3 ――この恨み晴らさで置くべきか――
「……、リーダー。予想以上の人数さね」
船着場。人造石で固められた防波堤から、人が4、5人並べるほど広い橋板が延びるそこは殺風景である。
そして、その防波堤の手前。そこにはシャロンが口にするように、多くの人がいた。
メアリーまでとは行かないが、一般成人男性以上の筋肉を持ち、頭にバンダナを巻く男たち。
ざっと数えても20名以上居て、そしてそれぞれが武器を腰に携える。
半数以上が、刀身を歪曲させる剣『シャムシール』を、そして余った男たちは武器を持っていないが――――その近くに弓が置いてあった。酷く乱暴に。
それらを射抜くような鋭い視線で観察するハイド達は、近場の木の陰に待機していた。
距離にして50メートル。近すぎず、遠すぎず。程よい距離である。
「人質……、でしょうか。でも村自体が無いし……」
ノラが不安げに口を開く。彼女が指したのは、男たちが略奪した財宝を山分けしているその奥、橋板の手前で縄に縛られている多くの人々のことである。
村を襲ったらしい男たちとは一見して違いが分かるのは、その服装。
寝巻き姿の者も居れば、縄でグルグル巻きにされながらも必死に擦り寄り合う親子の姿。歯向かって仕返しされ、倒れている若者の姿。
そして全体的にみて分かる、怯えているような雰囲気。
「いや、売るんだよ。どっか他国に。っつーことは、船員も皆グルか、脅されてるかですかね?」
剣を地面に突き立てながらハイドが問う。シャロンは頷いた。
「グルってのが効率がいい。だって、逃げられるとか、歯向かうとか、そんな面倒なリスクが減るじゃない?」
「なるほど。それと、年の功でリーダー格とか見つけられないんですか?」
優しい拳が鋭くハイドの脳天に振り下ろされる。軽く舌を噛んで、そのどうしようもない痛さに苦しんでいると、
「ここには居ないね。別れて他の村を襲っているか、それとも人外かって所かね」
「人外?」
「魔族ってこと」
涙目で、それでも疑問を解消しようとするハイドに、簡単にシャロンは言ってのけた。
「ま、魔族って……あの、テンメイさんみたいな……?」
ノラの両手が震え始めた。それほど恐ろしく思っているのだろうとハイドは見て、いいことだと頷いた。
いくら退いたといっても、何か考えがあってのこと。決して力で勝てそうにないから引いた訳ではない。そこを勘違いしていたら、確実に死ぬ確立が高くなる。
それは非常にいただけないし――――その勘違いをしている時点で、ノラには期待は出来ない。
その反応でほっと息をつける半面で、またあんな眼に合わせるのは可哀想だなとハイドは思った。
「まぁ、そうだけど――――多分、もしそうなら強くはないでしょ」
亜空間に手を突っ込み、何かを探しながら、気軽に答えてみせる。
何故? 2人がそう聞こうとする前に、彼女はそれに続けた。
「そりゃ魔族だってそれぞれ個性があるし、それ故に考え方も違う。でも1つだけ、法則があるのよ。それは、強い奴ほど人間が嫌いだってこと。細かく言えば、人間っていう人種が嫌いなんだよね。例外は勿論居るし、強ければ人間でも構わないってのも居る」
手に取った何かを引き出す。それはグローブであった。
指貫グローブ。掌には魔方陣が蒼い文字で刺繍されているらしいソレを、シャロンは何の感慨も無いように装備し始めた。
「多分今回は、弱いほうかな」
馴染むと、シャロンは手を叩く。それで反応したのか――――魔方陣が起動する。
合わせた掌から光が漏れ、やがてソレは右の肘辺りまでを包み込み、消える。
そうして見えたのは、光に覆われていた部分が禍々しいまで黒く染まる右腕であった。
「昔、あの街で買ったんだけどね。結局使わなかったのよ。色んな種類があって、しかも使い捨て。その上高かったから捨てるにも捨てられなくてね」
