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6 ――魔人が生まれた日――

「わざわざ服までありがとうございます」


「何、そのくらいサービスよ。それより、風邪の方はもう大丈夫なのか?」


「ええ、おかげさまで」


船で日が昇り始める頃まで休憩を取ったハイドは、さらに紺色のブレザーとズボンの上下セットを貰って着込んでいた。


適度な気温に、潮の風が身体を通り抜けて、ハイドは神社へと向かう。


――――船の修理は、予定通りに進んでいて、今日を含めてあと4日はかかるという。長いようにも短いようにも感じたが、ハイドはそれよりも緊張のせいで湧き上がる、腹の底からの痛みを指先にまで伝えていた。


昨夜は空に飛び上がって、瞬間移動で船まで移動した。それ故にうろ覚えである道を、ハイドは恐る恐る歩いていく。


武器が無いことに気がついたが、魔族に変身すれば関係なくなるだろうと考えて1人納得した。





石段を上りきると、そこには見慣れた4人の姿が。


「随分とお早いお着きで」


朝焼けが終わる頃の時刻であったが、早くもシャロンたちはその場に居た。否、早いということではなく、昨夜から動いていないのだ。


その奥、本殿の前で立ち尽くす如月は、何かを思うような表情でそれらを眺めていたが、やがてハイドに気づくとはっとしたような表情で、両手を胸に当てて祈るような仕草を取る。


「み、皆がアンタを信じるって聞かないからよ。あ、あたしは別に、アンタを待ってたわけじゃ……」


「あーはいはい、そうですかそうですか」


アオの返答を聞き流しながら、一列に並ぶ彼女等に視線を泳がせた。


そうして、その真ん中に立つシャロンへと、妥協案を述べて見せた。


「今までどおり、仲良く行きたいと思う。まぁ、昨夜のことで色々と反省したし、俺も意固地になってたところがあった」


両手を広げて、『あんなことはもう二度といわないよ』という風に聞かせると、シャロンの引き締まった顔が僅かにほころびたように見えて、


「だが、後一押し足りないんだよなぁ。そこで――――誰か1人、俺と全力で戦って、俺を打ち負かしてくれ。そうすればすっきりする。最も、コレは俺の自己満足に過ぎないんだがな。嫌なら、まぁ別に受けなくてもいい」


だからと言って、俺がまた離脱するというわけでもないんだけどな。そう付け足すと、それぞれが顔を見合わせて、またそれぞれが武器を手に取った。


「遠慮なく、という事なら俺が行こう。そろそろ休戦協定を解いてもいい頃だ」


「いいや、ここは私だね。年功序列って言葉を知らないのかい?」


「わ、わたしですっ! 一番付き合いが長いわたしが戦いますっ!」


アオは黙ったままだったが、誰も譲ろうとはしない。


やがて静かな白熱を見せる討論会であったが、それはそう時間が掛かることなく、たったの一言で終結を迎えることとなる。


「だったら、全員でかかって来てもいいんだぜ? お前等程度だったら、相手できるかもしれないからな」


なんて、冗談に言った一言だったのだが、そんな台詞が、彼女等を一斉に行動させた。


シャロンは右方向に跳び、ソウジュは参道の奥に、ノラは左奥の林の方へ。そんな戦闘隊形バトルフォーメーションをとる中で、完全に出遅れたアオが、ハイドとのご対面を叶えていた。


「……いつから冗談が通じない連中になったんだよ」


「あ、あたしが」彼女はそこまで言ってから、咳払いをすると、「私が知るわけ無いだろう阿呆が。皆が手を下すまでも無い。私が貴様をこの場で、この瞬間に葬ろう。あっけなくな」


「あっはっは。面白い冗談だ」


ハイドは言いながら駆け出す。アオがぎょっと意表を突かれて僅かに後ろに引いたところを見て、彼女の目の前で地面を蹴ると、ハイドは垂直に跳び上がった。


「しかし俺はとんだ人気者だな」


宙を跳びながら呟くと、下から迫ってくる何かが見えた。それは鋭い真空の刃で――――ハイドはソレに気づいた瞬間、無意識の内に魔法を紡ぎだしていた。


風刃カッターッ!」


眼前の風が収縮して迫る斬撃と同じような形を取る。それは確かな真空の刃となって迫る攻撃へとはじき出されると、すぐそこにまで接近していたソレとぶつかり合って、見事に相殺された。


