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3 ――深層下での出来事と――

『私の名前はショウメイ。メイってよんでも構わないわよん』


夜空の果てよりも暗く、海の底よりも静かな場所で、可愛らしく彼女は名乗って見せた。


ハイドはやれやれと息をついて、


『聞いてないけど……、俺はハイド。ハイド=』


『ジャンよね。知ってるわよ、それくらいは』


何故だか自分の名前すら口にされて、ハイドはうろたえた。何故知っているのか。初対面だし、コイツと昔あったことがあるなんてことは――――いや、あったとしても、姿を変えているから分かるはずが無い。


だったら、何故? 母国を出てから旅してそれなりに活躍してるからか? でも活躍したのなんて、レギロスでドラゴン退治しただけで、ハクシジーキルでの魔族退治やウィザリィでの革命加担なんてのは無名そのものだ。


魔族テンメイとかかわりがあるのは確かだが、奴が言いふらす様にも見えない。


なら、なんで――――。 


『坊やは、敵国家のトップの名前くらいはわかるでしょう? もし無かったとしても、自分の目指す一番最初の敵として覚えようとするよね?』


つまり、ハイドは勇者で、魔族という絶対的な邪悪と立ち向かう存在故に、彼ら、彼女等に少なからずとも名前は知られていると彼女は言う。


そういえば――――テンメイも、名乗ったら直ぐに勇者なのか? という質問が来たななんて思い出した。


『こんな、ただの繋ぎのための勇者でも?』


『そうよ。だって勇者には変わり無いじゃない』


なんでも無い様に言ってのけるショウメイ。


敵であり、さらに身体を蝕む彼女の言葉に、何故だか今までの心のわだかまりが解消された気がする。たったそれだけの、何気ない一言に。


――――仲間さえも入れない自分の内側への一線をいとも簡単に入り込んできた彼女に、ハイドは不思議と、心を許し始めていた。


否、ハイドの仲間は、"仲間だから"最も大切な内の1人や、親しい仲には入れられないのかもしれない。


敵であれば、完全にその関係になることがない。テンメイとてそれに変わりはなく、ただ他より少しばかり特別な――――好敵手ライバルとしてみている。


だが仲間は確かに、そんな存在には為り得るが、憎悪や怒りなどは孕まない。どんなことがあっても身内なのだ。そして――――それを失った際の悲しみは冷酷である。


ハイドは一度それを味わっているために、仲間を作っても決して致命的なまでに親しくはならない。


たとえソレが、相手も自分も互いに好き同士であろうとも。


『そりゃどうも』


脳裏に過ぎる全てが相手に伝わっている。それを分かっていても、ハイドはわざとらしくそう返した。


『それじゃハイド、君が考えてることは十中八九成功する。安心して望みなさい』


ハイドが考えていることは――――彼女が身体を乗っ取る際、僅かに生じるであろう隙を狙う寸法。ショウメイは漏れ出る思考を捉えて、言っていた。


たとえソレが真逆だとしても、ハイドには関係ない。だがハイドは何故だか、彼女を真っ直ぐに信じていた。


『でもそうするとアンタは、消えるんじゃ……』


『そこまではわからないわねぇ。なにせ、精神下でこれほど余裕があるのは坊やが始めてだから』


言ってから、彼女はクスクスと笑って、


『勇者だからねぇ。坊やが死ぬことはないけど――――もし普通に人間に生まれてきて、普通に坊やと出会えてたら……』


言い淀む台詞。それに痺れを切らしたように、ハイドは冷たく言い放った。


『ありがちな台詞だな、反吐が出る。仮にアンタが人間に生まれて、言うとおりに普通に出会ったとしても、俺はアンタには惹かれない』


そう、彼女が人間なら不要な存在だ。その普通の出会いが、逆にハイドとの位置を遠ざけてしまうだろう。仮に力を持っていたとしても、仲間という状況がハイドとの距離が開く原因となる。


だから、とハイドは続けた。『アンタはアンタのままでいいんだ。仮に俺が復活しても、消えても、共存ルートでも、なんでもな』


そんな言葉に、彼女はフッと笑った。


『もう少し気の利いた言い回ししなくちゃ、モテないわよ?』


『俺は同姓愛者じゃあないが――――本望だ』


既に勇者が不必要と捨てられる時代。ハイドは身近に特別な異性を置くつもりはないし、仮に勇者の血が途絶えて後世が困っても関係ないと、自身の血をココで止まらせるつもりであった。


どちらにしろ――――仮にハイドが意識を取り戻しても、魔族の身体のままか、何割か魔族の部分が残っている状況だろう。


意識を取り戻して、内側か、外側か、何らかの手段で全てを吐き出して全てが元に戻るなんて甘いことは考えては居ない。


『でも、よかったわねぇ? これでもっと強くなれるわよ。勇者と魔族、相対するべき存在が一緒になったら、相乗効果でどれ程の事になるか……』


どちらにしろ母国に帰れないことは確定しているし、見た目が魔族ならば町にも入れない。いっその事、魔界にでも移住しようか? なんて考えてみるが、どうにも虚しかった。





夜になる。ソウジュは少しばかり暑い夜に空を見上げて呼吸を整えていた。


人種故に、使わないが魔力は腐るほどある。今日は久しぶりにソレを全て放出したのだ。疲労で意識を失ってもおかしくは無いのだが、一息つけばまた行動できる辺り、ソウジュの強さが容易に伺える。


「しかし、本当にそんなことが出来るのか?」


如月が小屋から出てきて湯飲みを渡すので、ソレを受け取りながら聞くと、彼女は不安げに頷いた。


「出来る、ハズです。術者、対象者共に副作用が起こるかもしれないというリスクがありますが……それは私の力次第。信じてください」


額から流れる汗は月に光、彼女をいつもより大人っぽく見せていた。その色気は絶大なモノで、ソウジュは思わず注意する。


「……人前では無防備にならん方がいい。それと――――実行するのはいつ頃になる?」


「えっ?」驚いたように目を張って、それから恥ずかしそうに乱れた髪を整えた。「あ、はい。今夜から準備に取り掛かって1日必要になるので、明日の夜頃ですね。結果は2日後です。それまではゆっくりと身体をお休め下さい。今日はありがとうございました」


深く頭を下げると、汗の香りが漂う。不思議と爽やかな香りがして、ソウジュは湯飲みの中のお茶を飲み干した。鼻から抜ける緑茶の香りは心を程よく癒してくれて、そうして息をついた。


それから湯飲みをつき返して、


「それじゃ、そう気負わずに頑張ってくれ」


ソウジュは、そんな台詞に似合わないような、心許ないゆらゆらとした足取りでその場を後にした。


階段を踏み外さないか心配しながらソレを見送って、如月は自分のお茶を一口含んで、


「……良いお仲間に恵まれているお方ですね」


ハイドが眠る本殿へ視線を投げた。


その身体は既に4割が魔族に飲み込まれているとは知らずに――――。

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