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3 ――仕事斡旋所というところ――

仕事斡旋所は酒場と兼業であり、それ故に、人が多く集まる中央公園に建てられている。


商店が円を作り、その中の1つにソレがあった。


「――――ごめんください」


ハイドはしっかりと閉じられた扉を開ける。扉が開くと揺れる鐘がカランコロンと鳴って、どこか牛が鈴を鳴らして歩いてくるのかと思われたが、ハイドはそういえば鐘があったなと、納得するように頷いて中に入っていった。


酒場、という割には酒臭くは無く、そして小奇麗であった。長机が一定間隔で二列になって並び、広い部屋はそれで埋め尽くされている。


正面のカウンターは広く、その奥の棚には数え切れないほどの酒瓶が並んでいた。


「おう坊主、昼間から酒とは感心しねェな」


長机の席について、友人らしき男と酒を飲む男はハイドに声を掛けた。貴族の町と言われるくらいだからどれほど高貴なモノかと想像していたが、やはりどこも変わらないところはあるらしい。


「おっさん、昼間から酒とは寒心するねェ」


「ダッハッハ! 俺はこの上司おっさんに付き合わされてんだよ、なァ?」


「違いねぇ!」


上下関係など微塵も見せずに笑いあう2人を呆れたように見ながら、ハイドはカウンターまで進んでいった。床が軋まず、足音を軽快に鳴らす。


照明をもっと強いものにすれば鏡代わりになるのではないかというほど磨かれた床は、それほどに綺麗であった。


「今日はなんの用で」


ガタイが良い、筋肉質の中年男性が声を掛ける。なぜこうも、仕事斡旋所ここのマスターは同じような体系なのだろうかと疑問に思いながら、


「仕事を短期で受けたいんです」


予測したように、マスターは紙とペンをカウンターの上に差し出した。ハイドはそのまま書こうとすると、


「椅子に座ったほうが書きやすくないか?」


思わぬ優しさが降り注ぐ。ハイドは迷わずこのマスターを善人認定して、遠慮がちに首を振った。


「いえ、大丈夫です。慣れてるんで」


短期で登録するのはこれで2度目である。ウィザリィで革命幇助の助っ人代を貰っていれば、恐らくはこんなことをしなくてもある程度は行けただろう。


ハイドが居たお陰で、竜聖院を攻められたといっても過言ではなく、また魔牢院は確かにハイド程の実力を持った役があと数人は欲しかったところであったのだ。


スラスラとペンを走らせて、ハイドは直ぐに必要事項を記入し終えた。


名前から、年齢。仕事の経験の有無や――――魔族と会ったことがあるか否か。はいの場合は、戦闘したか否か。またはいの場合は、どのような能力を使用したか。はいの場合は、自由記入で、特徴と、どの程度まで持ち込めたか。


