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第11話『貴族と資産家』

「なんで服がびしょぬれです?」


ノラが純真な眼差しでハイドに尋ねた。空は晴れているが、まだ昼にはなっていない。だが存外に高い気温は素早くハイドの服を乾かしてくれることだろう。


――――まさか、ソウジュに自らケンカを吹っかけて落とされて落ちたなんて事が言えるはずもない。だったら……。


「近くを泳いでた海龍リヴァイアサンをぶっ殺してた」


茶化してごまかせばいいだろう。ハイドはどこかにある大きな国の、世界的に有名な策士並に頭を働かせると、ノラは瞳を輝かせていた。


純真な子供に嘘をついたようで心が痛む思いをする。実際に嘘をついたのだから弁明の余地は明確すぎるくらい無いのだろうが。


「ほ、本当ですかっ!? すごいですっ!」


彼女は言うなり抱きついてこようとする。ハイドは華麗なサイドステップで避けると、ノラの奥に居たソウジュが見えて――――その目は極寒と言うほど冷たいものであった。


「楽しいか?」とでも言いたそうな視線。むしろ言っているのに聞こえない振りをしているだけかもしれない。妙な錯覚がハイドを襲っていた。


――――船着場には予想以上に人が居た。そう多くは無いが、そもそも全くのゼロを予想していたので驚いた。旅行か仕事か、そんな風貌の数人がまばらに居て、待合室に腰掛けているだけであった。


出入り口付近には売店があったが、用事は無いのでスルー。


ハイドたちは特に見栄えの変わらぬ東の大陸を見渡しながら、ある程度の予定を決めることにした。


「――――さっき小耳に挟んだんだけど、本来だったら西から東に来るのに一週間は掛かるらしいさね」


更に、一般に普及しているただの木造船は海の魔物に襲われる確率が――必ずしも高いとは言えないが――ある。そのために遠回りをするので時間が掛かる。


その分、料金は割合良心的なので、どちらかと言うとやはり危険を承知で安いほうを選ぶ人間が多い故に、こんな周りに何もない所にある割高な船より、そちらの方が人気があるのである。


西から東を直線で結んでも、従来の船は少なくとも2日以上はかかるのだが――――乗ってきた船は、魔導力を搭載し、何か特別な施しをしてあるために、速い。


一行は平原の道を歩き出していた。


歩きながら行き先を決める辺り、誰もが無計画なのだろうと、ハイドは自身を棚に上げて思っていた。


「この道の先には何があるんですか?」


この大陸のどこかにある『ズブレイド帝国』から逃げ出してきたシャロンは、この大陸に居たのだから地理的に詳しいだろうと思い質問する。


「宗教国家、ってとこ。関わらないし、寄ったことも無いから噂くらいでしか知らないけど――――色々と世界的に重要な場所らしいわね。『帝国騎士』とか『大賢者』とかの称号授与式典とか開くらしいし」


「ここから何日くらい?」


「数時間と言った所か。この速さで、休憩もしなければの話だが――――俺達はその国に用があってここまで来た。寄っても寄らなくても、そこで解散だ」


ハイドが聞くと、ソウジュが即答する。そうして聞いても居ないことをベラベラと喋り始めたので、ハイドはそこでようやく、ソウジュたちが何のためにこの大陸にまで足を伸ばしたのかと、疑問を浮かべることが出来た。


特に気にならなかったことだが、それ以前に、溶け込みが自然すぎて不思議に思えなかったのだ。下手をすれば、仲間だと思い込んでしまっていただろう。


ハイドは太陽を覆い隠す流れの速い雲を見上げながら、不覚だという思いを馳せさせた。


「そういえば、お前は何のために――――」


「達よ! ”達”! あたしを――――、私を忘れるな粕が」


「あぁ、世界有数の大賢者が死んだという報告と、その代わりに為り得る人物の推薦。そんな仕事を任せられてな」


口調を不器用に変え、更に女の子という自覚が無いように口の悪さを露呈するアオを両者は無視して話を交わす。


――――ソウジュは元より、『竜聖院』の長かつ町の権力者たる大賢者デュラムには恩がある故に、組織に入り、尽くしてきた。なので、彼が殺された今、怨みこそすれ、その仇敵に忠義を誓うことは無いのだが、何故だか成り行きでこんな事になってしまっている。


