6 ――仲間入り――
「正直、丸1日くらいはヘコんでもらいたかったがな」
椅子に深く腰掛けるアークバは嫌な笑顔でハイドに言った。
余裕を持って、肩をすくめて笑って見せると少し表情を厳しくさせて、
「いや、正直驚いて居るよ。阿呆のように勇者がどうあるべきか、悩むと思ったからな。だが案外、お前は既に勇者の肩書きを手放しているようだ」
「勇者のせいで、散々存在を否定されてきましたからね。母国で。そりゃ俺だってそれほど馬鹿じゃあない。学びます」
「詰まらんな」
口を挟むものは誰も居ない。だが恐らく、また扉の向こうで『誰か』が聞き耳を立てていることだろう。
一体ここのセキュリティはどうなっているのやら、少しばかりは竜聖院を見習うべきだと思いながら、ハイドは本題に入った。
「それで、俺は組織で活動していいんですか?」
「あぁ。だが勘違いするな。お前は自主的に動ける主人公ではない。飽くまで私の駒だ。ここに居る以上、勝手な行動は困る」
「分かってるよ」周知の事実だと続けて、「んで、仲間の救出の手助けは、どれくらい出してくれるんだ?」
「メアリーとメノウの3人1組だ」
「メアリー?」
聞き覚えの無い、女性の名前にハイドは首をかしげた。確かに、潜入タイプの作戦だが、女性は1人で十分だろうと考えて、それを口にしようとするが、ソレより早くアークバの返答がやってきた。
「先刻のメイスの男だ」
「罰ゲームか?」
「いや、本名だが……。話に戻るぞ。段取りはこうだ」
そうしてアークバはこれからの作戦について話し始めた。
――――一体、この組織はどれ程ハイドを信用しているのか、またハイドは、どれ程この男を信用していいのか、分からずに困っていた。
だが、ある程度の信頼関係ならば取り繕えて居るだろうと、ハイドは考えた。
飽くまでこの男はハイドを『捨て駒』と判断している。ハイドはこの組織を逆に利用しようと目論んでいる。その上での、利害は一致しているために、それ以上どうこう考えるのをやめた。
「――――という訳だ。どうせ悪役なのだ。存分に痛めつけてやろう」
アークバが言うには、こうだという。
――――竜聖院の地下牢は街のはずれ、比較的治安の悪いところにある。そんなところに置くのは、潜入したものに降りかかるトラブルの可能性を高めるためであり、またそのトラブルをいち早く嗅ぎつけて、早急な対処をするためである。
さらに、無事中に潜入できたとしても、中にはハイドが閉じ込められた病室と同じ『Cランク警備システム』が張り詰められ、最下層に近づくにつれ、それは強化されていくという。
看守も一般役員より戦闘技術を鍛えられているために、いくらか手ごわく。下手を打てば所長と出くわす可能性すらあるという。
所長の戦闘レベルは本部の幹部と同等。ハイドと拳を交わした、14階の三白眼のメガネと同じ力を持つという話。
故に、潜入するなら最も手の薄い深夜帯、しかも新月の夜がいいらしい。
そして本題。その状況が整い、最終的に潜入するという判断が下された場合。
まず始めに、ハイドの雷槌で建物を破壊する。1階部分の敵をそれで殲滅した後、メノウの瞬間移動で地下へ。
そこで全火力で殺戮の限りを尽くした後、地道に目標を探していくという作戦。
もし警備システムで最初の行動が不可能になった場合、メノウの強制睡眠で1階部分の敵を眠らせ、隠密行動をとって敵を暗殺していくという作戦。
「最も、救出したところで彼女らの精神がまともだとは思えないがな」
ある程度咀嚼して、自分なりに行動を頭の中で構築していると、アークバは言った。
「なにせ、あの中は男しか居ない。そこに、絶世の美女、戦乙女とも呼ばれた彼女を放り込み、無防備のまま監禁しておくのだ。普通の男なら、そのまま普通に監視していられるか?」
「……、俺は明日、初めて人を殺すことになりそうだ」
そう、明日なのだ。今夜ではないことが酷く残念であったが、万全でない時に突っ込んでも不利なのは明らかであるために、仕方がないと食い下がった。のだが……。
「あぁ。お前はすでに勇者の名は諦めている。人を殺す際のためらいなど、ないだろう? 自身より上の種族の魔族ですら殺せる男なのだから」
「あれは身に降りかかる火の粉を払っただけ。今回も同じだ。魔物だろうと人間だろうと。ひいきはしねェよ。だって俺は『勇者』だからな。飽くまで平等だ」
気がつくと浮かべている、嫌な笑顔。吊り上げた頬の肉をすぐに下げようとしたが、存外に悪くは無いその笑顔をそのままに、ハイドは息をついた。
「それはそうと、アンタの目的はなんなんだ?」
嫌な想像から一転。思ったより落ち着いている自分自身に驚きながら、ハイドは聞いた。
元より、気になっていたことだ。竜聖院は街の維持と治安を守るために、権力者を中心に展開されている。
だがこの魔牢院はわからない。ただ分かることは、漠然とした『悪』であるということである。それすらも人づてから聞いたことであり、ハイドにとっては全くの謎。
だから聞いた。アークバは思いがけない質問だったのか、珍しくその表情を崩して考え込んでいた。
「そうだな……」顎鬚を撫でながらゆっくりと続けた。「発展のため、か。強いて言うなれば」
「発展?」
「うむ。竜聖院は維持することを主点においているために、発展することをやめておる――――前進することをやめた街の終局を、お前は知っているか?」
「平和が続くんじゃないのか?」
ただそう思った。小難しいこと、どうでもいいことには頭の働かないハイドはそう答えると、「違うな」とアークバが悪どく口の端を吊り上げた。
「落ちていくのだ。まッ逆さまに。ひたすらに、滅亡への一途を辿るという選択よ。人と同じだ、進むことをやめた人間には、誰も見向きなどしないだろう?」
「……確かに」
言われてみれば、確かにそうだとハイドは納得した。
発展とは、言わば足場作りだ。津波によって水侵する街があったら、常に高い位置を目指して足場を組み立てなければならない。それはその街で生きていくために、不可欠なことだ。
だが、その足場作りをやめた人間は津波に飲まれて死んでいく。誰も、自分のことで忙しいのに人の足場作りの手伝いなどしたくは無いからだ。
手伝いならまだしも、ゼロからのスタートなんてのは嫌気が差すほどである。
「だから私が代わって街を治めてやろうと考えているのだ。どんな手段を用いて、どのような残酷な結果が予測できようともな」
――――不意に感じた、不安とも、恐怖とも取れない負の感覚。
心寂しいような、だが絶対的な威圧を孕むその声を聞いて、ハイドはなんとなく嫌な感覚を感じた。
何か――――取り返しのつかないことが起こりそうで、だがソレが何なのか、的確なモノがつかめないが故に口に出せず、曖昧な表情で返すしか出来ない。
「……、少し喋りすぎたか。まぁ良い。明晩までは時間を置く。好きなように使え。明日の作戦では、死ぬも生きるもお前次第だと言う事を忘れずにな」
頬を掻き、アークバは机の上の書類に目を落としながら手を払った。言葉と相成って、出て行けという合図だとハイドは理解して、すぐにそこを後にした。
自分の中で変わりつつあるものがあると、気づかぬまま、やがて明くる晩へと時が進んだ――――。