第7話『ハイド=ジャン』
翌日、ハイドは目を覚ます。体が異常に痛かったので回復魔法を発動させた。
本来ならば起こらないはずの淡い光が、すぐさまハイドの体を包み始める。傷は治っていく。ハイドはソレを見てうなずいた。
――――この部屋は二重の仕掛けとはなってはいない。今までは、魔法が扱えなかった。その代わりに外との行き来が自由であった。
だが今回は、ソレが出来ない代わりに絶望を与えるお仕置きが追加された。しかし魔法が使えるようになった。
これは非常に大きな得である。
やがて傷も完治して、ハイドはベッドから降りた。カーテンの無い窓からは明るい日が差している。
時計が無いので時間が確認できないが、まだ朝もそう遅くは無い時刻だろう。
だからハイドは”脱獄”を試みる。
相手が、こんな朝っぱらからそんな派手なことをするほどの馬鹿ではないだろうと、ハイドの事を高評価していると踏んでのことだ。
――――ハイドは鋭い割には存外に低脳である。ユーモアがあると言い換えても、その真面目さとユーモアさの割合は酷い。
「さて、開錠テクニックで脱出するか」
ハイドは扉の前に立ち、鍵穴の無いドアノブを眺めてからきびすを返した。
そして部屋の真ん中辺りでハイドは逆立ちをした。倒れた足の先に、何かヒントが隠されている、と。
だが勢いあまってそのままハイドは倒れてしまう。足はベッドの下を向いていた。
その昔、ストーカーが包丁を持ってベッドの下に隠れていた。そんな都市伝説を思い出してハイドは早速ベッドの下にもぐりこもうとするが――――そこに隙間は無かった。
完全なる据え置き型。木製の棺おけじみた箱の中にマットレスを詰めて、その上に布団やら何やらを載せたベッドなのだ。
ハイドはめげずに、また扉のほうへと振り向いた。
「だったらさ、この魔法を上回る魔法を撃ち放てばいいんじゃね?」
言いながらハイドは両手を前に、そして手のひらを重ねた。魔力をその手の先に集中する。
魔力の波が部屋中に広がり、それが一気に収束していくような感覚をイメージしながら、ハイドは集める魔力に、属性の性質を加えていく。
無属性やら、炎属性やら。そんな属性を付加することによって、魔法は完成するのだ。
それ以上の詳しい理論をハイドは知らなかったが、ただ1つ、それは強い妄想によって具現化すると認識していた。
――――自身が感じた、激しい稲妻。数秒と持たずに意識を手放すほどの暴力を、さらに増幅させる。
体の中に保っていた魔力が見る見るうちにその絶対量を減らしていく。だが、部屋の中は一見平穏そのもの。
違うことといえば、ハイドの構える手の先で電撃がバチバチと音をかき鳴らしているくらいだった。
「一点集中――雷槌」
巨大な電撃の玉が、その言葉とともに射出された。空気を渦ませながらソレは飛来。瞬く間に扉へと到達した瞬間――――一瞬にして、その扉を守る防護シールドが展開された。
刹那。電球が勢いを殺される。ほんのわずかに、マラソン中に向かい風を受けたように。
停止する、その間。天井と床から、すかさず電撃による制裁がやってきた。――――それにより、雷槌は強化。
あと一押し程度で突破できる防護シールドは、仲間が敵に塩を送ったことによって、あっけなく破壊される。
妙な感覚を持つソレは甲高い音を、電撃の炸裂音の中に響かせ、ガラスのように宙に舞ったかと思うと、それは霧散するように消えていった。
――――扉ははじけとび、道が開く。雷槌はそれだけにとどまらず、正面の壁に大きな穴を開けていた。
「よし、出――――」
警告アラーム。辺りが赤く点滅し始める。ハイドの声は緊急放送の機械的な声によってかき消された。
『8階個人医療施設、13番号室に敷かれていた警護トラップ破損。要因は内側からの魔法による攻撃。使用魔法は特定不可。魔力はトラップより少量であったが圧縮により――――』
声が移り変わる。ハイドはあわてて廊下を駆け出しながら、その声を耳にしていた。
『近くの役員はすぐに現場に駆けつけろ。目標はすでに13番号室からは離れている。西、東4番通路に急げ』
しわがれた声が、なれた風に命令を下す。それと同時に、ハイドの目の前に帽子を目深に被り、手に警防を持つ男が2人やってきた。
「止まれ! 止まらないと酷いぞ!」
男が叫ぶ。まだ慣れていないのか、はたまた緊張しているのか、ソレはどことなく逃げ腰だった。
「止まるといわれて止まる馬鹿が何処にいるってんだよ!」
ハイドは速度を落とし、足を止める。そして魔法をつむごうとすると、
「俺の目の前に居る!」
2人の男が襲い掛かってきた。やれやれと、息をつきながらハイドは魔法を発動させた。
「雷槍トライデント」
広げた両手、そこから一筋の稲妻が男たちの胸に目掛けて穿たれた。まさに光速。見事に胸部を撃ち抜かれた男は、そのまま床に、スローモーションで倒れていった。
「べ、別にお前らに止まれって言われたから止まったわけじゃ無い。魔法を――――」
つむぐためだ。言おうとするが、すぐ後ろから追っての気配を感じたので、ハイドは再び逃げ出す。
雷槍トライデント。現存する武器からのイメージをそのまま魔法にしてみた、創作魔法。
ハイドは炎属性の魔法を好き好んで使うが、別段得意というわけではない。別にある得意魔法は、裁きから絶対正義を連想させる、雷属性の魔法であった。
「止まれ!」「止まるか!」
後ろの男たちに即答して、ハイドは目の前にやってきた、この前の十字路を右に曲がる。
本当はまっすぐ進みたかった。だが体が言うことを利かなかったのだ。
――――曲がった先。そこには既に人の壁が出来上がっていた。