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2 ――世は並べて事がある――

とある施設の地下3階。個人収容施設に2人の女が入れられていた。1人は成熟した大人の女性。黒く長い髪を乱れさせ、エルフ族特有の長い耳を力なく垂れさせて、裸に長いローブを羽織るだけの姿で壁に貼り付けられていた。


そしてその脇にまた1人、まだ大人の階段を上り始めたばかりの少女。目は赤く腫れ、うなだれ、華奢な四肢を力強く金属の固定具で、同じ格好のまま壁につながれていた。


2人の間に会話は無い。だが決して、互いを嫌っているわけではなかった。


会話による無駄な体力消費を抑えようとの事。2人はただ狡猾にチャンスをうかがっていた。


人が来るのは1日一度、質素な食事の時間。この街に来てから幾度の食事となるだろうか――――ノラは微かに考える。


ハイドさんは無事だろうか。既にわたしたちの知らぬ所で処刑されていないだろうか。あのひとに一番はむかったのが彼だ。そうされても仕方が無い。


だがシャロンさんがまだ命をつないでいるのだ。何者かの弁護があって今まで時間を稼いでいたとの情報も、時折耳に挟んでいる。


生きていない、はずが無い。どちらにしろ彼は最期まであきらめないだろう。そして――――わたしたちを忘れたまま死ぬことは無いはずだ。決して。





放った拳は先ほどまで男の顔が会った虚空を貫いた。三白眼が鋭くハイドをにらみ、突き飛ばされてハイドはわずかに宙に浮く。


その瞬間に、顔面へと飛来するハイキックが外れることなく、直撃した。


思考が消える。あらゆる算段が無に帰した。地面にたたきつけられる衝撃も知らぬ間に、ハイドは床へと伏せている。


「こんな程度のガキに手間取っていたのか? 貴様ら全員、クビ――――」


言いかけた瞬間、男の足元から電撃が振りあがった。『雷槍トライデント』。ハイドの魔法であった。


男の不意をつくソレは、見事に腹部を貫いた。背中から顔を出し、雷槍はそのまま天井に穴を開けて姿を消す。


仰け反って、だが倒れずに踏みとどまる。男はハイドを見下ろそうとするが、床に探し者はなかった。


「この程度の俺に一撃をもらったのか?」


距離は0。すぐ後ろから苦しそうな声が聞こえた。


男はそのまま肘を勢いよく退くが、それはハイドには当たらない。ハイドはいじめられっ子をいじめる様に男の尻を蹴り飛ばし、役員の輪の中へと入れてやった。


――――先ほどの魔法で魔力もほとんど無い。残っていても瞬間移動を1回分くらいだ。体力もそう余裕のあるものではない。この男を完全に無力化することはおろか、振り切って逃げること自体が不可能だろう。


時間を掛ければ掛けるほど追っ手が来る。役員は雑魚という位置だが、決して弱くは無い。


これがシリアス展開というものか――――ハイドは1つ、息を吐いた。


両手を肩の位置まで挙げて、手のひらを男に見せた。――――それは誰がどう見ても、降伏の印。


男の頬が僅かに上がった。ハイドの鼓動も僅かに上がる。息もあがった。何もかもがアゲアゲだ。


「降参する――――とでも思ったか?」


つられてハイドも頬を吊り上げた。おそらく、自分がされたら一番嫌な笑顔を作ってみせる。


相手に隙を生む。降参する間際が、敵の一番油断するところだとハイドは考えたからだ。


そして、それは事実だった。ハイドに魔法を紡ぐ隙が与えられたからだ。


瞬間移動テレポート


人の壁の奥。通路の壁、全面ガラスの景色の――――ビルの屋上。そこを見ていた。


やがてハイドはその場から姿を消す。男の手よりも早く、そしてハイドがなんと言ったのか、役員が理解するよりも早く。


竜聖院最高司令官室、兼、ウィザリィ最高責任者責務室のそこには、気まずい空気だけが残っていた。




――――空気が肌を突き刺す。妙に強い風を全身に受けながら、ハイドは目の前の巨大なビルを見上げていた。


天を突く摩天楼、そう表現しても差し支えないほどの高層ビル。ファンタジーな世界には不似合いな、SFチックなビルは何もそこだけではなかった。


竜聖院本部とまでは行かないが、それに順ずるビルも沢山ある。大通りの脇に壁の如く建っている。


ハイドが屋上に立つこのビルも、その1つであった。


「武器を忘れてしまった」


ハイドは本部からは見えない位置、給水塔の陰に隠れて腰を下ろした。正確には力が抜けてしりもちをついたのだ。


「武器も無い、魔力も無い、仲間も居ない。手がかりも無い。元気も無い、力も無い」


無いものは無い。あるものはごく少数だというのだから始末が悪い。


「しかし、メノウという奴は何者だったんだろうな」


おそらくは、油断させて捕獲する作戦の1つ。色仕掛けもかねているのだろう。


だが仮に、彼女の言葉が本当ならばどうなるのだろうか。命令違反、反逆罪にも匹敵するのではないか。


そこまでして自身を助ける理由――――おそらくだが、無い。


ならば、ハイドは空を見上げる。身にしみる明るさを網膜に焼き付けながらつぶやいた。「スパイか」


「ご名答」


直ぐ上から声が聞こえた。びくりと体がはねて、フェンスも何も、自殺抑止素材がない屋上から落ちそうになりながら、ハイドは上を見上げた。


風にはためくスカートの中は大人ぶった黒であった。


ハイドは女性物下着を睨み、歯を食いしばる。


「俺を、どうするつもりだ」


彼女はそれを恥じた様子も、隠すそぶりも見せずに返答した。


「貴方に復讐心があるのなら、手をさし伸ばして道を作ってあげるの。待遇はいいわよ? 人員不足だからね」


給水塔の鉄片から飛び降りて、彼女はハイドの隣に着地する。そして、手を差し伸べた。


その姿は一見、ダンスのお誘いをする貴人のような優雅さがあって――――ハイドは少しばかり躊躇いながら、その手を握る。


道は無い。個人でどうこうできるレベルの話ではないのだ。だから、敵だろうと味方だろうとかまわない。掴んだこの手を、離さなければいいだけなのだから。


――――メノウはその返事に満足したように微笑んで、やがて呪文を唱えた。


瞬間移動テレポート


使用頻度の高いその魔法は、またもやその場から姿を消し去った。



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