7 ――後片付け――
「手を八の字に開きまして……、ハイ、そうして、後は額を床につければ……」
日が上り暑くなりはじめた正午、少しばかり涼しい本殿内では、如月がハイドに手取り足取り教えて、
「……申し訳ございませんでした!」
ハイドは教えてもらうなり、直ぐそこに立つシャロンたちにソレを実行する。正座して、手をつき、額を床にこすりつける土下座を敢行した。
ごつん! と大きな音を立てる。ハイドはそんな音にも負けないくらいの謝罪を声を大にしてみるのだが――――その後頭部に、なにやら意図的な重圧がかかった。
「む……」
「人に迷惑を掛けておいて『口だけ』とはいいご身分だな。貴様、自分がどれほどまで――――」
アオはそこまで言って、隣からノラにタックルで弾き飛ばされた。
悲鳴を上げて、床に叩きつけられるところをソウジュに助けられながら体勢を直していると、ノラはかがみこんで、ハイドに「頭を上げてください」とか「もうそんなことをしなくても大丈夫ですよ」だのの慰めを吐いていた。
「いや、これは一応、ケジメなんだ」
「まぁた、そんな堅っ苦しい事を何処で覚えてきたんだい」
成長したって言って欲しい。ハイドは心から思いながらも口には出せず、そのままの体勢で言葉を返した。
「色々心配と迷惑かけたようだし……何よりも今までの考えを変えていこうかな、なんて思ってたり」
ハイドは気まずそうに顔を上げる。すると、シャロンは意外そうな顔でハイドを見ていた。
「へえ、それじゃあもしかして」
シャロンは手を差し伸べる。ハイドはそれに応じて起き上がり、また立ち上がり、その手を握り返した。
「これからも”仲良く”行きましょう」
――――越えさせない一線に拘っていたハイドであったが、今回の一件でそれがどれ程無意味なことなのかを、身に染みるほど理解できた。
どんなことがあっても、越えることが出来る者は、どれほど拒んでも入ってくるし、また招きよせたい人間でも、相手が拒めば永遠に入ってくることはない。
それはどれほど籠りがちで、独りよがりでいても、その殆どは相手次第である。
ハイドが導き出した答えはつまり――――なるようになれ、であった。
「――――つーか、あのお方は何故調子に乗っておられるのですか?」
改まったように、ハイドはアオに敵意丸出しの視線を投げると、シャロンは「あぁ」と返事と連動して頷いてから、
「折角一緒に居られるようになったのに、君に邪魔されたようで気に食わないんでしょ」
幼子がなつく様に腕に抱きつくノラをそのままに、ハイドは納得した。
幾度かシャロンと言葉を投げあったハイドは、それから、まだ名も知らぬ巫女へと向き直る。
「今回は本当にすみません。壊したところはちゃんと直しますんで」
外に居るよりは少しばかり低く、涼しい気温であったが、天窓や葉っぱの屋根があるというわけではないのに、床には木漏れ日のような紋様が浮かび上がっていた。
ただでさえみすぼらしい神社なのに、そのせいで一気に長年放置されて、貧乏神が住み着いているようにも見えてくるので、口に出してから、ハイドはいたたまれない気持ちになってしまう。
それなのに――――彼女は全てを許容する微笑を浮かべていた。
怒りなど微塵もない、仕方の無かったことだから、と言うような笑顔で、
「どうかお気になさらず。今回のことは、貴方様がどれ程お強くともどうにもならなかったことですので――――あ、で、でも……ぁ、あのぅ、……」
彼女は言ってから、その台詞が屋根を直さなくとも良いという意味を含めてしまった事に気づいた。確かにそうは思っているが、彼女がどれほど力を持っていても、これほどの破損を1人で直すことは骨の折れることであった。
ハイドは突然歯切れの悪くなる如月の口調でソレを察して、初めて現実世界で彼女に向けた笑顔を再度見せて彼女の心を落ち着かせようと試みる。
