4 ――魔族のおかしら――
「少しやりすぎな気もしますが、いい調子ですね」
彼女、ノラはハイドの残虐行為を見ながらそう漏らす。どこか――――少しばかりだが、理由なき不安を覚えながらも、シャロンはそれに頷いた。
打ち放たれる矢。同時に襲い掛かる刃。ハイドは一息でそれらを叩き落し、一瞬にして1人の命を奪っていく。
予想を上回るほどに成長していたハイドを見て、どこか驕っていないかと、見直すよりも心配する心情に到った。
「それじゃ、そろそろ行こうか――――」
敵の数が半数以下になる。ようやく出番だという所で移動を開始しようと、ノラに声を掛けるが――――それを遮るように一瞬にして、ソレはハイドの前に現れた。
幾人殺したのだろうか。ハイドは考えながら、妨害してくる攻撃を全て弾き返してまた1つの首に剣を突き刺していく。
疲労はそう大きなものではない。だが何故だか胸が痛くなってくる。
歯向かってきてくれる分にはまだいいが、殺意の失ったものも残さず殺すべきなのだろうか?
敵の数は半数にまで減った。だが命を落としているものはまたその半数である。
手加減をしたつもりはないが、気がつけば首ではない箇所を狙っている。その結果がかえって相手を苦しませることなのだと分かっていても、命を奪えないでいた。
それか――――無意識の内に、相手をより苦しませる事を望んでいるのだろうか。
やがて敵もよって来ず、様子を伺うだけの姿勢になったのでハイドは足を止める。
剣を敵の首に突き刺したまま、ハイドは声を荒げた。
「ったく、命が惜しいのか? 殺される覚悟がないのに、人を殺すんじゃ――――」
言葉を遮る影が、ハイドの前に一瞬にして現れた。
「なら、ボウヤは殺される覚悟があるってことね?」
艶やかな声が、優しく、ゆっくりとした口調で――――死の宣告をしたように聞こえた。
気がつくと、その暖かな掌はハイドの額を包み込んでいて、
「どかん」
悪戯っぽく、そう口にすると――――その掌からは考えられないほどの魔力が漏れ出して、
「な、」ハイドが声を、まともな台詞にするよりも早く、大地を揺るがす大爆発が巻き起こった。
鼓膜が突き破れるような轟き。全てを巻き込まんとするソレはハイドを中心に巨大な火柱を上げている。
半径数メートル。ギリギリ橋板には被害のでない距離であるが、盗賊団の幾人かは巻き込まれたようで、姿が見受けられない。
シャロンが慌てて、ノラをつれてその前までやってくると――――ゆっくり、その炎の中からソレが現れた。
「何の御用?」
人間に良く似た姿の女。だがその肌は、まるで血の気は無く濃い紫に染まっており、色っぽく豊満な胸はグロテスクなレオタードのような鎧に包まれていた。
爪が鋭く尖り、唇を撫でている。彼女は肌と同じ冷たい視線で、シャロンらを眺めていた。
「あー、さっきの子のお友達? なら残念、もう死んじゃったから」
いかにも楽しそうに。語尾に音符が付きそうなくらい嬉々として口を開く。
眼を細めて笑顔になる。その表情は同姓のシャロンから見ても美しいものであったが――――。
「あ、そう」
その持ち前の見の軽さで素早く懐に潜り込んだシャロンは、その美しい造りの顔に拳をブチ当てて――――弾き飛ばす。
確かな感触。手ごたえを感じて、さらに勢い良く、それは背後の海へと突っ込んでいく姿が見えた。
ズボンと、水に突っ込み、水柱が上がる。シャロンはソレを見てから、上がってくるまでの間、燃え盛る火柱をどうするか考えていた、が。
「なーにが、『多分今回は弱いかな』だ。十分強いっての」
怒気を孕む声を発しながら、火柱の中から現れたハイドは全身をびしょぬれにしていた。
歩きにくそうに、だが命が助かってほっとした、安心したというような動作で、シャロンたちに歩み寄る。
剣に絡まる、炭となった骨を払って、
「十分強いっての」
「どうやって生き残ったのさ」
所々がチリチリにカールする頭を撫でながらシャロンが問うた。
「足元から炎が吹き上げるような感じだったんでね。死体を盾にした。同時に使える氷雪系魔法の中で一番強い奴を全力で自分に食らわした」
そしたら十秒くらい生き延びた。ハイドはなんでもないように息を付いてから、今度はくたびれたように中腰になる。
「でも呼吸できないからね。炎の勢いで身動きも取れないし、氷も内側からどんどん作らないと直ぐに蒸発するし」
「でもよかった……、ハイドさんが、あれで死んでしまったらどうしようかと……!」
「死にゃしねぇって。まだ――――」
意味深に答えて、「でもこれで辻褄が合いましたね」
「うん、コレくらいの火力なら、人も『影』に出来る」
ハイドが払った、骨の残りかすを見て頷く。そうしている間に、敵はようやく海から陸へとやってきた。
水を被ったせいで、自慢の綺麗な髪はびっちり七三分けに。怒りの余りに顔を伏せているようでその表情は窺い知れないが――――恐ろしいまでの魔力が、殺気籠っているのは容易に理解できた。
「たかだかガキが――――調子に乗るなッ!」
素早い動きで顔を上げ、その口を大きく開いたと思うと――――彼女はドラゴンのように、口から炎を吐き出した。
灼熱。勢い良く吐き出される炎は瞬く間にハイドたちに迫るので、ハイドは空を見ながら2人の腕を掴んで瞬間移動した。
――――一瞬、身体に掛かる重力が消え去って、妙な浮遊感が身体を包む。だが次の瞬間には全身が下方向に引っ張られるように落ち始める。
そこは宙であった。
「きゃ、は、ハイドさんっ!?」
慌ててハイドの腕に抱きつく。ノラは強く眼を瞑って、喉の奥から漏れそうな悲鳴を必死に飲み込んでいた。
一方でシャロンは、なんでもないように地面を見下ろす。
風が全身を切る。ハイドの濡れた全身は空気摩擦によって早くも乾き――――ハイドは人が点に見える高さのそこから、また瞬間移動。
シャロンにノラを任せて移動したそこは未だ地面ではないのだが――――。
「ぐぷぅっ!?」
魔族の背後。頭の位置に移動したハイドはその頭に剣を振り下ろす。
縦一文字に切り裂いた後、シャロンはノラと、ハイドは再び単体で距離を開けた。
魔族は迷わず振り返り、ハイドを睨む――――と、その眼をみた瞬間、突然、全身におもりを巻きつけられたように身体が重くなり、動きが、停止する。
なんだ、コイツは、一体――――考える間も無く体はつかまれ、端整な顔がハイドに近づく。
「捕まえた……!」
――――先ほどと同じように、嬉しそうな声。何処と無く色気のある息遣いで耳元で囁いたあと、
「――――っ!」
身動きが出来ないのをいい事に、ハイドの唇を奪って見せた。
強く歯を食いしばることも出来ず、その妙に長くよく動く舌はハイドの口内に侵入する。
ハイドの下に絡みつき、嫌らしい粘膜の張り付く音が響く。呼吸もままならぬまま、状況もわきまえずに興奮で高鳴る心臓は激しく酸素を欲していた。
――――シャロンたちが唖然とする中、その行為が終える。
口を離すと、糸が引いた。シャロンたちに振り向いて、色っぽく微笑んだ後、大きく息を吸って、
「今度は、ちゃんと死んでね」
再び口をつけ――――また、喉の奥から炎を吐き出した。