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6 ――災厄は重なる――

「あ、ありがとう、ございます」どこか呆然と、いまだそれが現実なのだと受け入れられていない少女が、おざなりな礼を言う。


ハイドはそれに微笑み返して、また1人、縄を切り裂き、自由の身に解放していった。


――――盗賊たちの束縛は失われた。だがしかし、村が焦土になってしまった今、彼らに帰るべき場所はない。


それを理解しているからか、だれも、その場から立ち上がろうとしなかった。


歯向かって傷だらけにされた若い男も、まだ若い母子おやこも、これから大人の階段に登ろうかという少女も。


比較的、見た目が若い者しか居ないそこは、ところがその見た目に反する落ち着きを持っていた。否、それは落ち着きではなく、落胆。


諦め、いっその事死んでしまえばよかったという切望さえも伺えた。


「ったく、殺さずに生かして村を立て直させりゃ良かったな」


巻き添えで焼け焦げ、全滅した盗賊たち、そして全身を矢で満たす魔族。それらを見てハイドは吐き捨てる。


そんなときに、感じる、嫌な魔力。吐き気を催す邪悪が満たされる、その空気。


遥か遠方。そこに位置するはずのソレは、おぞましいほどの速さでハイド達に接近。


「……、シャロンさん、迎撃を――――」


橋板を背にして振り返る、空。そこに、異様な黒い点。時間が経つにつれて人の形を現わすソレは――――ハイドの頭上を通過して、その背後に突っ込んだ。


大地が激しく振動する。巻き起こる砂煙は辺りの景色を全て砂色に変えていく、その中で――――女性の、凄惨な悲鳴が空気を切り裂いた。


すぐ後に、不自然にソレは途切れ、代わりとばかりに肉の爆ぜる音が聞こえる。一瞬にして水溜りが出来るほどの水量が地面に叩きつけられるような、鈍い音。


「、ノラを、お願いします」


歯を食いしばる。こめかみに血管が浮き上がり、鈍い頭痛が視界を僅かに狭める。ハイドは乱れそうになる呼吸を静かに繰り返して落ち着かせ、剣を構えて振り返った。


――――以前感じた魔力モノよりも圧倒的に強くなっている。バケモノとは、コイツのことを言うんだな、なんて妙な事を納得していると、土煙の中から何かが飛び出す。


小さい、指の1関節程もないサイズ。


小型爆弾か? 疑ってみるが、魔力のカケラも感じないので、ハイドは剣を片手に、身体を斜めに構え、いつでも反撃できる姿勢でソレを手に取った。


「……、ッ!? コイツは……っ」


懐かしいさわり心地。ソフトビニール製という安物だが、耐久性には定評がある。大きな、クリクリとした目はシール。笑顔で固められたその表情は、どれほど嬉しそうな顔であっても、無機質な感じが払拭できない――――それは、ハイドの大切にしていた人形フィギュアベルセルクの頭部であった。


それは以前、妙なチンピラ軍団に捕まった際にボロボロにされたもの。身体は燃やされたが、記憶を辿れば確かに、頭は無事だったかもしれない。


だが――――岩山に開いたそのアジトはつぶれた。文字通り、その岩山を粉砕されて。


やがて消え始める土煙の中、不敵な笑みを浮かべるソイツ――――テンメイによって。


「以前は渡しそびれたからなァ。返しておこうと考えただけだ。感謝しておけ――――ジャンハイド」


「助けて」「誰かぁっ」そんな、生き地獄を味わう者たちから救えと声が掛かった。


だがハイドは、それが聞こえていない。彼はただ――――自分を呼ぶ、その呼称だけが気がかりであった。


「ジャン、ハイド……だと?」


聞き覚えのある言い方。――――そして、それに連動する、友人から貰った人形の残骸。


「あぁそうだ」テンメイはその口角を吊り上げて、「自称、勇者サマ?」


――――胸が一度、どくんと大きく弾む。


忘却の彼方へと投げ捨てたはずの、記憶の残骸がその一言で蘇り始めた。


仲良くしてくれた唯一の友人。その証にくれた人形。彼だけは気兼ねなく話してくれて、そして何よりも、強かった。


同年代で、しかも勇者の血を継ぐ自分が恥ずかしくなるくらい彼は強かった。肉体的にも、精神的にも。


そんな様々な記憶が一瞬の内に脳裏を駆け巡り――――そして、何故そんな大切な記憶を忘れようとしたのかを、思い出した。


――――彼はある日、いつものように魔物退治に出かけた。夜になってもかえって来ないので心配したが、そんなことが良くある彼だったので、特別何をするというわけでもなく、待っていた。


そして次の日帰ってきた。だが彼は、旅の中で忘れ物をしてしまったのか――――その身体には首が無かった。


「テメェか」


震える顎は歯をガチガチと音を立たせる。それを押さえる事をしないままに言葉を紡ぐと、たったそれだけで察したテンメイは、ゆっくりと頷いて、


「憎いか?」


「黙れ」


「今すぐにでも殺したいか?」


「だま――――」


「忘れたのか?」妙に落ち着きのある、重い声がハイドの言葉を遮った。「私は『命を取り込む』能力を持つ。故に、彼は私の中で生きている」


得意気に胸を張る。――――その瞬間、白刃が煌めいた。


一瞬にして姿を消すハイドは、気がつくとテンメイの背後に。


テンメイはその首をゴトリと地面に落として、やがて身体も大地に鈍い衝撃を伝えて倒れた。


彼は忘れていた、というわけではない。だが確実に、侮ってはいた。ハイドのその強さ。一ヶ月も経たない以前は、確かにある程度の実力だった。


技を見せれば見せるほど、ソレを吸収して強くなる。故に、その時は見逃した。


だから今回はどれほど強くなったかと、ある程度の予想をつけてやってきた。――――無意識がハイドへと誘い、行動を起こさせたことに気づいていないテンメイは、無理矢理そう理由付けている。


だが、今回は完全なる予想外。まさかコレほどまで早く、これほどまで強くなるとは――――。


落ちた顔は笑い声を上げる。身体は起き上がり、気味の悪い事にその頭を手探りで探していた。


「たとえお前の言うとおりだとしても、アイツは俺の中ではもう死んでるんだ。仮に、あの姿で生きていたとしても俺にとっちゃ全くの別物。つまり――――興味ないね」


お前の、”彼”に関わるもの全て。


ハイドが大きく息を吐く。――――やがて、首と身体を繋げ、再生するテンメイは、いかにもソレが楽しいように高笑いを上げ続ける。


――――彼ら2人以外の時間が凍り付いてしまったように、辺りはひっそりと静まり返っていた。

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