2 ――黄金の国『倭皇国』――
「というか、俺がここまでしてやる恩は無いんだが」
神社から数分歩いたところにある町。それなりの活気を持つ通りを歩いて宿屋へ。
そこを手配し終えた後、それぞれの部屋の鍵を渡してからソウジュがそう漏らした。
「私はあの状況から2人を連れ出して脱出できる自信と力があった。でもしなかったのは君たちを助けるため。言っている意味はわかるかしら?」
つまり、海龍を身体をはって追い返したのが恩だと彼女は暗に、否思い切り言っている。
ソウジュは暫く言い返そうと考えるが、どうにもシャロンを困らせることが出来るような返答が出来ずに、「分かったよ」と肩をすくめて返答し、そのまま自分に割り振られた部屋へと進んでいった。
「それじゃ私も失礼します――――まってよお兄ちゃん!」
上品に頭を下げた後、そそくさと階段を上って去って行ったソウジュを追うアオを見て、ほほえましいなと見送る。だがノラは、そんな2人を自分とハイドに重ね合わせて、悲しさを紛らわすような笑顔を見せていた。
眉間に皺がよる微笑み。ソレを見てシャロンは、優しく頭を撫でてあげる。
ノラの心境は良く分かる。319年の人生は伊達ではない。
その行為に下唇を噛み、必死に湧き出る涙を我慢するが、それも抑えきれずにシャロンに抱きついて、殺した泣き声を上げた。
――――母国から一緒にやってきた大切な存在。何度も1人での行動を余儀なくされた時もあったが、ハイドは結局戻ってきた。酷い傷を負いながらも必ずノラ達には笑顔を見せていた。どんな不利な状況でも弱さを見せなかったハイドが、あれほどまで弱っていた。
その姿が、彼の苦しさがどれ程まで絶大であるかをノラに伝えると同時に、苦しみ、痛みなどを関係なしと乗り越えてきた背景を、今まで見ることが出来ずそれを支えられなかった自分が酷く滑稽に見えたのだ。
自力で起きる事が出来ないほど苦しい状況には既に、自分に出来ることなど何一つ無い。今まで自分に出来ることがあったときは無下にしていたのに。
それをそ知らぬ振りしてハイドに自身が好意を抱いているのだと必死に伝えようと――――。
考えて、また悲しみがこみ上げた。
「わたし……、わたしは……」
胸を濡らすノラを優しく抱きしめる。そんなシャロンはさながら母親のような穏やかさを持っていた。
「大丈夫よ。彼はいつでも帰ってきたでしょう?」
言い聞かせるように言うと、ノラは胸の中で強く頷いた。シャロンは続けて、
「それじゃあ、信じて待ってあげましょう? それで明日、元気になったハイドに会えばいいわ」
少しの間を置く。恐らく、本当に明日には治っているのか。そこを心配しているのだろう。
そうしてから、ノラは顔を離す。涙でくしゃくしゃになった顔でシャロンを見上げて、
「わかりました、わたし……まってます。ずっと……」
「いい子ね」
ノラはポケットからハンカチを出して涙を拭う。それから、シャロンと共に階段を上って部屋に向かおうとすると――――ソウジュが慌しく降りてきた。
それからシャロンたちを見るなり、
「少し出かけてくる」
ぶっきらぼうに伝えて、宿屋の扉を突き破る勢いで外へと出て行った。
「どうしたのでしょうか……」
「催したのよ。きっと」
それがどんな感情なのか、上手く隠せていなかった刀を思い出して、シャロンは大よその検討をつけていた。
「どんな状況だ……」
ソウジュは慌てて神社に向かい、たどり着くと、本殿は半壊してあった。
まだ1時間ほどしか経過していないというのにこの有様。巫女の言葉は嘘でも間違いでもないと言う事が、嫌でも理解できた。
「わざわざ申し訳ございません。……お連れの方はご一緒では……?」
「話がややこしくなりそうだから置いてきた。それで、奴はどこに」
「本殿の中に寝かして居ります。邪悪な魔力を持つものには通過できない障壁を張ってありますし、仮にまた起きたとしても、時間は稼げるかと」
ソウジュはソレを聞いて、やれやれと溜息をついた。そうしてこの溜息のつき方はハイドに似てるなと思って、また息を吐く。
それからソウジュは、巫女が呼び出した本題へと話題を切り替えた。
「――――と、言うのが、奴が熱を出すまでの過程だ」
シャロンから聞いた、魔族との戦闘を聞かせる。既に殺されていた女魔族と、異常なまでの威圧を辺りに放ち続ける魔族について。
巫女は一通り理解して、さらに頭の中で必要事項だけを咀嚼する。
「……感染、という線を疑っていますが――――どうやらその通りのようです」
巫女は長い髪を翻しながら本殿へと振り返る。それからまたソウジュへと向き直って、
「倭皇国の方、ですよね」彼の銀髪を見て、何を思ってかそう口にした。
「何故そう思う?」
ソウジュが聞くと、巫女は悪戯に微笑んで、
「いえ、刀と口調と顔立ちで判断しただけです」
なるほど、ソウジュは頷いて、
「それと、貴方、『獣人』の方ですよね?」
そうして驚いたように彼女を見つめた。
「だって、その銀髪は獣人の、感情の高ぶりによる獣への変身を抑えるために、わざと弱点である『銀』を身体に取り入れるという話がよくありますから」
人間離れした力は、獣人が持つ本来の力。努力は人並みにしたが、その結果は素質によって跳ね上がったもの。
完全な獣人になれば、本気を出したシャロンにも勝ることだろう。
「随分といい眼をしているんだな」
参ったという風に頭をかくと、彼女は恐縮ですと頭を下げた。
「お前が望む東洋魔術は持っている。しかし俺は客だ。わざわざ俺が力を貸すくらいなら、他を当たるが……?」
「自分で言うのは少し気が引けますが、私ほどの力を持つ人間は近くには居ないでしょう。居たら、貴方は真っ先に言っているでしょうし……、時間がないのでしょう? お願いします、失礼で不躾なことは重々に承知の上です」
神職の人間が脅すように言い聞かせる。そこまでのことなのだ、ソウジュは理解する。そして――――一体誰になら、口で勝てるのだろうかと疑問に思った。
「わかった。それで、俺は何をすればいい?」
何故俺がここまで、奴の面倒を見てやら無ければならないんだ。不満を心の内にぶちまけながらソウジュは巫女に聞いた。
「では私に付いてきてください……えっと、……」
呼び名が分からなく困ったように目を伏せる。恐らく、既に名乗られたものとして考えているのだろう。
だからソウジュは、面倒そうに名乗って見せた。
「双樹だ。諏訪双樹」
「私は如月真宵です。それでは、こちらへ」
そうして双樹は、本殿の隣にひっそりと存在する小屋へと誘われていった。