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9 ――船上の戦い――

吐いて、眠れずにうなされながら横になり、また吐いて。そんな事を繰り返していると、暗かった窓の向こうが明るくなってきた。


胸の上におもりを乗せられているかのように息苦しいために、浅い呼吸しか繰り返せず、脳に十分な酸素が行き届かないためにまともな思考を得られない。


嘔吐を続けた為に喉は焼け、吐き出すもののない胃はそれでもその内壁を溶かして食道に送り込む。故に吐き出すのは血液であった。


腹中の、捉えどころのない痛みが酷く苦しい。熱は下がらず、おいてあった薬を飲んでも、身体が拒否反応を起こして直ぐに吐き出してしまう始末。


桶の中身は精一杯の努力の末、窓から外へと投げ捨てた。


だがそれ故に、その行動の為に、唯一残った羞恥を消し去るために起こしたその動作がハイドの体力を燃え尽きさせた。


上がり続ける体温は体内の『毒』を殺そうと励むが、熱が圧倒的に足りない様子。朦朧とする意識の中でも長かった夜が、気がつくと明けていた。


それに気づいた瞬間――――地面が激しい地震よりもさらに破壊的なまでな横揺れが起こる。


その時にようやく、ハイドは船の中にいるのだと気がついた。




シャロンは空間を揺さぶる凄まじい衝撃によって眼を覚ました。驚いて何かを強く抱きしめる――――すると、


「く、苦しいです……」彼女は控えめな声で不満を訴えた。


1人で寝ていたはずなのだが……、シャロンはそんな思考を全て遮り、起き上がる。


隣のベッドが何故だか、未使用の様に綺麗にセットされているのを見て、『またか』と考えながら、彼女は亜空間から適当な服を出して身に着けた。


肩甲骨けんこうこつ辺りまである髪を馬の尾のように束ねてから、ノラの着替えと装備をその場においておき、


「着替えて、待ってて」


昨晩に脱ぎ捨てた服をたたんで、ベッドの上に置きながら告げると、シャロンはそのまま部屋を後にする。


ゴツン! 慌ててあけた扉に何かが衝突する。廊下そとに出て扉を閉めると、そこには刀を手にする青年が顔を押さえて立っていた。


「ごめんあそばせ」


「起きたか……」彼はごほんと咳払いをして、「貴女あんた程の人が居れば百人力だ」


ソウジュは痛みを気にしないという風に、身勝手なまでに強引に話を展開した。


「ちょっと待ちなさいな」シャロンは言いながら、亜空間の中から1本の長槍を取り出し、「話が見えない」


そういえば大気を振るわせる咆哮が外から聞こえる気がする。そしてそれに相まって感じる魔力は、恐らく、魔物のもの。


にわかに思い出される船長の台詞に間違いがなければ――――極端に強い魔物という事になる。


海龍かいりゅうが現れたんだ」


――――なるほど、そう言う事か。


彼女は船の上に出て、その姿を見てようやく言葉の意味を理解した。


広い海原。ある程度広い甲板の上を忙しなく移動する船員。数人は砲撃準備をしていて、また数人は激しい揺れによって飛びそうなものを固定する作業に勤しんでいる。


そうして、砲口を向けられる、それは――――龍。


海の中から長い首を突き出して、うねうねと柔軟な動きをするそれは海龍リヴァイアサン。神出鬼没の怪物で、魔物の中でも最強の部類に認定されている。


それがリヴァイアサンという種なのか、一個体なのか、世界的には未だ判然としていないが、今、その存在がこの船に襲い掛かっていることだけは判明していた。


思考している内に、海龍が行動を起こす。素早く動き出した首は、まるで鞭を放つようなトリッキーさに突出する動きを見せる。


一度大きく引いて、距離を取るかと思うと、ソレをバネに一気に近寄る。さらにそれだけに終わらず、大きく口を開け、船に喰らいついたのだ。


