1 ――下位種族の強さ――
「――――龍星っ!」
上空に放たれたエネルギーは空中で幾つかに分散し、術者が対峙する魔物の頭上に降り注ぐ。
息を呑む速さに対応できない、人型で、知性のかけらも見えない顔をする緑の化けモノ――トロル――はその頭を砕かれて、大地に沈んでいった。
放った主であるノラは息を吐いて、張った肩をなだらかに、力を抜く。
――――彼女は本来、これほどまで強力な魔法は覚えていなかったのだが、倭皇国で出会った巫女から様々なことを学んだ。そして、ノラは自身が倭皇国の魔術の方が扱いやすいという事に気づいたのだ。
西と東、離れている故に魔法の扱い方も、魔力の種類さえも異なる。大まかな分類をすれば、東が主に原始であり、西が派生による発展。
発展し、新しい種類に進化した魔物の方が強いと思っていたのだが――――原始の方が圧倒的に強いと、ハイドは道中に襲ってくる魔物を蹴散らしている最中に感じていた。
ソウジュたちと別れて早2時間は経とうとしている頃。日は既に傾きかけている。
宗教国家という国で宿を取ろうと思ったのだが、入国審査というものが必要らしく――――入国審査と言っても、単なる身体検査である。
裸になって、全身を検査されると言うらしい。ソウジュたちはウィザリィからの遣いの者だと言う証明書を持っていたので華麗にスルーしていたのだが、ただの旅人は当然、検査を受ける事になる。
そこでノラが、大いに拒絶した。シャロンもあまり乗り気ではなさそうな表情をしていたのでハイドはすんなりと諦めたのだが――――そんな事に対しての後悔が、今やってきた。
「ココは最悪だ、今までのどこよりも最悪だ」
なんら変わらぬ平原。だが圧倒的に多い魔物の群が、ハイドたちを襲っていた。
「魔物が多いってレベルじゃねーぞ」
巨大な蚊のような魔物を斬り砕いてハイドは吐き捨てる。ノラは魔物の群から少しばかり離れた位置から射撃。シャロンはというと――――前方で、凄まじい勢いを保ちながら群を殲滅させていた。
斧で一回転。様々な種類の魔物の胴を一刀両断したと思ったら、気がつくと今度は両手に剣を装備していて、それで逃した細かな魔物を狩って行く。
大勢を相手にする戦闘に慣れた戦い方である。ハイドが1体を倒す間に、シャロンは3体分の命は削ぎ取っており、
「キリが無い! 一旦引くよ!」
彼女が叫んで駆け出す。その付近は魔物の死骸しかなかった。だがそれでも、数えられないほどの量というわけでもなく、まばらであるが、魔物は寄ってくる。
ハイドはそれを見てから彼女の意見に頷いて、ノラを手招いてから、共に駆け出した。
――――ハイドたちは見事に魔物の群から逃げ出す事に成功する。
落ち着いた頃、空はすでに夜のとばりを落としている。気がつくと平原は抜けて、辺りは草の豊かな土地に。
道がしっかりと作られていて、その両脇に、一定感覚であるが、街灯が突っ立っていた。
それは街が近いことを指しているのか、はたまた、人通りが多いことを指しているのか。あるいは全く別の、予想もつかないことを示しているのか、一行にはわからなかったが、その灯かりが助けであることには変わりが無いので、ありがたく、道を進んで行った。
昼近くまで船で休んでいたために、先の戦闘以外の疲労はなく、夜の行動も可能となっていたノラは、自慢げに、先ほどの術の解説をし始める。
「魔力というのはですね、2つの種類があるのです。邪悪なモノと、聖なるモノ。そしてそれぞれ精霊、自然の力を利用します」
利用する力には特例があり、純粋な魔力を自分の想像により物質に変換したり、現実ではありえない現象を、自身の想像を具現化する形で出せるものもある。それを扱えるのは、極限られた存在であった。
「基本的に、魔力は邪の力を使いますが、わたしの使ったさっきの魔法は、聖です。人によって使い分けられるというわけではありません」
この聖とか邪とかいうモノは、いわゆる精神的な事である。魔力は精神に深く影響する故に、そう区別される。
「さっきのは、わたしの魔力をそのまま矢に乗せて放出したもので――――」
――――それから少しして、ノラはうつらうつらと、瞼が重そうに、やがて呂律が回らなくなってきて、仕方なくハイドが背に乗せると、間もおかずに、彼女は寝息を立て始めた。
「困った奴だな」
「でも可愛いじゃない」
溜息をつくハイドに、シャロンは微笑んだ。やれやれと肩をすくめて、
「ま、頑張ってる様子はな」
「素直じゃないねぇ」
「というか、次の街はどれくらいで着くんだ?」
「あと2日かな。西と比べて大きいから。その分魔物も魔族も、魔法も人間も国も全てが多い」
そんな事を聞いてハイドはうな垂れた。西と東、全てを制覇してやろうという、ひそかに抱えていた夢がなんだか途轍もなく感じたので。
しかし、わざわざズブレイドから逃げ出したという割には、シャロンはこの大陸に来ることはそうやぶさかではなかった。ハイドにはそう見えて、彼女の謎が深まるような気がした。
人間に一番近い風貌を持つ彼女だが、その実、全ては人間から程遠いようにも見える、寿命から、力から、備わっている素質や、知能の高さ。人間と共存するには勿体無い存在で――――ハイドはそこまで考えて、首を振る。
干渉は好きではないのだ。自分がされるのが好きではないから。
「貴族と金持ちの町か……、やっぱ、超絶美少女のお嬢様とかが『ですわ』口調するのかな。それに使える老紳士がすごく強かったり」
黙り込んでいたと思うと、突然目を輝かして思いを告げるハイドに、要らぬ心配をしたシャロンは困ったように、
「あー……、あんまり期待はしないほうがいいかな」
それだけ返すのが精一杯であった。
――――やがて2日の、何も無い、あるのは戦闘だけの長く感じる歳月は終わり、彼らは巨大な門の前に立っていた。