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8 ――鳴かぬなら 泣いて見せよう 情けなく――

その不安は果たして現実のものとなる。


告げるのはソウの口からであった。


「つい先ほど『傭兵シャロン』の処刑の日程が決定した。現在より14日先の――――」


「ちょっと待てよ。お前、何言ってんだ?」


ある日の夜。なぜか自然治癒を強いられて大分経ち、傷もいい加減になって来たそんな日のこと。


ソウはまるで、それまでの不確かだった予定が確実なモノになったと、ただ事務的に報告するように口を開き、そんな虚をつくような台詞を紡いでいた。


理解できないハイドは、そう聞き返すことしか出来ない。そこで、ソウはようやく説明不足だったことに気がついた。


「お前が気を失った後の話だ」


――――『アオ』と呼ばれる、ソウジュの妹分に瞬間移動をしてもらい街の中へ。それから直ぐにやってきた、竜聖院の衛兵にハイドらを受け渡そうとした際にシャロンが暴走。手足に致命的な怪我を負ったまま暴れ、兵士数十人をなぎ倒した後に力尽きたという。


その後は魔法により傷を完治し、牢屋にノラもろとも放り込まれたという話。


「本来ならば自然治癒で元通りにするのが理想なんだが、傷が傷だったものでな。そして、街の人間の不安を取り除くために、シャロンの処刑を決定した。処罰だけで済まなかったのは死者がでた為だ」


しれっと言いのけるソウに、ハイドは思わず口を割り込ませた。


「元々言えば、お前が勝手に勘違いして襲い掛かったからだろうが。なのに、何でテメェは何のお咎めもないんだ? 身内びいきか? あぁ?」


立ち上がり、胸倉を掴む。怒りに任せてすごんでは見るが、身長の高いソウには全くといっていいほど通用していなかった。


「街の人間はその事を知らない。言ったが――――『街の人間の不安を取り除くため』だ。街人にとっては我々が正義であり、お前たちが悪になる」


ソウは手を振り払いながら、背を向けた。余裕のある後姿。どこからでも掛かってこいと言いたげな背中を見せるソウに、ハイドは迷わず襲い掛かった。


強く地面を蹴って、低い姿勢のまま、足払いを掛けようとするが――――引っ掛けた足が、鉄の棒のような頑丈なソレに弾き返される。


そのまま地面を転げるハイドの腹に、ソウが鞘の底を押し付けてきた。


傷口が開き、包帯が血に滲む。内臓や骨は再生したが、結局傷があるので痛みは引き続いているのだ。故に、痛いのである。


ミシリと骨が鳴った。嫌な感覚に、唸ったままのハイドは鞘に手を掛けようとするが、掴む前に引かれ、行動は未然のうちに終了した。


「傷が回復するまでは部屋を出ることを禁ずる」


扉に手を突いて、ソウは何かを呟いた。呪文を紡ぐような呟きは、実に呪文を紡いだようで、扉についた手から魔方陣が浮き上がる。


それは波紋のように部屋中に浮き上がっては消え、綺麗なイルミネーションのようであったが、ハイドはそれを楽しむ余裕が無いまま跪き、やがて扉の外へと消えてソウの姿を見送った。


ガチャリと、扉が閉まって、その他にまた音が鳴る。施錠でもしたのだろう。ハイドは舌打ちをしてから、その扉に向かって再び駆け出した。


ある程度、部屋の広さに対して勢いがついて来たところでハイドが、また大きく跳び上がる。拳を構えて宙を滑り、やがてハイドは扉を強く殴り飛ばすが――――殴った物体は何かに保護されているようだった。


妙な感覚。手ごたえの無い、硬いゼリーを殴ったような感触が拳に伝わった直後。


目の前の扉に、魔方陣が展開ひらいた。


ハイドの等身大ほどある魔方陣ソレは紅く輝き、床にまで達する。何重かの輪、それに何百と記される魔法文字で構成されたソレは内輪を回転させて、呪文を発動させる。


ハイドの頭の先と、足の下。つまり、天井と床に、今度は蒼い魔方陣が展開されて、そこから蒼白い糸が迸ったと認識した瞬間――――その両極端からは凄まじい電撃が放出された。


鈍器による衝撃にも似た感覚。一瞬にして意識を剥ぎ取る暴力。全身の機能を根こそぎ奪う電撃は、ハイドの失神と共に消失する。


ハイドは床に倒れ、音を立てる。こげた匂い。肉の焼ける臭気によって、ハイドは直ぐに意識を取り戻しては見るが、どうにも身体が上手い具合に動かなかった。


「体のいい牢獄だな、ここは」


吐き捨ててハイドは立ち上がった。


ソウが仕掛けたこの魔法は、衝撃によって『お仕置き』を発動させ、相手を無力化したところで消える。質の悪いものだった。


否、ソウは確かにある程度の魔法は扱えるようだが、ここまで大掛かりのものをあの短時間で完成させることができるはずがない。故に、元より備えられていた仕掛けだ。


ソウはソレを起動させただけ。恐らく、施錠もそれに関係するのだろう。


今まで鍵はなかったのだから。


――――ならば、出口はどこにある? そう、ここしかない。


「……うっひゃあ」


思わず声が漏れた。フカフカのベッドを踏んで見下ろす外。街頭に照らされて道を歩く人が掌サイズに見えるくらいの小ささに見える。


そこから見るに、この場所は確実に高層である。だが――――ここしかないのだ。


ハイドは掛かっている窓の鍵に手を掛けて、開錠しようと力を込めるが、開かない。


可笑しいなと首を傾げる。そしてまた力を込めるが、まだ開かない。長い間空けていなかったビンの蓋のように頑固なそこは、漏れなく魔法の影響を受けていた。


外は暗い。脱出するにはいい塩梅だろうが――――。


「今日はとりあえず、寝ておこう」


ハイドはベッドから降りると、部屋の電気を消して、布団に潜り込んだ。


一度寝れば体力が全回復する。そんな幻想を抱いて――――。

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