船のヘリは木が砕ける音を立てて大きな破損。近くに配置してあった大砲をそのままに逃げ出したために、海へと落下。残ったのは人が扱うには重過ぎる砲弾のみとなる。


海龍はそうして一旦引くと、また咆哮を上げる。衝撃波が即座に空気を震撼とさせ、船上にいる殆どのものがうずくまってしまった。


「こ、こんなに大きい蛇がいるんですね……」


青い肌は、頑丈すぎる鱗に覆われている。赤いたてがみはその荒々しさの象徴とも言える。


「ま、ちっちゃい方だけどね」恐れるというより、驚いた、感動したというように口を開くノラへと返した。


シャロンは以前、海龍と戦ったことがある。あの時は300年も昔で、船も小さく戦いづらかった。さらに敵もより大きく、どうに動くか予測しながら動かないといけないほど獰猛であった。


そんな経験がある故の、自信。彼女の身体レベルは既に成長限界にまで来ているが、何よりも有り余る、その経験が誰よりも強くある理由であった。


「倒せるのか?」


その自信を過剰と受け取るソウジュが怪訝な視線を投げる。シャロンはソレに対して軽く頷いた。


「最も、早い段階で手を打たないと、倒せても倒せなくてもあの小さい救命船に乗る羽目になるけどね」


「わかった」


ソウジュは頷いて、傍らに居るアオに合図をする。それに併せてシャロンもノラに射撃準備に入らせた。


鮮血色ドラゴン吐息ブレスッ!」


アオは破壊されたヘリの近くまで駆け寄って立ち止まる。両手を前に突き出すように構えると――――その前方に、アオよりも巨大な魔方陣が宙に描かれた。


間髪おかずに、その魔方陣から炎が吐き出される。オレンジ色の火炎は轟! と唸り瞬く間に血の様な紅色に染まり、さらに大きく、海龍に襲い掛かった。


直ぐ前に居る海龍は横を向き、ソレに気がついた頃には既にソレが身体に接触する頃であった。


瞬く間に、劫火は海龍を包み込んで――――間をおかず、ソウジュが刀身なき斬撃を船上から打ち放つ。


タイミングは完璧。避けるには遅すぎるし、炎の為にその斬撃の存在に気づけない。


だが、シャロンは念のために攻撃をしたら直ぐに左右に散るようにと知らせておいた。そうした理由は――――。


炎の中の影が、大きく口を開ける。また叫び声か、そう認識するよりも早く、それは凄まじい勢いの水流を放出する。


顔の周りの炎が振り払われ、また接近する斬撃は打ち消される。まっすぐに通過する水流は船に大きな穴を開け――――海龍は身体の炎を消すために、海の中へと引っ込んだ。


アオとソウジュ。彼らが驚き、またシャロンの助言に感謝をしている内に、彼女はノラへと命令する。


「出てきて、首が一番伸び上がったときに目を狙える? かなり高い位置だけど……」


「がんばりますっ」


健康的な肌が日に照る。体調は万全な様である。


船員のざわめきすらも消えうせて静寂。人の息遣いだけが聞こえるその中で、シャロンは耳を澄ませた。


耳がピクリと動いて――――僅かな、水を掻き分ける音が水面に接近する音を捉える。ノラの肩を叩いて合図すると、ノラは海龍が水面を突き破って出現する海とは逆側へと駆け出して、飛び、へりに着地する。


矢を手に、弓の弦を強く引きながら身体を深く沈ませて、身体を半回転させながら、またそのヘリを強く蹴り飛ばして跳躍。


目がくらむほど高く、下には小さな着地点のみという不安定すぎる環境。その高さは、僅かだが――――海龍の目線を越えていた。


だがそれは同時に、海龍に捉えられる危険性を高めているのだが――――ギョロっとした瞳がノラへと向かない内に、彼女は構えた矢を射る。


バランスを崩さずに撃てた矢は、寸分の狂いもなく片方の目を貫いた。海龍が、悲鳴をあげる前にもう一発を打とうと、構えた瞬間――――ソレは、さっきと同じように口を開いた。


