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4 ――仕事承り――

翌日、ハイドは再び仕事斡旋所を訪れた。先日帰った際に、また明日来てくれと言われたからである。


朝早いので、人通りもそう多くは無く、時間も掛からずに到着したハイドはさっさと中に入って、


「……仕事は決まりましたか」


長く滞在するつもりは無いので、大きな収入のある大きな仕事を1度受ければ上々である。ハイドは先日、ここを去る際にそう伝えておいたのだが、思惑通りになるとも限らない。


「ああ、ドでかい仕事だったな。なら丁度いいのがあるんだ」


中は誰も居らず、静かであった。


マスターは紙巻のタバコをふかしながら、カウンターの下をなにやらごそごそとして、1枚の紙をたたき出した。


「えーっと……、護衛……?」手にとって読むと、そう書いてある。


「そう。護衛」彼はそう言って、鼻から煙を噴出させた。


紙面に記してあることを要約すると――――この街の一番偉い貴族様が帝国に赴く用事がある。時間を掛けたくないので近道をしたいのだが、その道はとある魔族の生息地なので強い傭兵を雇いたいのだという。


「……つーか、これ明日出発って書いてあるんですが」


「旅人は居るし、傭兵になって手助けする奴も居るんだが、どうも皆魔族が相手だっつーと嫌な顔をするんでな」


「そりゃそうでしょうよ。わざわざ自分からハチの巣を突付きに行きたくはありませんし――――こんなことを募集する暇があるなら、さっさと出かけて遠回りすりゃいいのに」


自分でも惚れ惚れとする正論を吐いたなとハイドは得意気に頷いてみせると、マスターはまたカウンターの下にもぐって――――ジャラジャラと金属の擦れる音がする布袋をドンとカウンターに置いた。


丸くかたどられているが、その布は全身を不自然にボコボコと凹凸を作っている。その中身は恐らく金貨であり、ハイドが求めていたものである。


手に収まりきらぬ程の袋の大きさであった。ハイドがソレに手を伸ばすと、すかさず、その手の甲を叩くマスターがあった。


「これは飽くまで前金だ。30万ゴールド。仕事を受ければ貰えるし――――成功すればこの倍以上が更に手に入る。何、ジェルマン卿にとっちゃ痛くも痒くもない。むしろ、少なすぎるかなと思う程度だ」


――――魔族か。この街に居る旅人は幾多とすれ違うが、やはりこの大陸に居る以上、それなりに腕の立ちそうなものばかりな印象。それらがこの金額を前にしても首を振ると言う事は、魔族はかなり強敵であるという証拠になる。


だが、テンメイは世界的に有名になっている。知らないものは居らず、さらに恐れられているが――――ハイドは2度も撃退した。


1度目はテンメイの気まぐれであり、ボロ負けなのでカウントできないが、2度目は完全に押していた。相手が全力を見せていなかったためかもしれないが――――逆を言えば、不意打ちで殺せると言う事。


まさかその魔族がテンメイほど強いというわけではあるまい。それほど強いのにそこを突っ切っていくだなんて『たわけ』を言うような貴族であれば、たとえこの金額でも受けるわけには行かないのだが――――。


「たかだか100万か。本来なら断るところなんだが、時間が無いんだろう? なら引き受けようじゃあないか」




――――場所は移り街の最北部。中央公園より30分ほど歩いた位置にあるのは、目もくらむ大豪邸であった。


城。そう言っても過言ではないものがそこにはあった。


豪華絢爛な外壁。巨大な玄関は街の門を髣髴ほうふつとさせ、また遠くに居ても大きく見える屋敷を眺めて、ハイドは息を吐いた。


仕事斡旋所で仕事を受けた場合は、雇用者と使用者で直接会って取引を成立しなければならない。


忘れていたことを思い出した時には既に、ハイドは紙面にサインを書いていた。


「緊張するな……、正装で来た方がよかったか? でもそんな服無いし」


インターホンを押した後、ハイドは返事があるまでブツブツと呟いていると、柵の様な門の奥から1人の老人がやって来て、


「お客様。今日は何用でございましょうか」


老いた男であったが、その眼差しは鋭く、笑顔で聞くような風であるにも関わらず、何かを選定するような瞳であった。


「あ、ああ」そんな、本来ならば大抵の人は気づけないであろう視線に感づいたハイドは少しばかり心を揺らがせながら、「仕事を受けて来たんですが……」


仕事斡旋所からずっと手で持ってきた紙を、そのまま鉄格子の向こうの老人に手渡す。彼は白々しく、胸ポケットの中から片目だけに装着するメガネ――単眼鏡モノクル――で紙面を眺めた後、


「しかと承りました――――ハイド=ジャン様。こちらへどうぞ」


彼が高らかに指を鳴らすと、それに応じたように柵はスライドして――――やがて道は開けた。


なんという仕掛けだ。ハイドはもれ出そうな感嘆の叫びを飲み込んで、


「はい。それでは失礼します」


紳士の極みを見せる仕草でおじぎをすると、華麗に髪を掻き揚げて余裕を見せた。




直線になっている庭の道を進んで数分。ようやく玄関へと到着すると、そこは間もおかずに開かれて――――広いホールとヒラヒラで黒と白のコントラストが綺麗な洋服に身を包む女中たちがハイドを出迎えた。


