1 ――魔物群衆《しめんそか》――
「活火山ッ!」
ハイドが叫ぶと、その身体の周りに何十もの火炎弾が虚空から出現し、間も無く周りにいる魔物へと発射された。
四方八方に散った火炎弾はそれぞれ魔物を捕らえてその腹に着弾。衝撃を与え、少し間を空けて、爆発。
腹に当たったものは風穴を開ける致命傷、顔に直撃したものは頭を吹き飛ばし、腕に当たったものは根元から弾き消されていた。
一瞬にして大量の血が蒸発し、それから肉の焼ける悪臭。断末魔を上げながら死に行く魔物が弾き飛ばされた火炎弾の数と同等にいたのだが――――。
「ったく、何だよこの数は!」
それを上回る魔物の軍団が、ハイドたちを囲むように迫ってきていた。
「逃げたほうが得策かと。このまま日が暮れ、夜になったら状況は悪化すると思われます」
「だがな、そうは言うが、このまま進んでも退いても、街までは1日かかるんだ」
聖なる光に包まれた少女は、遠目から見ると発光しているように見える。それはハイドがかけた、魔物から身を守る魔法であった。
術者より弱い物理的、魔法的攻撃を受け付けなくする防御魔法。術名は『聖衣装』。
ハイドは剣を鞘に収めたまま、魔法を駆使して敵を退け続けていた。だが、先ほどの『活火山』を放ってから、魔物は警戒し始め、こう着状態が始まっている。
「ハイドさん的には、この状況はどうなんですか?」
「なんてことは無い雑魚の集まりだが、魔法使えば疲れるし、戦闘中だからストレスも溜まり疲弊する。だから雑魚だって侮ってると痛い目にあうから、早い所抜け出したい」
「なら、魔法で次の街にいっちゃえば良いのでは?」
「残念だな。確かにそんな移動魔法はあるが、それは訪れたことのある街にしか適応されない。生憎、俺はロンハイドから他へ行った事がないんでな」
「世間知らずなんですね。わたしは行った事ありますよ。ハクシジーキル。その代わりに移動魔法が使えませんけど」
ハイドは右の手を天へと掲げ、その上に、大きな火の弾を作り出し始めた。
「お前、何もしてないよなぁ」
「何を言っているんですか、わたしはこうして、貴方の背後に立って身を挺して守っているではないですか」
轟と唸り、炎は更に大きくなっていく。やがてその弾が直径3メートルほどの大火球になったところで、その大きさは維持され、以降の変化は無くなる。
「ちょっと一気に片付けてみようかな、と」
火球が一部分から太陽の紅炎のようなものを突出させようとすると――――。
「待て」
声が掛かった。魔物の群の中から。
ハイドの正面、魔物を掻き分けて現れる人型のソレ。背には黒い翼を広げ、一見悪魔のようなソイツは、
「……魔族か」
「貴様は何者だ?」
「言う必要は無いと思うがね。それと、名乗るなら普通自分からだろ?」
「……我が名はカクメイ。偶々通りかかったら何やら騒がしいのでな」
「革命? 暴動起すぞこの野郎」
ハイドはそういいながらも頭上の大火球を消し、手を下げ、
「俺はハイド。そしてコイツが」
「ノラです。わたし達はしがない旅人で、今は凶暴な魔物たちに困っているのです」
「……なるほど」
呟くように言って、カクメイは何やら思惟するように顎に手をやった。
「……今の内に逃げないんですか?」
「背を向けたら殺されそうな気がする」
「ハイドさんなら大丈夫ですよ」
「そうか、自分を犠牲にしてまで俺を生かしてくれるなんて嬉しいよ」
「ええっ」と声を上げるノラを見て、ハイドはくつくつと笑い出す。
辺りの状況は何も変わらないというのに、そんな気楽に過ごす二人を見てカクメイは溜息をついて、
「強さから来る余裕か、それとも単なる阿呆なのか……否、両方か」
改めて辺りを見渡す。他の魔物の群は多く見ても50。確かに人間相手にコレでは骨が折れるなと納得して、
「おい、ハイドと言ったな。お前を逃がしてやってもいいぞ。だが1つ、条件がある」
カクメイはそう言って、口の端を僅かに吊り上げた。
怪しすぎる雰囲気を纏い現れた魔族、カクメイ。そんな存在から視線を外せずにいたハイドは、額から脂汗を滲み出していた。