「すみません。でも、壊したところはしっかり直していくんでご心配なく」
「わたしも手伝いますっ」
「な、なんだか申し訳ございません。催促したみたいで――――道具や材料は、一応豊富に蓄えてあります。裏の小屋に置いてあるので、ご自由にどうぞ」
彼女は何気なく促して――――また、それが失礼なことだと気づいた。さっさと直してくれと、真に催促していたので。
如月は頬を紅潮させながら幾度も頭を下げていたが、ハイドは無論、今すぐにでもやりたかったので、すぐさま、移動を開始した。
「シャロンさんに――――おいソウジュ、手伝ってくれ」
アオに取り付かれて鬱陶しそうに相手をしていたソウジュが声を掛けられて、「何故俺が」という表情をするが、ハイドがアオに視線を移して意図を知らせると、「なるほど」と1つ頷いた。
「仕方ない。駄賃は出るんだろうな」
「あ、お兄ちゃん! 私も手伝って――――」
「お前は巫女の相手をしていろ」
――――そんなことがなんだかんだと続いて、4人はそれぞれの分担に別れた。
屋根の板と瓦の張替えに男手をフル活用。壁の修復はシャロンとノラで取り掛かることとなった。
「――――いってぇ!」
ハイドは板に、釘の代わりに自身の指を打ち付けて叫んだ。
一方でソウジュは、まるで本業のようにスラスラと釘を打ちつけ、板と釘のストックを無くしていた。
「お前はとことん間抜けだな」作業に集中しながら吐き捨てるようにソウジュが言うと、ハイドはムキになって慣れない作業の速度を速める。
「痛いッ!」だが、それはトンカチで指を叩く速度が上がっただけであった。
「良く見ろ! というか、なんだ……、お前」
いい加減耳障りな叫び声が頭に来たのか、あるいは消耗品の補充のためか、ソウジュは立ち上がり、振り返ってハイドを見ると――――彼は仇を討つように大きく、トンカチを振り上げていた。
「お前……」哀れむような視線が飛来する。ハイドそれを腕でガードした。
「な、なんだよ」
「ったく」
面倒だと嘆くように頭を振って、ソウジュは仕方なく、ハイドに慇懃な態度である程度の作業を教え始めた。
――――中途半端に壊れた板を剥がし、新たな板を張り替える。本来ならば全て張り替えるべきであったのだが、4日という短い期間なので、とりあえず間に合わせの作業である。
だがそれだけでも数十年と持つことは変わりないので、恐らく次回板を変えるのは、建て替えの時であろう。
お昼に始めた作業は順調に進み、彼らの身体能力と強靭さも加わってさらに早く、本来の倍ほどのスピードで作業工程が終了。
残されたものは、瓦の張替えのみである。この速さは、本殿が小さいおかげであるおかげでもあるのだが――――決して誰も、その事を口に出しはしなかった。
――――ただ張り替えるといっても、長い板を屋根まで運ぶのは一苦労である。縄で引っ張り上げる事を考えたが、一度ハイドが盛大に壁を打ち破った上、そもそも下で板をくくりつける役回りが居ないので断念。
結局、ある程度の枚数を持って屋根へ自力で飛び上がる事を妥協案として実行されていた。
壁の修復のほうは、予定通りであり、それほど被害が少なかったこともあってか、既に終了している。
「本当にありがとうございます、助かりました。やはり私だけだとどうにも力が足りなくていけません」
夕日が巫女を逆光の中に置き去りにした。如月はハイドたちに頭を下げて礼を言うと、ハイドたちは眩しそうに彼女の姿を捉えながら、
「まぁ、自分で散らかしたモンだから」
――――彼女がなぜ1人でここを守っているのか、そして、あの精神内での強さはこの現実でもその通りなのか。気になっていたが、ハイドは疲れが先行したようで特に追求しようとはしなかった。
「それじゃ、また明日」
「よろしくお願いします。皆様、お疲れ様でした」
西の空はやがて暗く、そうして再び、だが今度は平穏な夜が訪れようとしていた。