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第9話『理想と現実』

街を出て少しばかり歩いた頃、ハイドは躓き、地面に勢い良く頭突きをかました。


シャロンがそれを呆然と眺める中、ハイドは何事も無かったように立ち上がり、軽く泥を払い、石で切ったであろう額の傷から流血させながら振り返る。


「痛くねぇよ」


「いや、聞いてないけど」


「あぁ、そう」


頭を強打したせいか……? シャロンが少しばかりハイドが心配になってきたが、ハイドは知らぬ顔でまた進み始めた。


雨のせいでぬかるんだ草原は少しばかり歩き難い。ドロだらけになったハイドは同じようで――――また転んだ。


ドロが弾ける。シャロンはそれを華麗に避けるように後退する。


ハイドはまためげずに立ち上がろうとして、だが膝に力が入らないのか、ガクリとその場にうずくまってしまう。


「ちょっと、大丈夫?」


「分かりますん」


「は?」


「いや……」


「……疲れてるようだし、少しここで休もう。ノラちゃんもまだ目を覚まさないし」


亜空間からおざなりなブルーシートを取り出し、広げ、またその上に毛布やらを乗せてから、最初にノラを寝かせる。


その次に、シャロンがブルーシートから足を出すように腰をかけ、ハイドは汚れているので、座るに座れなかった。


「落ち着かないの?」


何かを察して、ノラの頭を撫でながら聞く。ハイドは今まで歩いてきた方向を睨みながら、首肯した。


「ソウジュ――あの刀野郎が来たら、今の俺じゃ絶対に勝てない。本気出したら凄く強かった。ありゃ詐欺だ」


「ま、安心しなさいな。私がいるじゃない」


ふざける様に手を上げて、陽炎のように揺らす。ハイドはソレを見て、小さく息を吐いた。


「信頼してますよ――ところで、話は変わりますが……」


「この先は小さな村、その向こうには船着場。それくらいしかないさね」


言葉を遮ってシャロンは答えた。さらに、


「向こうの大陸は魔族が多いって聞くし、今の君、ちょいと実力不足なんじゃないの? 確かに強くなったとは思うけど……」


「でも魔王ラスボスが居ない以上、俺の目的も無いし。まぁここで母国が魔族に襲撃されるなんてイベントが起これば目的も直ぐに定まりますけどね」


乾いた笑い。無理をしているように感じて、シャロンは思わずハイドへと向いた。


だがハイドは、それを予測していたのか、シャロンが見るのはその後姿。小刻みに揺れる方を見て、立ち上がり、前に回る。


「嘘、ついてました」


俯いて、歯を食いしばる。眼をぎゅっと閉じて、そこからは静かに、暖かい液体が漏れ出す。


「すごく、痛いです。おでこが」


麻痺した感情が、凍らせた表情が解けた様に、その顔を見るシャロンの眼をしっかりと見据えた。


「強く……強く、なりたいです。この痛みが、我慢できるくらいには」


「君には無理よ」シャロンは突き放すように口を開いた。「君が君である限り」


ハイドは涙を拭いながら、


「ハッキリ言いますね」


「だって君は、恨みなんて持たないでしょう? 復讐心もない。面倒だとか、嫌だとかで逃げ続けてる。あの街を後にしたのも、無意識の内にそう考えてるから。根本的に、君は強くなれないのさ」


「だって――――」


「今だって、ほら。コレだけ言われてるのに、まるで人事のように受け止めてる。だって……何? 仕方が無い? 穏やかな性格? それがいいところ? ……確かに、育った環境のせいかもしれないけど、君自身にも問題が――」


――――ハイドには、シャロンが何故自分に対して説教をしているのかが分からなかった。


否、分かっている。そのつもりだが、分かりたくなかった。


自分の中で、どれほど信頼している人間だろうと、どこか一線を引きたがっている。


だれも、自分の側へ、より親密な関係になることが嫌なのだ。それだけは、その理由が分からない。分かりたくなかったが、思考すればするほど、答えが続々と新登場してしまう。


確かに、ハイドは言われたとおりの事が当てはまる。


だが人並みに激情するし、悲しみもする。だがそれは一時のことだ。


多分――――仲間が殺されたとしても、一時の悲しみで終わるだろう。


もし、ソレが本当になってしまったら。


もし、自分の側に置いた、より親密な人間が殺されても、一時の悲しみだけに済んでしまったら。


乗り越えることも無く、ただ忘れたように日常を送る自分にふと気がついたとき、自分のことを致命的なまでにキライになってしまう。


そうなったら自分はどうしてしまうだろうか。未来あるこの歳には無理がありすぎる。


だから――――表面を、シャロンが上げたとおりの精神で塗り固めていた。


「――――まず始めに、保身を考えるのをやめなさい」


「オーケイ。分かったその通りにしよう」


適当に返事をする。だがその答えに満足したのか、眉間に寄せていた皺をなくして、シャロンは微笑んだ。


「それじゃ、まず始めに君の引いている一線を消そうか」


――――300歳を越える人間は、やはり伊達に300年間人を見ていない。


全てを見透かしていたシャロンは、そういいながら顔を近づけた。


「ちょ、え、な、なんで?」


両手で肩を押さえる。だが迫る力は尋常ではない。


「いやいやいやいや、ちょっとぉっ!」


吐息が、顔に掛かる。妙な色気に全てを委ねそうになるが、ハイドは徹底的に正気を保つ。


何故だか、取り返しの付かないことになりそうだったからで――――顔を背けた先から、救いの声が掛かった。


「ハ、イド――さん……?」


ブルーシートで横になっていたノラは上半身を起して、その前の光景――――ハイドとシャロンの力比べを、ぼやける視界のなか見ていた。


それに気づいたシャロンは小さく舌打ちをして、距離を置く。ほっと胸をなでおろすハイドは、そのままノラへと歩み寄った。


「あぁそうだ。お前の大好きなハイドさんだぞ……っと」


ぬかるみに足を取られそうになりながらも、ようやくシートの傍にしゃがんで視線の高さをあわせる。


確かに――――全てを受け入れていたら、ノラにその状況シーンを見られていたら、取り返しの付かないことになっていそうだ。


ハイドは自分の直感に自信をつけて、穏やかな口調を続けた。


「遅くなってすまなかったな」


気障っぽく台詞を紡ぐために眼を閉じる。その間に、ノラは立ち上がった。


「だがもう安心しろ、これからはもしお前を狙う敵が――」


「ハイドさんっ!」


その短い距離を助走して、シート越しにも分かるぬかるみを蹴って、ハイドに抱きつく。


自分に酔いそうな台詞を最後まで言えなかったハイドは、そのままバランスを崩して背中から地面に叩きつけられ――――泥まみれになってしまう。


「ハイドさんっ、わたし……ずっと――」


眼に、鼻に、口に、耳に、その穴という穴全てにドロが入り込み、呼吸が苦しくなった。


「すごく、怖かったんです、でも、ハイドさんが来てくれるって――」


振り払おうにも両手はノラに押さえられ、噴出すそうにも上にはノラが乗っている。


「……きです、ハイドさん! 大す――」


横を向こうにも、横を向けばまたドロが入ってきて――――やがて何も出来ないとなるとわかると、ハイドは考えるのをやめた。


――――ドロなど気にせず抱きつくノラ。死んでしまったかのように寝転ぶハイド。


シャロンはソレを見て「愛されてるねぇ」なんて、先ほどの自分の行動を省みながら呟いて、空を見上げる。


東の空は、早くもにわかに明るく鳴り始めていた。

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