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5 ――魔術師の街、その後――

それから数日が経ったウィザリィは、何事も無く平穏な日々が送られていた。


「惜しい気がしますか?」


全面が窓ガラスのそこから街全体を眺める初老の男に、悪戯っぽく問いかける。その女性は少しばかり長い髪を動作に合わせてふわりと動かしながら、その隣へと移動した。


「なに、そもそもあのタイプの人間は、何であろうと”かご”には大人しく入っておられんさ。そこにどんな幸福しあわせがろうとも、そ知らぬふりをして出て行く。そういう男だ」


街ではない、どこか遠くを眺める男は、その長い顎鬚を撫でてから、1つ息を吐く。


振り返って大きな机のある席について、配置してある木箱からタバコを取り出し、手馴れない様子で、それをふかし始めた。


幾度か咳き込んで、女に心配されながら、煙を胸いっぱい吸い込んで、鼻や口から勢い良く吐き出す。


それから直ぐに、灰皿に火種を押し付けてソレを消して、


「よく、こんな不味いモノが嗜好品となったものだな」


「惜しい気がしますか?」


女は繰り返す。だが男は、それがまた別のことを指しているのだとすぐに分かり、首を振った。


「惜しいハズなどない。いや、惜しかったかも知れぬな、あの力は――――」


「血縁なんですから、もう少し感慨深くなってもよろしいのでは……?」


そんな言葉を耳にしながら、男は落ち着かないように、また窓から街を見下ろす。そうしてまた、大きく息を付いた。


「あの”愚か者”が大切にしたものはしっかりと、いつもどおりに働いて居るのだ。それ以上……何故、それ以上の手向けをしてやらねばならぬ?」


だが。女が困ったように言葉に詰まっていると、男はそう続けた。


「あやつが信じた道は、いささか参考になった。決してそれだけが全てではないが。”そういう見方”があるのだと分かっただけでも、あの命は無駄ではなかったといえよう。そう思うだろう? 『メノウ』よ」


メノウと呼ばれた女は、問われてから少し間を置き、考える素振りを見せながら前に垂れた髪を後ろへと送る。


「惜しい気がしますよ」わたしはと。1つ息を付いて、「その行動力、創造力を、もっと善良に使えないのですか? 『アークバ』さんは」


飽くまで対等に、慎みもせずに聞くと、アークバは神妙な顔つきになって、


「それは無理な話だ」窓から顔を離して、メノウに向き直った。「興味が無い」


「それは――――確かに、仕方の無い話です」


はあ、と息を付いて今度はメノウが窓の外を見る。するとアークバが冗談のように、


「惜しい気がするのか?」


問うと、少ししてメノウが振り返る。髪がフワリと宙を舞って、ソレが落ち着かない間に、メノウは口を開いた。


「ええ、すごく」


様々な意味を含めて返すメノウを見て、アークバは微笑みながら息を吐いた。


「なら行けばよかろう、奴等のパーティは酷くアンバランスだ」


「いえ」彼女は否定を身体で表現するように、首を振った。「わたしは”この街”が好きなので」


含み笑いをする彼女に、さすがのアークバも困った。それからまた席に着いて、


「まぁ、これからの変化を見てからでも遅くは無いだろう。奴は”運だけ”はいい。さらに――――あのシャロンも付いている。300年も昔、打倒魔王を果たした勇者とパーティを組んでいた彼女が、な。そう簡単には死なんだろう」


「皮肉な運命ですね……」


生い立ち、姓名、仲間。その全てをひっくるめてそう漏らしたメノウは、悲しげな瞳を床に落とすが、アークバは対照的に大きく笑っていた。


「皮肉だが、お前ほど落ち込んでは居らん。寧ろ――――それを楽しんでおる。どれ程の苦境が自身を襲い、また自分はどのようにそれを切り抜けられるか。まるで、自分の不運な運命を試すようにな」


席に着いて見る外の景色は、いつもと変わらない綺麗な青空だった。






「何故俺が貴様なんかと警備にあたらにゃならんのだ? ったく」


ずれるメガネを直しながら愚痴を漏らす。隣に並ぶ、軍帽を被る男はすかさず返した。


「どっかの誰かさんが、戦闘をする必要もなくなったのに攻撃してきたからだよ。クソッタレ」


張り合うように声を荒げると、左肩に開いた風穴がジワリと痛んだ。ラマーズ呼吸法で心を静めようとすると、その肩にゆっくりと拳が振り落とされて、軍帽の男は激痛に耐え切れず、その場にかがみこんだ。


触るに触れない患部に手をかざし、唸る。


そこがまだ建物内ならば良かったのだが――――残念なことに街である。


人通りの多い通りの真ん中である。口論だけならまだしも、流石にこんなことをされてはバツが悪いと、メガネの男は励ますように肩に手を置いた。


だが――――善意でした行動が、裏目に出る。置いた手は男に更なる痛みを追加して、遂には意識を奪ってしまった。


「……強いって罪だなァ」


太陽の差していない方向の青空を見上げる。それから肩をすくめて溜息をついた。


男を持ち上げ、肩に担ぐ。「だらしねェ野郎だ」と愚痴って、『ラウド』は『イブソン』を手近な医療施設へと運ぶのであった。


そうして街は以前と、なんら変わらぬ時の中を過ぎていた――――。

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