玄関ホールはリビングと一体化しているらしく、右の空間に高級そうな革張りのソファーや机が配置していて、まっすぐ進むと広く長い階段がある。2階部分は吹き抜けとなっているらしかった。


ハイドは老紳士に手近なソファーに案内されるままに腰を掛ける。彼は一言「少々お待ちください」とだけ告げて、階段を上っていった。


女中メイドたちはそれぞれ丁寧に挨拶した後、散り、1人を残していなくなる。遠くで慌しいような声が聞こえる中で、ハイドはそれでも未だ緊張したままであった。


「あ、あの」ハイドは振り向いて、何故か背後で待機している女中に声を掛ける。「ジェルマン公爵という方は、どのような方なのでしょうか」


聞かれて、彼女は慌ててハイドの隣に移動する。長いエプロンドレスが翻り、またウェーブのかかる長い金髪が宙を泳いだ。


青い瞳をする女中はそれから眼を瞑って、暗唱するように言って見せた。


「とてもお優しい方です。それにとても頭がよろしくて、また器用な方です。どんな身分の方にでもお優しいので――――そのせいで、問題を起こしてしまうこともありますが」


そこまで言って、失言だというように軽く咳払いをする。ハイドはそれに苦笑して、


「それは良かった。説明をありがとう」


彼女の透き通る声に頭を下げると、女中は慌てて背後に戻る。彼女が居なくなった事によって開けた視界の奥にある階段からは、老紳士と――――1人の男が降りてきていた。


「今日はわざわざ遠くから来てくださったようで、ありがとうございます」


自然な振る舞い。ただ手を広げて出迎える仕草をしただけなのに、どことなく気品があるというのはやはり、生まれつきの貴族であるかららしい。


ハイドは立ち上がり、彼を迎え、手を差し伸べた。


「いえ、私なぞがこのような仕事をしっかりとこなせるか不安ですが、全力を尽くしましょう」


ジェルマン公爵はその手をしっかりと握り返して、やがて席に着くことを促した。


「失礼します」ハイドはそう頭を下げて座ると、公爵も腰を落とす。それから直ぐに、女中の1人が紅茶の注がれたカップを2つ、机の上に並べ始めた。


「初めまして。ハイド=ジャンと申します。しがない旅人ですが、腕にはそれなりの自信がありますのでご安心を」


「ハイド=ジャン……というと、まさか、あのロンハイドの?」


まだ若い風貌であるが、歳は中年ほどであろうか。髪は若々しく伸びて、清潔に整ってはいるが、その顔に寄っている皺は歳を物語っている。


ハイドは困ったように頷くと、公爵は頷いて、


「失言でしたか。申し訳ない。私はビッツ・ジェルマンです。しかし貴方も辛いでしょう。あのロンハイドが――――いや、この話は終わりにしておきましょう」


彼は言いかけて首を振る。何が言いたかったのか、判然としないが彼がそう言うのだから突っ込んで聞くことも出来ずに――――話は本題へと移った。


「私はズブレイド帝国で騎士団の隊長を勤めております。ついこの間大きな争いが終えたので、暫くぶりの休暇を貰ったのですが――――予定より早く、魔族かれらが動き出してしまったのです」


帝国騎士団、第3番隊の隊長を務める彼は、その為に呼び出しをくらったという。安全な遠回りをすれば半月より少し短い道のり。しかし時間は無く、10日以内に向かわなければならない。


故に、半分以下の4日で到着できる近道を考えたのだが、その道はとある魔族が定住するとの事で有名な土地を突っ切らねばならなかった。


だから、彼は傭兵を依頼したのだ。魔族との戦闘を考慮して、5日の猶予はある。彼はそう言っていた。


「その魔族というのは、こちらが突付かねば安全な存在です。が、もしうっかり、怒らせてしまえば始末がつかない。それほど複雑で面倒で、強大なのです」


「その魔族はどれほどの強さかわかりますか?」


「一個騎士団――――熟練した騎士15名の集まりがものの数分で全滅する強さです。騎士は1人でトロル1体を数分で倒す実力で……計算できますか?」


「はい、十分な情報です」


つまり騎士1人はあのマスターよりも少しばかり弱いと見てもいいだろう。それが15人。あっという間に殺される強さだから―――――つまり、すごく強い。


「そこで1つ、質問なのですが――――頭数を増やす分、報酬も人数分貰えませんか?」


――――1人じゃ無理だ。だがココまで来た以上、引くことも出来ない。拒否することは出来るが、彼の顔に泥を塗ることになりそうであるからだ。


ならば、ノラとシャロン。2人を連れて行けばいいだろう。何も帝国に行くというわけじゃなく、その道中の魔族を退治するだけなのだ。シャロンもそう悪い顔はしないだろう。


「君が認める者ならば、私も信用できそう――――」


「ただいま戻りましたわ、お父様」


彼の台詞を遮る声が、玄関の方向から響いた。ハイドが何気なく振り返ると――――そこには目がくらむような美少女が軽く会釈をして、近寄ってきていた。


「あら、お客様ですの? 失礼をお許しください」


なんてこった――――ハイドは珍しく予想が的中した興奮で、頭を沸騰させ始めていた。そうして、そのせいで高鳴る胸を、勝手に恋だなんてものと勝手な解釈をして、気がつくと、緊張なんてものはどこかに消し飛んでいた。

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