少し離れててと、シャロンが目配せする。言われたとおりにある程度下がると、彼女は横顔から見える薄い笑みすら消した。
「腕に炎の属性を追加させるとか、殴った衝撃を倍増させるとかだけど――――」
1歩、小さく下がって、腰を落とし、目の前の木に突っ込むようにして、その右腕を打ちはなった。
その拳が鋭く木に喰らい付く。激しい衝撃波がハイド達にまで伝わって思わず仰け反りそうになるその瞬間――――木は拳が接触した部分から引きちぎれ、勢い良く前方に吹き飛んだ。
山なりに飛び、右回転しながら、談笑する男たちの手前で地面に叩きつけられるが、勢いは止まらず。その大木はそのまま数人の男たちを引いてから止められた。
「私のは、殴ったモノを弾く魔法。面白いでしょ? 魔族の特殊能力みたいで」
振り向いてシャロンは軽く微笑んだ。ハイドも愛想笑いで返してから、剣を構える。
「んじゃ、丁度いい頃合に乱入してきてくださいね」
準備は万端。そう判断したハイドはお得意の瞬間移動で敵地の真ん中に移動した。
「うおっ」1人の驚きの声が、辺りの男たちにどよめきを誘い、「テメェ、どこから出てきやがった」
それぞれが、錆びた銀貨やくたびれた金のネックレスなどをポケットに捻じ込んで、剣を抜き、円を作ってハイドを囲み始める。
「なんとか言いやがれ!」
果敢に剣を振り下ろす鼻にピアスをする男。ハイドはそれを剣で弾き返してから、さらに突き出す。
不意を突かれたのか、男はそれに反応できず、胸の辺りをあっさりと突き刺された。
「てっめェッ!」
仲間思いの1人がハイドの腕に剣を振り落とす。ハイドは素早く剣を抜いてソレをまた弾き返して、再び男の胸に突き刺し、その場から押し出す。
「瞬間移動」
ハイドは剣を突き刺した男と仲良く橋板の前にまで移動する。
「何が目的だ!」
素早い反応をする1人が声を荒げた。「村人の開放か? 宝の返却か?」
「今回はアンタらの手によって殺された村人たちの気持ちを味わってもらいたいと思います」
ハイドはにこやかな笑顔で答えた後、胸を突き刺され口から血の泡を吐く男の背後に回って――――後ろから腹を突き刺した。
次いで、剣を錐でも扱うようにグルグルまわす。出来の良い剣は骨をも砕き、内臓と血を辺りに飛び散らせ始めた。
そうしていると間も無く絶命。
男たちが言葉を失っているところを見て、ハイドは男を投げ捨てながら微笑み返した。
「こ、コイツは1人だ! ビビってんじゃねぇ! やるぞ!」
男が剣を掲げる。いつの間にか円陣は無くなって狙いやすかったので、ハイドはその男に剣を投げてみせる。
――――風を突っ切って、地面と平行に素早く宙を飛ぶそれは、男が避けるという選択肢を思いつくよりも早く、その頭に突き刺さった。
容易にそれに追いつき、ハイドは切り上げる。血が飛び散る前に後ろに飛ぶと、噴水のように頭から血が吹き出ていた。
「こういう風に立候補があると助かる。他は? 死にたい奴出て来いよ」
「い、嫌だぁーっ!」
ハイドの言葉に答えた男は、剣を手にしたまま逃げ出してしまう。やれやれと、ハイドは息を吐いて、その男の前に瞬間移動。
「ひっ」
言葉が発せられる前に、その首を跳ねた。
白い刀身は早くも赤く染まり、ハイドはソレを振って払いながら、
「お前はそう言って逃げる村人たちを見逃してやったのか?」
否ッ! ハイドは叫んで、手近な男の、剣を持つ腕を叩き斬る。だが刃を入れる方向を間違えたのか、骨が断てず、肉がでろんとはがれるだけで終わった。
「皆殺したんだろ? ある程度捕まえたら、殺すも犯すもなんでもござれのお前等はその通りにしたんだろ?」
だから、と。ハイドはもう一度剣を振って、腕を切断してからその男を蹴り倒す。
「お前等も、全く同じように殺してやろうってんだよ!」
敢えて残酷に殺すことによって、相手の気力を殺ぐ。シャロンの提案はその通りだったようで、その場にいる男たちの殆どは恐怖に身体を震わせていた。