4 ――精神《こころ》が不可視《ステルス》状態な王様――
「……厄介払いというヤツですか」
「いくらかネガティブに物事を考えるのを止めておくほうがよいのう」
跪き、顔を上げて言葉を吐くハイドに、王は困ったように顎鬚をなでた。
「リートからの手紙での、『見聞を広めさせてはいかがでしょう?』とあってな。確かに今のお主は、必要なき勇者の力をもてあましている。最も、正確には『行き場のない力』だがな。そして、そのままではお主は世界を知ることなくこの国で腐っていくばかりだ。だったら、故郷を離れて世界を知るのが良いのではないか? と」
一気にそれだけ言って、王は1つ息を付いた。
割と歳を食っているので喋るのだけでもやっとなのであろうとハイドが考えていると、すぐさま次ぐ台詞が放たれる。
「勇者以前に1人の国民であるお主に拒否権はない。旅立ちの準備と、身辺整理に時間を一週間与えよう。そうしたらまたここに来るが良い」
「もし旅の中で俺が死んだら?」
真剣な表情で言い終えた王に、少しばかり茶化すように、思い浮かんだ疑問を口にすると
「勇者の血が絶える事になるだろうな。最も、お主の両親が子を作るか、お主自身が子孫を残しておくかすれば解決する。おぬしが聞きたいのは、『血が絶えたらどうなるか?』という事だろうが――――まぁ、変わりはせんだろうな。世の中は。お主は確かに強い。底が知れぬほどだ。だがいつの日か、また新たな魔王が現れたとき、その時に適正する、勇者に代わる新たな勇者が現れるだろうて」
「って事は、俺が旅立つのは人として一回り大きくなって子孫を残すとかそういうわけじゃなくて、結局、迷惑だから出てけって事じゃ……?」
「……ポジティブな思考を口にしてみろ」
「俺の為に国が旅立ちを見送ってくれるんですね」
「つまりそういう事じゃ」
「オトナは嘘ばっかりだ!」
王の発言が終え、間も無く叫ぶと、ハイドはそのまま背を向け、駆け出す。瞬く間に玉座の間から姿を消すハイドの後姿を見ながら、王は大きく溜息をついた。
「最近の若者はわからん」
王は手に取るリートからの手紙を、近くの衛兵へと手渡し、玉座から立ち上がった。
「少し風に当たってくる」
ゆっくりと足を進め、紅い絨毯を踏む。その両側に2人の近衛兵がそれぞれついていく。それを遠目に見ながら、手紙を渡された衛兵はソレへと視線を落として――――思わず、息を呑んだ。
「……これは――――」
渡された紙には、王が先ほどの台詞に値する文字は何一つとしてなく――――それは真に相違いない『紹介状』であった。
要約するとそれは『暗殺計画』。対象が誰であるか直接書かれては居なかったが、誰がどう読んでもこの国の王だと分かる。
なぜこんなものが――――、兵士はそう考えて、思惟する。
リートがハイドを旅立たせるために王へと手紙を書いても無駄なので、さり気なくハイドを危険人物認定させて国から追い出させるため。
それか、本当にこの暗殺計画は依頼として舞い込んできているが、それを依頼主へと渡さず国王へ見せる事で、警戒を促すためか。
後者の場合は、だったらなぜ有力なボディーガードに為り得るハイドをわざわざ国外へと通報するのか? という疑問が残るため、恐らく前者だろうと、兵士は考えた。
――――実際には、兵士の考えたソレは全て外れている。それは、兵士がまだ無知であるからだ。国民から国民へ、あるいは仕官、大臣へと向けられる手紙の大部分は一般的、常識どおりの文法を使用して掛かれるが、王へと向けられたものは違う。
それはどんな些細な内容であっても、王への手紙は機密文書扱いになり、暗号で書かれるのだ。
国王に関する一切の情報が流れるのを阻止するためでもあるし――――それは、国王が常に大きな問題を抱えているのだと、読んだ者に錯覚するためでもある。
そうすれば、国王は常に疲弊しているという情報が広がり、暗殺しようと言う輩がやってくる。だが実際には疲れの「つ」の字も知らない王は、軽々と返り討ちにすることが出来るのだ。
それ以外にも多々、理由と、その利は存在する。
だが1つ、簡単に言うと――――王は自身を守る部下にさえ、何一つとして理解できない人間であるという事であった。