処したのよ、あいつ。


 ……決めたわ、わたし、三度目の人生はエミディオへの復讐に生きるわ!


 何としても生き延びてやるという目標はもちろん変わらないけど、このままエミディオを無罪放免にしてなるものか。

 今の時間軸では、別にあいつはわたしを冤罪にかけたわけでも火刑に処したわけでもない。

 だけど、着服しているのがクベード侯爵家なら、それは立派な罪よね? わたしに対する裏切りよね? 利用するつもりだっただけじゃなく、最初からあいつはわたしを裏切っていたんだわ!


「おい、そんなにフォークを握り締めてどうした。ひん曲がるぞ」


 そんなに馬鹿力じゃないわよ!

 わたしは苛立ちながら、ぐさっとフォークをサラダに突き立てる。


「クリストバル、犯人がわかったら教えてね。それが誰であっても、ぜーったいに教えてね!」

「お、おう。急にどうした……」

「ムカつくから!」

「そ、そうか。まあ、そうだよな、腹が立つよな。本当ならお前はもっと優雅な暮らしができていたはずだからな」


 幽閉されておいて優雅もへったくれもないと思うが、少なくとも自分で料理したり掃除したり洗濯したり(掃除や洗濯は滅多にしないけど)しなくてもすんだってことよ。


 ……まあ、ラロのおかげで、なんだかんだ生きて行けていますけどね!


 もしゃもしゃと口いっぱいに詰め込んだサラダを咀嚼していると、クリストバルがこほんと咳ばらいをした。


「それで、ちょっと気になったんだが」

「なにが?」

「お前、さっき、魔法で水を生むことはできないと言ったよな」

「嫌味?」

「そうじゃない! だから、お前は薬を作るくらいしかできないと言ったよな」

「そうよ?」

「今までどうやって生きてきた」


 何言ってんのこいつ。

 首をひねると、クリストバルが急に真剣な顔になる。


「俺も食べ物を持ってきたりはしていたが、毎日食べられる量じゃない。その、なんだ……俺はてっきり、お前が魔女の力を使って今まで生きていたと思っていたんだが、違ったのか」

「魔女の力で生きるってどういう意味? 霞を食って生きてるとでも」

「違う! ええっとだな、例えばだが、何もないところから食べ物を取り出すとか」

「え⁉ 世の中の魔女はそんなことができるの⁉」

「それは知らん。水を生み出せるのは知っているが。だが、水が出せるなら食べ物も出せるかもしれないと……思っていたわけだが」


 こいつ、妄想力が豊かね。

 んなことできるわけないじゃないの。


「できないわよ。ま、他の魔女を知らないから? できる人もいるのかもしれないけどね」

「じゃあ、今までお前はどうやって生きてきた」

「どうやってって……、そうね。薬を作って、それで食べ物とかを買っていたわよ?」


 ラロのことは言えないから秘密だけど、魔女だし、薬の話くらいはしてもいいわよね?

 すると、クリストバルがぎょっと目を見開いた。


「町に降りたのか!」

「え? あー、そうじゃなくて、まあ、薬を買ってくれる奇特な人がいるのよ、うん」

「……まさか、エミディオ・クベードか?」

「違うわよ!」


 あいつがそんなことするはずないじゃない。

 エミディオは食べられもしない花束と、たまにお菓子を持ってくるくらいよ。


「そうか、てっきり……」

「エミディオじゃないけど、別に誰だろうといいでしょ? 魔女の秘密ってやつよ、詮索しないで」

「まあ、言いたくないなら構わないが……」


 そういうくせに、面白くなさそうな顔をしているのはなんでかしらね。


「しかし、薬か……」

「そうよ。結構、いい値段で売れるんだから」

「ふぅん。……それは、どうやって作るんだ?」

「え?」

「薬を作っているところが見たい」


 何なのかしら、こいつ。今日、ちょっと変じゃない?


 いえ、違うか。

 今までこんなに長く会話が続いたことはなかったし、それで話す機会がなかっただけで、もともとクリストバルは魔女に興味でもあったのかもしれないわね。


「いいけど、だったら薬草を取りに行かなきゃ」

「薬草はどこにある」

「山の中にいくらでも生えてるわ。……行く?」

「ああ。食事が終わったら頼む」


 ま、どうせすることはないからいいんだけどね。

 ラロも、クリストバルがいる間は帰って来ても姿をくらましてるでしょうし。


 それにしても、つい数時間前に殺されたと思ったら、やり直した人生で大嫌いな男と薬草採取なんてね。


 へーんなの。




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