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7 ――竜聖院の警備システム――

しんしんと降り注ぐ雨はただでさえ暗い夜を完全な漆黒で塗りつぶしていた。


街灯すらない路地裏。ハイドたちは雨合羽をそれぞれ羽織り、靴をビショビショにぬらしながら闇に紛れて前を進んでいた。


ハイドはバスタードソードに、革の鎧を装備。メアリーと呼ばれるメイスの大男は、柄頭に鉄球、その鉄球に細い鉄の針が釘バットのようについているモーニングスターと、筋肉の鎧を装備。メノウは自身に降りかかる魔法の効果をある程度抑える魔法の法衣を装備するだけ。


他の荷物は無く、身軽である。最も、ハイドはこの潜入作戦で大荷物を要求したのだが、あっけなく却下されて少しばかりムスっとしていた。


「だからさあ、もしものことがあったらどうすんですかって話ですよ」


雨音にかき消されないような声で喋ると、メアリーに注意された。


「少し小声で喋れ……。それと、そいつはもう終わった話だろ? そもそもお前は大剣なんて扱い慣れてないだろ。死にやすくなるだけだ」


「死なないね。選ばれし者は目の前が真っ暗になるだけなんだよ」


「でもジャン君、あなた選ばれてないじゃない」


「た、確かにそうですけど!」


鋭い指摘にハイドはぐうの根もでない。だから叫んだのだが――――少しして、街灯が設置される通りへと出た。


その先、街灯の光の下に、この雨の中でもしっかりとたむろする青年達が居た。どうやらハイドの声が聞こえたようで、ハイドたちの方をじっと見ていて……、目が合った。


暗い中、そう感じることは難しい。だがハイド程度の実力があれば、ソレを判断することはそう大変なことではない。


この状況下で、救いであることが1つ。相手がその事に気づいていない。さらに、魔術師が集まる街であるが、彼らは義務教育終了する前に既に学校を辞めていたのだろう。


「……なんだ、雑魚か」


潜在する魔力の絶対量が、圧倒的に弱い。メアリーがそう口にすると、ハイドが大きく頷いた。


「俺より雑魚っていたんですね。驚きですよ」


「ほら、面倒ごとをおこさないでよ……瞬間移動テレポート


溜息を吐き、メノウは2人の手を握り、魔法を唱えた。一瞬にして姿を消す3人に驚く青年らはどよめきを隠せないまま、ただ呆然と雨に打たれていた。


――――青年達を遥か後方にして移動したハイドたちは、再び真っ直ぐ歩き、やがてたどり着いた。


「……ここがそうらしいわね」


メノウが言った。脇に並ぶ商店が消え、閑散とする、何もない通路。その先、道の奥に佇む、ライトアップされた四角い箱のような建物。


灰色の前面には小さな扉があって、その脇に2人の兵士が立ち、警備にあたっている。


「警備システムは……、あぁ、予想的中ビンゴ。張り巡らされているわ。ココから十数メートル先から半球上に」


「んじゃ、感電しないように気をつけてくださいね」


ハイドはそういいながら、2人の一歩前へ出る。両手を前にかざし、その手の先に魔力を集中させる。


この街全ての魔力を、手の先に集中するイメージ。一点集中型にしなければ敗れない上に、このパーティで魔法の火力が一番高いのは、ハイドの雷槌だ。この作戦はハイドに掛かっているといっても過言ではないが――――ハイドは大した緊張も無いままに、やがて電塊を作り出した。


同時に、兵士が動き出す。暗闇に突然光が灯ったのだ。その光が、同時にハイドも映し出している。ここで動かないはずが無い。


「一点集中、最大出力マキシマム――雷槌トールハンマー


唱えると、魔法が完成。飛べと頭の中で強く考えると、やがてソレは電気の速度で射出した。


息をする間もなく、電撃は魔法障壁シールドを展開させ――――その迎撃システムが発動するよりも早く、それを打ち破った。


甲高い音が鳴る。暗闇の中、透明に光る壁がガラスのようにまって、闇の中に吸い込まれるように消えていって――――数瞬後、四角い建造物が音を立てて、前面に大きな穴を開ける、不完全な四角形へと姿を変える。


