5 ――面接――
「それではこれから戦闘を始めてもらう」
脇に立つイブソンは両手でも、片手でも扱えるバスタードソードを手渡して、後ろへと下がった。
『火竜の剣』もコンくらいの大きさだったなぁ、なんて考えながら、ハイドは天井の照明を見上げながら寝癖がついたままの頭を掻いた。
――――朝、イブソンに布団を引っ剥がれて起床。そのまま服を着替えさせられてつれて来られたのだ。
未だ眠い目を擦りながら、辺りを見渡す。天井はドーム状に丸く広がり、辺りは円く、闘技場のような場所であった。
少し目に掛かる髪を掻き揚げて、大きく欠伸をする。壁の高い位置、そこにはガラスがあって、その向こうにアークバがいた。
そこからマイクでそう言うと、ハイドの立つ正面の扉から1人の男がやってきた。
一見、巨漢に見える男が装備するのは脂肪の服ではなく、筋肉の鎧であった。
ハイドより一回りも大きい男は逆三角形、隆々とした肉体は、タンクトップの上からでも良く分かる。
そして何よりも――――肩に担ぐ重量級のメイスがハイドを圧倒していた。
「お前が新入りか。手加減すんなよ? 遠慮なく、かかってこいや」
筋肉男の割には言葉が幾分か丁寧である。だが、真剣での戦いと言う事が、ハイドにとって少しばかり気がかりだったが、
「それは、殺しちゃっても構わないってことですか?」
真面目に聞いたつもりだが、男はその言葉を受けてキョトンと目を丸くする。そうしたと思ったら、今度は仰け反って大きく笑い始めた。
「――――口は達者なようだ。そうだな、出来るのなら、が俺からの返答だ」
「……了解」
なし崩し的な状況には直ぐに対応できたハイドは、コレは自身の力量を見極める面接なのだと理解した。
――――いくら勇者だろうと、その力が思っていたものより下ならば要らない。アークバはそう考えたのだろう。
そうでなくとも、少なからず1度は、作戦前に力を見ておきたいと考えたのだ。そうに違いない。ハイドは考えた。
男は自分の腕ほどあるメイスを地面について、「来いよ」と挑発して見せた。
確かに、パワー重視の男ならばハイドの速度でも軽く翻弄できるだろうが――――ハイドは何やら不穏な空気を感じた。
「火達磨」
ハイドは剣を片手で構えながら、もう片方の掌を男へと向ける。そうして紡いだ呪文。掌からは丁度良い大きさの炎の弾が発射。次いで直ぐに、その一回り小さいものが飛んでいった。
左右に広がり飛ぶ炎は、だがたった一つの目標へと飛んでいく。凄まじい速度で飛来するソレを交わせるはずも無い男は、ゆったりと、メイスで叩き落そうとソレを握る。
迫る火弾。時間はゼロに等しい。
ハイドは目を開いて、着弾した炎が男を焼き尽くしていく様を想像していたのだが――――次の瞬間。
同時に迫った火球が、横なぎに振るわれたメイスの一閃に弾かれた。同時に、ハイドへと熱風がそよぐ。
鼓動が高鳴った。――――舐めて掛かると痛い目にあうぞと、本能が察したように。
無論、油断する気はないし、油断する余裕もなかった。なぜならば、それをきっかけにして男が迫ってきていたからだ。
轟速、見た目に相反する速さを持つ男は、飛び上がってハイドへとメイスを振り下ろした。
通常のメイスにしては少しばかり長いソレ。避けるには間合いが広く、その行動をしていたら間抜けにも攻撃を受けてしまう。
即座に判断したハイドは男へと、切っ先を向るように構えた。まっすぐ、胸の辺りを見据えて。
男はそれを見て舌打ちをし、メイスで剣を叩く。甲高い金属音が辺りに鳴り響いて、その重い衝撃が腕を痺れさせた。
白刃が地面につく。同時に降り立った男は再び振り上げたメイスを思い切り降り降ろした。目標座標はハイドの背中。背骨ど真ん中。
空気を切り裂く気配を感じて、ハイドは地面を転がりそれを回避。直後に地面を強く叩く衝撃が、そこを通して全身へと伝わった。
立ち上がり、剣を構える。早くも呼吸を乱しているハイドに対し、男は薄い笑みを浮かべ、余裕を保ったままメイスを肩に担いでいた。
「すばしっこいなァ。正々堂々と戦えないのか?」
ジリジリと歩み寄る。ハイドは同じ歩幅を下がりながら返した。
「アンタと力比べなんて、ごめん被ります。まともな人ならしませんよ、そんな事は」
「俺はしたいな。久々に、骨がありそうだから」
情けなく避けまわっている姿を見て、そう感じたのだ。この男は。舐めて掛かると、ホントに痛そうだ。
ハイドは胸中で呟きながら、柄を握る手を肩の位置まで引き上げた。
「なら、受けてみましょう」
駆け出す。相手も同時に走り出し――――直線、交わる点でその剣とメイスが交差した。