恐らくは、魔族の解明に必要なことだろう。この大陸には魔族が多くいると聞くし、そのせいで対峙する相手を人間ではなく魔族、魔物に変えたという帝国があるとも聞く。


魔族を倒せる実力を持つものはそう少なくは無いが、あれほどの力を持ってあれほどの知能を持つ生命体は極少なく、また特殊な力なぞは簡単に人間を上回っているのだ。


――――もし魔族化したら捕まって人体解剖されそうだ。そう思って、ハイドは本能的に背筋を恐怖で震わせた。


「ハイド=ジャン……、どっかで聞いたことがあるような名前だが――――……おい坊主、嘘を書くと2度と登録できないようにするぞ?」


彼はハイドが書いた文字を指差して紙を突きつける。その指先には『テンメイ』について書いた項目があった。


「確かに、然程さほど名前は有名じゃあないが、その姿を見たものは多い。姿だけってなら、この大陸で知らない者は居ないってくらいだからな」


「何が言いたいのかちょっとわかりませんし、実際に戦いましたって。1回は殺せたし」


「奴は人を喰って力を得るんだ! たかだか20前後のガキが相手できる程の魔族じゃない」


――――奴はそんな有名人を喰らって力を得ていたのか。ハイドは思わぬところで情報を得て、またとんでもない奴だと再認識する羽目となる。


「それじゃ、試しますか? っていか、他2名は信じるんですか」カクメイと、ショウメイの事である。


「あぁ、向こうの大陸の魔族なんかはたかが知れてる――――なら、試させてもらおう」


マスターは言うなり、カウンターを軽快に飛び越えて出口側に回り、ハイドと対峙するように構えた。


ハイドは面倒そうに振り返ると、席に着いていた2人は、


「コイツァやべぇじょ」と噛みながらそそくさと店を後にする。


外から響く笑い声は籠って聞こえたが、それは酷く間抜けなモノで、凄まじい勢いで緊張感を殺いでいった。


「いつから飲んでんだよあいつ等」


「朝からだ。今日は仕事が休みらしくてな」


苦笑しながらマスターが答えて、


「お前の一番得意な魔法を出してみろ。俺が得意な魔法は防御障壁。お前が出した属性をすぐに見極めて、属性防御の能力を含む障壁を展開する」


「それを打ち破ったら俺の勝ちってことですかい」


ハイドが後頭部あたまを掻きながら聞くと、マスターは軽く頷いた。


めんどくさい。心の底から叫びながら――――別にテンメイと戦ったかどうかなんてどうでもいいんだけどなァ、とも囁いた。


そうしてハイドは構える。極力威力を抑えるが、ギリギリのところで障壁を破壊できる威力を持つ――――雷槌トールハンマーを。


魔法で高威力・破壊力、貫通力を持つ魔法はそれ以外――知らなくは無いが――自信が無い。他は使ったことが無いからでもあり、魔力の微妙な操作には慣れているが、その魔法自体に慣れていないのでちょっと怖かったりするのだ。


炎属性の魔法も慣れているし、簡単に思い通りに扱えるが――――飛び火してしまえば、それはハイドの意思では消せなくなるため、消去法で残ったのが雷槌それである。


使用する形態タイプは勿論――――。


一点集中フリーズポイント雷槌トールハンマー


威力を抑えるために、その場に放出した魔力のみを固めて属性を加え、撃ち放つ。故に溜める時間は無く――――。


空気を切り裂く轟音が小さく響き、そのそよぐ風が頬を撫ぜたのは、攻撃に反応できなかったマスターが吹き飛ばされて出入り口の扉を突き破ってからであった。


「なんてこったい」


状況だけ見れば明らかにハイドが悪者であり最低であり犯罪者である。ただの強盗に見えるハイドは邪魔になったマスターを予想も付かない攻撃手段で吹き飛ばし、うっかり外に飛ばしてしまったように見える。


「なんてこったい」


ハイドは言葉を繰り返すしかない。予測することすら許されなかったのか、ハイドの頭の中ではこんな状況などまったくの想定外である。


「なんて」


「中々、やるじゃあねェか」


壊れた再生機器のように繰り返すハイドの台詞は、少しばかりの間を置いて復活したマスターの台詞によって終焉を迎えた。


「……魔法障壁発動した気配がないんですが」


「外の人には俺が転んだ事にしておいた。みんな信じてくれたさ」


「一体どんな日常を送ってんだよあんたは」


「俺も魔族とは戦ったことがある。昔だがな。だから――――分かるのさ、お前は強い。だから信じられる」


――――どうやら人とは微妙にだが、確実に違う魔力の気配に気づいては居ない様子でハイドは胸を撫で下ろすが、そんなことよりも話があまりかみ合っていないことを心配した。


頭を打っていないだろうか。元から馬鹿な人は平気だが、突然馬鹿になった人は周りの人から冷たい目で見られる。それは精神的にも酷く辛いことであるが――――本人は気づけない。だって馬鹿なんだもの。


「お前の言いたいことは良く分かるぞ」マスターは人差し指を立ててウインクする。


やっぱダメだこの人は。ハイドが残念がるのをよそに彼は続けた。


「俺のタフさに尊敬しているのだろう」


「まぁオブラートに包みまくればそういう解釈にも為り得るんだが……取りあえず、手続きを早く進めてくれ」


マスターが突き破った出入り口の扉からは西日が漏れこんでいた。ハイドはソレを見て肩を落としながら告げると、


「おうよ! お前のように強い奴は久しぶりだからな!」


よく分からない理由をつけて頷き、鬱陶しいくらい親指を立ててウインクしていた。


不安を隠せないハイドはただただマスターを直視することを避けることしか出来なかった。

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