「働いてる人は大変だな」


「……、なぜかは分からんが、お前に言われるとひどく苛つくんだが」


「カルシウムが足りないからデスよ?」ハッハッハと軽快に笑いながらハイドは精神に毒な痛い視線を無効化する。


それから、派生的に、ハイドはふと思いついた。


旅立ってから随分と時間が経った気がするが、どれ程経って、今何月何日だろうか、と。


それをノラに訪ねると――――。


「そうですね……、もうアレから2ヶ月半くらいは経ったと思います。多分……。レギロスでの修行やウィザリィでの拘束期間が長かったりしたので不確かですが――――因みに今は7月14日です」


驚愕の事実が返って来た。まだ1ヶ月ちょっとくらいだろうと甘く考えていたのだが、時の流れは人よりも残酷らしい。


何よりも――――そんなに旅を続けているのにも関わらず、レギロスでの修行以来、肉体的に強くなったところがあまり無いところが何よりも、本当にショックであった。


だがそれでも以前より強くなっているのは、戦闘の慣れと、経験によるモノである。


状況でも、使用する魔法の威力の程度でも、相手との力差でも、見極める力が大きく成長したのには間違いなく、またソレが評価に値するものであるのだが、ハイドは物理的攻撃力至上主義故に、誉められても認めはしない。


「へ、へぇ……、あ、あっちゅーまですなぁ、シャロンさん」


「そう感じることが出来たのなら、良い経験になったのでしょう? どんな意味でも、ね」


彼女は意地悪そうに返して、また意地悪そうにウインクしてみせる。連動して耳がピクリと跳ねるのを見ながら、ハイドは無理矢理に話を本題に戻した。


「その宗教国家とやらの次は?」


「金の亡者」口を開けたシャロンの言葉を遮るように、アオは冷たく吐き捨てた。「貴族と金持ちの町よ」


何か暗い思い出があるように言ってから、何かを思い出すように俯く。いつも鬱陶しそうにあしらうソウジュはそんな姿のアオを見て、仕方ないと小さく息を吐くと、無言のまま頭を撫でてやっていた。


――――貴族と、金持ち? 


ハイドは頭の中で反芻するが、イマイチ違いが分からない。先天的なモノか、後天的なものかの違いか? そんな風に見るが、ハイドには何故そんなことでわざわざ区別するのか分からなかった。


倭皇国では生まれ落ちた瞬間には既に死ぬまでの社会的地位が決定していると言う。


王に生まれたものは死ぬまで王として生き、武士に生まれたものは死ぬまで主人あるじに忠義を見せる。聖職者は寺や神社を守ることを目的として――――差別されるために生まれてきたものも居ると言う。


そんな類か、なんてハイドは適当に考える。


その考えは概ね正しい。ただ1つ、相違なる点があるとすれば――――それを目で見て、その国の常識であると捉えられるかどうかであった。


認知していても理解していなければ意味がない。この場合の理解とは、知識として脳に刻んである事や、認知の意ではない。


社会的に抗えないことを、たかが旅人風情が変えることは出来ない。同情して1人を救っても、その1人が誰かを思っている場合、”他”も助けなければならないし、もしソレを違う”他”に知られたら、暴動が起こる。


”当たり前”から逸脱するものは排除しなければならない。1人のみの特別扱いは許されないのである。出る杭は打たれるが、杭を1本抜いたからといって、他の杭も全て抜くことは出来ないのである。


また、その”当たり前”に同情してもならない。その国の底辺に同情しても、それが当たり前なのだから相手には侮辱か蔑みにしか聞こえないのだから。


貴族と金持ち。どちらも資産を持つが、地位が高いものだけでは国は構成できない。故に自然と、土台は多く存在し、勿論、その土台が地位の高い者と同じ場所にたつことは出来ない。つまり摂理の如く、天と地の構造が出来上がるのだ。


――――旅をしている以上、そんな極端な国に立ち寄ることは少なからずある。ハイドの場合、今回がそうである。


「んじゃ、取りあえずそこを目指すか。適当に『仕事斡旋所』で金と情報を得て、また考えよう」


アオは過去を見ながらハイドを眺める。


もし彼が、本当に理解しているのならばいいが――――そうでないならば、彼の性格上、問題は避けられないだろう。


そんな国での問題は、余計なお節介から始まり、お人よしが残酷な現実を知ることで終わる。


彼は様々経験をしているからどのように終わるかは分からないが、少なくとも、要らないことはしないで欲しい。然程さほど好意を抱いているわけではなく、だからといって邪険に見ているわけでもないハイドをアオは心配した。


彼を想うと言うよりは、赤子が何でも口に入れてしまうことを危惧するように――――。


気がつくとハイドの服は早くも乾いていて――――時刻は既に、正午を回っていた。

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