それ以上の追撃は無く、ハイドはそのまま参道に着地できたのだが――――間も置かずに、間合いの広い白刃はハイドに襲い掛かった。


まっすぐ上から振り下ろされる刀を、横に転がる回避行動で避ける。息をつく暇も無く即座に立ち上がり、ハイドは魔法を紡ぎながら駆け出した。


ソウジュは様子を伺うように目でハイドを追う。ハイドはその瞬間にも何かが風を切って迫る音を聞いていて、次の瞬間には、ハイドの鼻先を掠めるやじり無き矢が飛来した。


ノラの、予想外過ぎる容赦の無さに驚きながらも、ハイドは足に肉体強化の魔法を集中させて、また飛び上がった。


素早く、目にも留まらぬ速さで本殿の屋根へと飛び上がったはずなのだが、その最中に、1つの影がハイドに襲い掛かる。


身の丈よりも遥かに長い得物がハイドの腹を強打する。屋根へと上る勢いが完全に殺された頃、次いで横腹を薙ぐように放たれた攻撃は綺麗に直撃して、ハイドは石畳に墜落して、痛ましい音を立てた。


シャロンはハイドに代わって屋根へと上ると、その姿を見下ろしては1つ溜息をついてみせる。


「私たち程度の相手なら……、なんだっけ」


見下す視線と冷たい声が重なるとき、侮辱されたハイドの心は恐ろしいまでに震え上がって、


「余裕だって、言ってんだよ!」


その身体は瞬く間に魔族の色に染め上げられていった。


肉体は常と変わらぬ肉付きであったが、その瞳は紅く輝き、爪は全てを切り裂くほど鋭く尖る。逆立つ髪は針山の如くであって――――ハイドは立ち上がって、おぞましく感じる、邪悪な魔力を辺りに放出する。


そんな姿を見て、シャロンはポツリと漏らした。


「あらら……、単細胞バカまで感染うつったのかしら」


「それは元々だろう」


隣にやってくるシャロンにそう返すと、「確かに」と笑って、またシャロンはハイドに槍の切っ先を向けた。


本殿の屋根を見ていたハイドはシャロンを追うように振り返ると、


「喰らえ! 俺の全力……解放式パノラマ――――」


全身がバチバチと、プラズマを纏うように電気を迸らせ始めるが――――その電撃は、逆にハイドの身体を蝕んだ。


――――勇者にのみ許された裁きの稲妻は、彼の魔性である身体をその本来の目的にのっとって裁き始めたのだ。


辺りに作られた電撃の槍が、一斉にハイドを貫いて、また天と地に現れた魔方陣は、凄まじい稲妻を放出してハイド浄化させていく。


流石に魔族化ハイドでも、死んでしまうと思われるほどの威力で――――それを助けようと、不意に本殿から護符が飛来した。


聖なる護符はあっという間に距離を詰め、電撃を通過する。聖なるもの同士には干渉しあわないソレは、ハイドの背に直撃すると――――足元に展開される魔方陣から、ハイドは僅かに前に出た。


シャロンはそこを逃さず、槍の柄を彼の背に打ち付けて上半身を魔方陣の外に出す。ソウジュは続いて横に回ると、長い刀身の峰で腰を打つ。鋼鉄のような感触に腕を痺らせながらも、だがコレならさらに力を込めても大丈夫だと――――フルスイングした。


強い衝撃に、重なる力に、ハイドは勢い良く外へと弾き出された。


そうしてなんとか救出されたハイドであったが、彼は宙を舞っていた。そうしてまた、先ほどと同じように地面に叩きつけられると、今度は動く余地が無いように、首筋に切っ先を突きつけられる。


「コレで満足か? 阿呆アホめ」


何故だかいい気になるアオに少しばかりの殺気を抱いたが、それは明らか過ぎるほどの完敗であった。


「さっきのはナシだとか、言ってくれないわよね?」


ハイドの前にしゃがみこむと、どこか不安げに、だがその高圧さを保ってシャロンが聞いた。


「まさか」ハイドがいつものように微笑んで、「まだ終わってませんからね」


首筋に突きつけられる刃に、自分から首を押し付ける。その硬質な皮膚は刃を押し返して――――ハイドは立ち上がる。ソウジュを振り払って、また後ろに飛んで、距離を取って、徒手空拳の構えをとって見せた。


「魔族に取り込まれた人間は魔族のままだが、人間に取り込まれた魔族で――――魔族の力を有する人間は? 果たして人間なのか。肯定、人間である。俺がその始祖たる存在で、名は『魔人』。その至高たる力を存分に」


高名な僧侶が怪しげな悟りを開いたように語り始めるハイドの後頭部に、何かが直撃する。それはノラの矢であったが――――それがぶつかった瞬間、ハイドは凄まじい衝撃を受けて、大きく前方に弾き飛ばされた。


それを見て、シャロンが華麗に避けてみせる。ゆっくりと前宙しながら凄まじい速度で吹き飛ばされるハイドは――――やがて石段の下に姿を消した。


「これで終わりですか?」ノラは護符ばかりが貼り付けられた矢を拾って尋ねる。


シャロンはそれに対して頷くと、彼女はほっとしたように胸を撫で下ろした。


それらを一通り眺めてから、石段の下で仰向けに伸びるハイドを見下ろして、ソウジュはぽつりと呟いた。


「後世には語り継げない始祖サマだな」

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