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5 ――初体験喪失――

口内の粘膜を伝わって、べらぼうに熱いものが吐き出るとすぐに理解できた。


だがハイドは動けず、どうにも出来ないままそれを受け入れるしかないのだが――――3度、炎が吐き出すことを遮るように、口を押し付けてきた。


明らかな、他者による衝撃によって。


何が起こった? ハイドには判断がつかない。その魔族の後頭部、脳が位置しているであろう部分に3本の矢が突き刺さっているなんて事は。


それに怒ったのか――――徐々に、その短絡思考を露呈しはじめる魔族はハイドから口を離して、振り返る。


――――スパパン。また3度、両目と口に矢が突き刺さった。


「が、あああああぁぁあああっ!!」


女の、精一杯の野太い叫び声が辺りに響き、それと同時にハイドは身体の自由を取り戻した。


束縛からの解放。だがハイドは心に負ったダメージが大きすぎた為に、剣を地面に落とし、四つんばいになってうな垂れている。


一方で、魔族は喉を貫かれたせいで上手く炎を吐けず、また視界が潰れ、平常心も保てないので敵の位置が掴めず。


脳を攻撃されても死なぬその魔族は、それでも一方的にやってくる矢の雨に命を削られていく。


手からはじき出した炎だが、滅茶苦茶な場所に火柱を上げ、誰も被害にあわないそこを焦土に変える。


そんな最中でも、一定間隔で矢は身体に突き刺さっていた。


自慢のスタイル。今では威嚇した針鼠状態。自慢の美顔も情けない状態。


無言で一方的な、狙撃。塵も積もれば山となる。そのことわざを実行したように――――やがて魔族は、力尽き、鈍い音を立てて地面に倒れていった。


その衝撃で、矢がまた肉を貫通する。自分の身体で綺麗に剣山を作る魔族は、やがてピクリとも動かなくなる。


「……恐ろしい子っ!」


迷いのない射撃。ある意味、ハイドの残虐行為よりも圧倒的に邪悪な攻撃。


抵抗できなくなった相手を、直接大ダメージを与えるわけでもなく、同じく遠くから、地道な手段で命を減らしていく拷問じみた思考。


それを無表情で行うノラをみて、シャロンは思わずそう漏らした。


「でも、ハイドさんにあんなことをしたんですよ? 魔族の分際で」


「分際でって……」


「行きましょう! ハイドさんが心配です」


私は貴女の将来が心配です。その一言がいえないまま、シャロンはノラの後を追っていった。





――――キス、接吻、マウストゥーマウス。しかもディープ。初めてなのに。


「確かに、魔族とかそういう色眼鏡で分別しなかったら超絶美人だった。だけど、美人ならいいとか、そういう問題じゃあないのさ」


ハイドは自暴自棄になりかけるように、地面に頭を叩きつけていた。


その頭からは既に、助けに来た村人のこととか、恨みだとか怒りだとかは消えてなくなっている。


――――愛情だ。好き者同士がすべきなんだ。確かに、どっかの国では挨拶代わりにするかもしれない。その”挨拶”ならばいいんだ。


「今回はその”挨拶”じゃあない。殺す次いでとばかしに、俺の純潔を弄びやがった……。覚悟した俺の死を踏みにじるように……ッ!」


このまま仲間が殺すのを見て、生き延びる? それで仮に生き延びて、命あってのもの種と肩を叩きあう? 純潔を侮辱されたまま? 出来るわけがねェッ!


「あり得ねェ……」


呟いたその時、ハイドは肩を叩かれる。ビクリと身体が弾んで、それを恥ずかしいように、伏し目がちに振り返った。


「ハイドさん……」


抱擁。不意に来た、暖かさ。全てを包み込むような温度が、小柄な身体がハイドに接する事によって伝わってくる。


――――それが、ハイドを正気に戻した。


――――恥ずべき言動。戒めるべき思考。ただの”初キッス”で一体俺はなにをぐちぐちと考えていたのだろうか。


さらにソレを見られていた。あるいは察せられた。ハイドは考えて、無性に恥ずかしくなってきた。


「いや、あ、あの、ノラ……?」


「言わなくてもわかってますよ」


彼女はハイドを起こし、対面するような姿勢に持ってくると――――そっと目を閉じて、唇を控えめに突き出して、近寄る。


一体何をわかってしまったのだろうか。ハイドは慌ててシャロンに助けを求めようとするが――――近くにいなかった。


無駄な空気だけは呼んでくれるエルフ族だ。ハイドは吐き捨てて、ノラの顔を両手で挟んで”ソレ”を阻止する。


「キミは何かを勘違いしているようだ……強制睡眠テンプテーション


両手から魔力を放出し、魔法を掛けると――――ノラは徐々に身体の力が抜け始め、やがてハイドに身体を任せるようにして脱力した。


ふうと1つ息を吐いて、ノラを抱き上げて立ち上がる。するといつの間にか、シャロンが戻っていた。


「ホントに必要なときに居て欲しい」嘆くような声がシャロンに掛かる。


「いや、今回は悪いと思ってる」だがなんとなく、二人っきりにしてあげたかった。そんな気持ちがあったが、シャロンは一応伏せておいた。


「あ、船だ」


どこからともなく、聞こえる声は村人のものである。その声に促されるように海を見ると――――船舶が、海の上で小さく浮かんでいた。


「もう引き返せなくなるけど、本当にいいのかい?」


「ノラが強くなった事がわかって安心しましたから」魔族の剣山を一瞥してから、また船に視線を戻す。「それに、この大陸にはもう用事はありませんから」


満足そうに言うと、ハイドはシャロンにノラを預け、剣を片手に村人へと歩み寄っていった。


「やれやれ」シャロンは肩をすくめて息を吐く。「どうなることやら」


そう締めて、シャロンは真っ青な空を見上げた。

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