ノラの身体が強張る。それなのに抜ける指先の力は、まだ引ききっていない弦を離して、矢をあらぬ方向に飛ばしてしまう。


息を呑む。先ほどの、開いた床の穴に自分の身体を照らし合わせて――――出そうになる悲鳴を押し殺して、残る1本の矢を構えた、その瞬間。


下方から飛来する1本の槍が勢い良く顎を貫いた。その勢いに負けて閉じる口は、さらに槍を上あごに貫通させて――――取りやめに出来なかった水流は、噴出する行き場を失って自らの口を吹き飛ばしていた。


血が、肉が雨となって降り注ぐ。ほっと胸を撫で下ろしながら落ちたノラはソウジュに受け止められて、ようやく船の上に戻ってきた。


大きく揺れた船の上で軽くバランスを崩しながら、


「お、囮にするのはちょっと酷いです」


ぷっくり頬をはらしてむくれてみると、笑顔でシャロンが頭を撫でた。


それから――――顔の半分を失いながらも絶命しない海龍は、立ち向かわずに、船に背を向けて遠ざかりながら、ゆっくりと海の中に姿を消していった。


「はは、いやごめん。でも海龍は知能があるからね。彼らの攻撃と、ノラの射撃からのアレじゃないと、まともに喰らってくれないのよ」


相手に、自分が相手のことを知っているという事を悟らせてはいけない。


シャロンはそれだけ伝えると、大きく欠伸をして船室へと戻っていった。


――――辺りの、シャロンに対する、良い意味でも悪い意味でも起こったどよめきを無視して。




「死ぬのか」


一方で別の戦いをしていたハイドは悟っていた。相手どくに、自分が相手どくに対して熱を上げれば取りあえず対処できるという事を知っている、という事を知られてしまったから。


なんて冗談を考える余裕が、段々なくなっていく自分に、ハイドは不安を覚えた。


まるで知能があるように、意識があるように、ハイドの身体を如実に蝕んでいく。


ただの風邪ではない。ハイドは気づいていた。


窓側の壁によりかかったまま、麻痺してしまった右上半身を眺めて、小さく息を吐く。


それから――――先ほどから見えている、女の魔族を見上げて睨んだ。


幻覚、幻影。それに間違いはないのだが――――恐らく、この症状が現れるのは、あの魔族のせいだ、ハイドはそう思った。


あの接吻。意味のない、純潔を弄ぶだけのお遊びだとばかり思っていた。だが、それは違うようである。


シャロンの、『多分弱い』という――ハイドには無根拠に聞こえた――台詞のせいで、イコール頭が悪いと勘違いしてしまったせいだ。


勿論、シャロンの言葉に違いはない。ノラにも倒せたから。ノラが弱いというわけではないが、戦闘の中であれほど油断を見せるくらい未熟であったから。故に、弱い。


未熟であっても、ある程度の頭は回るようで――――炎で殺せなかったら、というための保険を掛けておいたのだろう。


先の接吻で毒を仕込ませた。気づかれないように、遅効性の。


仮に炎が効かなくても、それで相手を弱らせて勝てるし、死んだ後でも効果が続くので、仇を自動で討ってくれる。


「く、ぞぉ……」


呂律も回らなくなってきた。その内にハイドは考えるごとに疲労を増すが、意識を失わない内に結論をつけようと頑張っている。


あの魔族の目的。少なくとも力はあった。アレ程強ければ、自力で色々と出来たのに――――なぜ盗賊団などと手を組んだのか。


そして、手を組んだ割には、どうでも良いといった扱いだったのはなぜか……。


船が激しく揺れて、ハイドは転がり、横の壁に頭を強打して――――意識を手放した。


胸の中に積もる疑問を積もらせたまま、それでもハイドはようやく眠りにつくことが出来る。また次、しっかりとおきる事が出来るかもわからない眠りに。

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