第10話『東洋と勇者と超展開』
時刻は朝。昨日と同じような天気を見せる空の下、ハイドたちが乗っていた船は目的地に着くことなく、近くの島国に着船した。
海龍の水流カッターによる損害が大きく、船への浸水状況が酷い。修復の為に一旦上陸したわけなのだが……。
「ハイドさん……」
ソウジュに背負われ、苦しそうな呼吸を繰り返すハイドを見て、ノラは心配そうに声を掛ける。そっと、その背中を撫でてみるが、反応はなく、逆にその体温の高さに驚かされるばかりであった。
――――荒野や草原、森などが多く在る大陸とは違い、そこは自然が程よく潤っている場所。
海岸を進むと、木が生い茂る林へ。その中でもしっかりと道は作られていて、そこを進むとやがて村に出た。
「ただの風邪なら、ここまで酷くは……ならないわね」
シャロンは釈然としない海龍の登場に加え、用もない島で足止め、さらにハイドの発病などの問題に少しばかり頭を痛めている。
海龍は、この『黄金の国』とまで呼ばれている国が初めて発見したとされている。それ故にこの付近での出現は多いのだが――――海龍が現れるのは、血の匂いに誘われるからなのだ。
そんな習性があるために、死体を海に流すところに出てきて、神が捌きを下すように、死体を流したものを食い殺す。それ故に、この国では神格化されているのだが――――船員は誰も怪我をしていなかったし、血を流すようなことは無かった。
まさか魚類の血に反応したとも思えない。ただ偶然現れたとも考えられるが、攻撃も仕掛けていないのにあの興奮状態は、血に誘われた証拠。
「……神社なら、治療できる人が居るだろう」
考え事をしている内に、ソウジュが口を開いた。シャロンとアオがそれに頷くが、ノラは『神社』というものが分からないらしく、首を傾げていた。
「じん、じゃ……、とはなんでしょう」
「カミサマを祀ってる所よ。そこに居る神主サマとか巫女さんとかがいわゆる聖職者なのよ」
「そ、そこでならハイドさんを治せるんですね!」
この国では、診療所がない小さな村だと、近くの神社や寺に、その仕事を全て任せている。元々、神職につくものは魔術などに長けているためであった。
嬉しそうで、直ぐ行きましょう、早く急ぎましょうなどと騒ぐノラにせかされるままに、一行は前を進む。しかし、シャロンは数度訪れたことがあるこの国であったが、久しぶりにきて『神社はココにある』なんて分かるはずがない。
不安が心を支配し始めているので、先頭を切るソウジュに聞いてみた。
「神社が何処にあるか、わかるのかい」
村をスルーして更に道を進む。やがて二股に分かれる道を、左に曲がったところで問うと、
「ああ、一応地元民だから。最もこの辺は数えるほどしか来たことがないがな」
「わたしもそうなんですよ~」とアオ。そうして彼女は前方を指差した。
「あの林の中に丘があって、その上に神社があるんでしゅ」
「落ち着いて喋れ」
指を指した林の前に、朱色の鳥居が大きく構えていた。ノラがそれに対して警戒しているが、他は皆なんでもないように進んでいくので、ノラも仕方なく、ビクビクとおっかなびっくりといった風についていく。
太陽光が、屋根のように覆いかぶさる木々の葉に、様々な模様で映し出される。ある種の幻想的な風景。だがシャロンたちはそれを楽しむ暇もなく、その先にある横幅の広い石段を昇って上を目指す。
――――昇りきると、そこにはどんと構える本殿が想像を超える小ささを誇っていた。
民家を一回り小さくしたような、お金持ちが持つ大きな蔵の中に入りそうな外観。灰色の瓦屋根は古ぼけたようにくすんでいて、塗られる朱色も色が落ち始めていた。
参道は短く、手水舎の水は枯れている。
本当にここでよいのだろうかという不安さが心を包みこむ中、参道に箒をかけていた巫女服姿の少女がこちらに気がつき、落ち着いた動作で会釈をして歩み寄ってきた。
「今日はどんな御用でしょうか」
箒を胸に押さえて、優しい微笑をする巫女は、その微笑だけで数多の男子を虜にすることが出来そうなほど可憐であった。癒しと美麗を兼ね備えたような彼女に、ソウジュは事務的にハイドの体調を伝え、
「どうにかなりそうか?」
「毒でしたら、私の専門です。しかし、進行によって治療が長引きますが……」
「さ、最低で何日でしょうかっ?」
「このお方の様子を見る限りでしたら、少なくとも丸1日ですね」
「一週間で治るかしら」
「一週間なら、はい。恐らくは」
「なら、頼んだ」
巫女は真剣な眼差しで頷くと、ハイドを治療する住居へと案内する。
そこは拝殿の中、神が祀られている部屋であった。巫女は慌しく布団を用意し、そこにハイドを寝かせると、
「何か用事がありましたら、これに強く念じてください」
懐から、短冊のような白い半紙を取り出す。そこには雑な人形が書いており、その腹の部分に、大きく五芒星が描いてあった。
「俺たちはここから近い、北の町の宿屋で待機している」ソウジュは紙を受けとって、無愛想にそれだけ告げるとその場を後にした。
「それではお願いしますっ」
ノラが深く頭を下げる。シャロン、アオも適当に頭を下げて、ソウジュの後を追って行った――――。
「酷い熱……、それに脈の速さも尋常では……」
長い旅であったのだろう。これほどにまで放置されるのだから、医療施設が無い場所を通ってきたのか、利用する余地が無かったのか。
巫女は考えて首を振る。詮索なんておこがましいと頬を叩いて、服を脱がしてから、濡れたタオルで身体を拭き始める。
身体を清潔な状態にしてから治療に掛からなければ、治したところからまた再発してしまう可能性があるからだ。
「ズボンは…………」
やはり、全身を清潔にしなければならないのだろうか。――――そう頬を赤らめる中で、気がついた。
腹部、へそよりやや下の辺りから上全体が、青紫色に染まっている。何故気づかなかったのだろうか。
体温が高く、血液も頻繁に通っているのに、肌が青紫。恐らく、これは毒の進行度なのだろう。
もし脳にまで侵食していれば、毒を抜いても後遺症が残るかもしれない。それを避けるには、より高度な解毒治療を行わなければならない。
苦しそうに、何度も上下する胸。悪夢を見るような表情。それを見て、彼女は心を引き締めた。
「もう少々、頑張ってください」
彼女は指先でハイドの引き締まった腹をなぞり、円を描く。その中に五芒星をさらに付け足して――――。
「――――ッ!?」
魔法を唱えようとした瞬間、強い力によって彼女は弾き飛ばされ、床に叩きつけられて回転し、壁に背中を強打する。
痛みの中、何が起こったか理解しようと瞳を開けると――――ハイドが立ち上がってこちらを向いている姿があった。