同時に、前方で火花が散った。男の唸り声が聞こえて、雨に掻き消えそうな倒れる音が耳に届く。そうしてまた、今度は視界の端で何かが倒れる音がした。


「……早いな」


それはメアリーとメノウ、2人が兵士を倒した証拠。気がつくと傍によって、「さあ行こう」と急かす姿があって、ハイドはソレに頷いて駆け出した。





階段から駆け上がってくる人の気配と足音。そんなものに耳を傾けながら、3人は雨合羽を脱ぎ捨てて装備を構えた。


奥の扉からゾクゾクと兵士が登場し、3人と距離を開けて停止する。


「あまり多くならないところで手を打たないと――――」


メノウが簡単な、状況からみる戦闘作戦を告げようとする。だがソレは、さっさと兵士たちに襲い掛かったハイドたちによって遮られた。


ハイドの一閃。肩から袈裟に振るう剣は鎧を強引に切り裂き、一撃で男を倒す。メアリーの一撃、鎧に穴を開ける打撃は男を吹き飛ばした。


残るは5人。考える間にまた扉から4人が現れた。


ハイドは大きく息を吸う。敵の3人が同時に剣を振り下ろしたが――――横に一閃。剣の腹で男たちを薙いでバランスを崩す。


将棋倒しに転んでゆく3人の頭を蹴り飛ばしながら意識を奪い、さらに襲い掛かってきた1人を切り捨てる。


メアリーも負けじと、一回転してあたりの兵士をねじ伏せていった。


――――ようやく全ての兵士が床に伏せ、増援がなくなった頃。返り血も無いメノウは、肩で息をする2人に回復魔法を掛けた。


「……ったく、近接型魔法とかで手伝ってくださいよ」


「地下に入り込むまで、わたしの作戦は『魔法を使うな』よ。ある程度の補助はするけど、消費の烈しい魔法はまだだせないの」


「ま、その分後半戦でみっちり働いてもらうんだ。いいだろ、それで」


メアリーは『明けの明星モーニングスター』を肩に担いで、扉へと促した。ハイドが頷き、メノウを先へと送る。


しんがりについたハイドは、辺りに注意を向けながら、扉の奥。通路の突き当たりにある階段を下りていった。


「――――こいつァ、酷ェな」


メアリーは思わず鼻を押さえて呟いた。


階下。地下1階のそこは広い通路の両脇に鉄格子こしらえの牢屋が無数に存在している。


さらに――――そこは酷く寒かった。


異様な冷気があり、更に生臭さが鼻腔を刺激する。


嫌な考えが、ハイドの背筋を凍らせる。額から流れる液体は雨なのだろうか?


剣を握る手に力がこもる。腹の奥が緊張でキリキリと、糸を締めるような音を立て始めた。


「ミンチを助け出す作戦ってのは、勘弁してもらいたいんだがな……」


愚痴るように言葉を漏らす。ハイドは思わず、反響するのも構わずに叫んだ。


「うるせぇ! だったら今すぐアンタをミンチにしてやろうか? 仲良くハンバーグにでもされてろよッ!」


「仲良くっつーことは、合い挽きか? 大勢で焼かれるってことか?」


「合い挽きだよ! 合い挽き100%だ!」


――――そんな言い合いの中、突然ソレは現れた。


「そいつは意味がわかんねー。合い挽きは混ぜてんだろ? それのマックスってなによ。割合で示せばなんでも100%にゃあなるが……」


怠そうに口を開く1人の男。薄い暗い照明の中、ハイドたちの前からやってきた男は――――気がつくと、ハイドの腹に短剣を突き刺していた。


「取りあえず、お前が一番ウルセェって事だけは分かった」


魔法を使った形跡が無い。なのに男は、一瞬にしてハイドへと迫り、行動を終了していた。


――――脅威。メアリーとメノウは思わず跳んで距離を取った。


男はそれに応じて、ハイドから剣を抜こうと利からを入れるが、抜けない。なんだ? と手元を見ると、その手は両手でガッチリと掴まれていた。


「俺もわかった。お前が一番強ェってことをな!」


棒立ちのまま、男はその言葉に注意を奪われていた。その笑顔、致命傷に為り得る深さにも関わらず、口元を吊り上げたその顔は迫ってきて――――。


「ぐあっ!?」


頭に鈍い衝撃が、鈍く奔る。だがその割に、視界が歪むのは段違いな速さであった。


「いくらなんでも、一撃でヤられる雑魚じゃあないんでね」


ハイドは頭を抑える男へと、腹の短剣を抜いて転がし、渡す。傷は浅い。革の鎧を着ていたお陰で切っ先は致命傷を与えていなかった。


背後両側。空の牢獄の近くに立ち止まる2人へと叫んだ。


「ここは俺が抑える! あんた等は先に行け!」


メアリーは思わず驚いた。――――自身の仲間を救出するはずなのに、それを誰かに任せ、最も危険であろう敵に立ち向かうハイドの姿がその理由でもあったし、何よりも、そこまで自身らを信用していたという事実も驚いたソレである。


「だ、だけれど……」


メノウは食い下がる。そんなことは承知できないと説得しようとするが、


「俺は新入りだ。新入りはコキ使ってなんぼだ。そうでしょう?」振り返らず、ハイドは息をついて続けた。「早くしないと、前に進む機会チャンスすらなくなるぞ!」


――――男の素早さは脅威である。速度にある程度の自身があるハイドも、メアリーも、その速さには全く反応できていなかった。


だから倒せない、というわけではないが、確実に時間を消費していく。さらに体力も大幅削られるだろう。その間には、本部からの増援もやってくる。


ハイドの言葉は正しかった。だから、メノウは精神的に納得できないその言葉を無理矢理飲み込んで、メアリーの肩に触れた。


瞬間移動テレポート


やがて背後から、2人の気配が無くなる。残っているのは、瞬間移動に使用した魔力の僅かな残り香だけ。


――――少し、計画が狂ったな。ハイドは頭をかきながら、男を見据えた。


ツンツンの金髪に、タキシードを着る男。顔は暗くて分からないが、この強さからして恐らく中々のイケメンだ。


イケメンで強いヤツは天性のモノ。だから、メアリーは努力で強くなったんだろう。ハイドは思わずにこやかに笑った。


「……随分と、舐められたモンだなァ」


短剣を拾いながら男が呟く。「殺すぞ」


粘着炎ストーカーフレイム


ハイドは男に対する返答とばかりに、掌から、粘着性のある炎をはじき出した。だが、そんな炎をやすやすと避けて、男はハイドの後ろに回る。


だが、その炎は元より男など眼中に無かったようで――――その唯一地下へと向かえる階段がある扉。そこを包むように炎が広がり始めた。そこは炎の扉と化す。


「ま、念のためだ。俺を無視されたくないんでね」

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