全力を振るった剣の腹にメイスの頭が叩きつけられる。ハイドの手から弾かれた剣は、宙をクルクル回りながら背後へ。
剣を抜けたメイスはさらにハイドへと襲い掛かるが、武器を失ったハイドはそのまま男の懐へと入り込み、腰を落とし、腕を取る。
勢い良く前へと屈み込む動作を利用して、一旦自身の背に体重を乗せて――――そのまま腕を支点に男を投げた。所謂、一本背負いである。
そのまま受身も取れず、衝撃も吸収しない人造石の地面に背中から叩きつけられた男はメイスを手放し、痛みに唸る。
その隙に剣を拾って、ハイドはまた距離を取った。
――――男はやはり、タフである。それから1分と経たずにまた武器を手に、ハイドの前に立ちふさがるのだから。
「ほら、力ならアンタの方が上だ」
肩をすくめて言うと、男は先ほどまでの笑みを消して、ハイドを見据えていた。無言、いわゆる無言のプレッシャーというヤツだ。
口にした言葉を飲み込みたくなってくるが、ハイドがそう後悔し始めた頃に、男は口を開いた。
「面白ェな。戦場での命である剣を簡単に捨てて、捨て身覚悟で徒手空拳か……、いやぁ、真似できねぇ」
ニカっと笑い、頭を掻く。さっきの痛みをもう忘れてしまったように、男は片手でメイスを構えると、
「だが、お前も、コレ真似出来ねェだろ?」
地面をそれで、強く叩いた。
酷く手が痛そうに見えたが――――地面をぶん殴った部分から、ハイドへと繋がる直線状に、凄まじい速度で地面が浮き上がって迫る。
モグラがその下を張っているのではと疑うようなその現象に、身動きを奪われていると、やがてソレはハイドの足元へとやって来て――――地面の人造石が変形。
人の手の形へと再構築されたソレは、瞬く間にハイドの腹を打ち抜いていた。
勿論大きさは規格外。人の手の大きさではなく、ハイドの等身大ほどなので、吹き飛ばされるのは至極当然のことであった。
勢い良く吹き飛ばされるハイドが停止するのは、背後の壁に叩きつけられたためである。
口から血が吐き出された。ビッタリと潰れたカエルのように張り付いてから、やがて地面へと落ちる。
武器はどこかへと落としたようだった。そして――――顔を上げると、直ぐそこに男が居た。
「続けるか? 諦めるか?」
低い声。下を向いているからであろうその低さに、少しばかりの恐怖を感じながら、ハイドは即答した。
「続けますん」
「いい返事だ」
がちゃんと音を立てて、顔の横に剣が落ちた。
「だが念のために、次倒れたら終わりだ」
――――どちらかというと、”続けません”の意味が強かったのだがと、ハイドは心の底で愚痴りながら剣を拾う。
体中が痛かったが、まぁ男と大した差は無いだろうと考えて、
「それじゃあ、俺が有利になってしまいますね」
「……? なんでだ?」
ハイドは口の端を吊り上げた。
――――その瞬間、観覧席に居るアークバとメノウ、そして秘書の空気が変わった。
窓に張り付いて見下ろすメノウに、そこまではいかないが、良く見ようと立ち上がるアークバ。その背後から、全体を確認する秘書の全てが、ハイドに注目しているとは、ハイド自身気づいていない。
無論、そのはずである。ハイドはただ、『ノッて来た』というだけなのだから。
「だって、アンタは俺を叩きのめすのは2度目と面倒だが――――俺はたったの1回だ」
「ほう」男が低く腰を落とす。「やっぱ面白ェな、お前」
――――男が言い終えると同時に走り出した。ハイドも同じく、壁を蹴って男へと急接近する。
数瞬、あるいは次の瞬間には激突するという速度を持つ2人は、だが交わることが無かった。
男が大きくメイスを振るったのだが、それは空を切り裂いた。なぜか、それはハイドが突然消えたからである。
何処に行ったか。男はその背後に気配を感じて、メイスを振るいながら振り返るが――――その首に、鋭い鈍痛を感じて、バランスを崩す。
視界が歪み、膝が折れ。そうして済し崩すように地面に倒れていく男は、一本背負いの時とは違い、弱々しさを見せるようであった。
ソレもそのはず、ハイドは男を気絶させる勢いで首筋に剣の柄尻を叩き込んだのだ。
だがやはり、この男はタフなもので、倒れるだけに終わる。
「やれやれ」ハイドは息をついて、剣を床に置いた。「これで俺の勝ちでしょう?」
瞬間移動で背後へと回り込み、首を叩いて倒れさせた。これで確かな評価はでるのだろうか。
しっかりと、ド派手に戦って居ればよかったのだが、いかんせん、朝っぱらからそんな力は出ないし、そもそも派手なだけでこの男は倒せそうに無いのである。
だから、良い結果でも、悪い結果でも、ハイドは別にいいやと、軽く捕らえながら、男へと手を差し伸べた。