6 ――単独行動に向かない男――
食事が運ばれて来るというところを見る辺り、どうやら自分は優遇されているらしいとハイドはにらんだ。
だが安静第一ということで基本的に外出は禁止。個室の出入り口付近にはトイレも風呂も設置してあり、さらに冷蔵庫には食料飲料水がある程度補充されているので出歩く必要は無いと、ソウに言われていた。
もちろんハイドも、傷が治っていないので出歩く気はさらさら無かった。魔法で治せば早い傷を、何故だか自然治癒に頼って治すために、当分はこの病室を抜けられそうに無い。
だが――――そんな日が数日も続けば流石に飽きが生じてくるというものだ。
事務的な説明以外はソウは無口な上、1日一度、様子を見に来る程度にしか訪問しないし、医者とも特にこれといった会話も無い。
置いて行った小説や魔導書、剣術の技術書なども徹夜で読んでしまった所為でもう無い。
そして、傷の割には力の有り余る体はソウとの戦闘を忘れないうちに自分の戦術に組み込みたいと、今にも暴れだしてしまいそうなほどウキウキしていた。
「……気配は、無いな」
だからとある日の夜中、ハイドは病室から抜け出す作戦を決行する。
目が覚めた当初よりは幾分か傷はふさがってきているから、ある程度の衝撃なら痛みも無い。
魔法が扱えなかったのは、あの病室に特別な力が加わっているかららしい。ソレを裏付けるように、ハイドは回復魔法を予備段階にまで発動させることに成功していた。
だが、建物を出るまでは発動させることは出来ない。どこに、どれほどの力を持ったものがどのくらい居るのか、分からないからだ。
そして、全員がハイドの存在を知っているとも限らない。下手をすれば魔牢院の人間と勘違いされて捉えられてしまうかもしれない。殺されてしまう可能性だってある。
そんな危険を犯してまでハイドが外へ出る理由は――――。
「そこのお前、少し止まれ」
冷たい言葉が、不意に背中へと投げられた。足音も無く、また気配も無い。だが確かな声の反響が、長い廊下にはあった。
突然のことにハイドは驚き、筋肉を硬直させる。ギョッとして、縮み上がるハイドは逃げ出すことも出来ずに、その場に立ち尽くす。
薄暗く、壁の足元に一定の間隔を置いてつく明かりだけが頼りの廊下で、ハイドは早速チェックメイトを打たれていた。
「どこの負傷兵だ。所属部隊名と専門とする魔法武器を言ってみろ」
男の声だ。若くも無いが、老いたという風も無い。おそらく中堅レベルの警備兵だろうか。
一度、緊張のあまりに心臓が大きくドクンと大きく跳ねてからどうも落ち着かない。血に混じって流れる緊張が指先に伝わり、ジンと痺れを送った。
口がカラカラに渇くので、唾を飲み込んだ。喉を鳴らしてから、ハイドは震えないように注意して、声を出した。
「ネック隊に所属おります。魔法武器は魔法剣『イグニットブレイガー』を専門としているでございます」
すると、「なるほど。あぁ、了解した。疑って悪かったな」男は言いながら、軽く肩をたたいた。
ちなみに、ハイドが口にした情報は全てでっち上げた情報で、時間稼ぎにもならないものだったのだが――――驚くことに実在したらしく、男はにこやかな声で続けた。
「そういえば、今は何時だったかな……。すまないが、何があっても常備を規定とされている銀時計で確認してくれないか?」
嫌な空気が流れた。ハイドは心の中で舌打ちをする。
この男は、ハイドが関係者でないことを最初から見抜いていたのだ。だが、それにわざと気づかぬ振りをして、ハイドをもてあそんだ。
「貴官は持っておられないのですか? 規定を破るのは懲役モノだと記憶しておりますが」
ハイドはそれを知ったことかと、意地でも兵士になりきった。自分から敗北を認めたと口にしたくはなかった。
ただでさえ、ここの所負け続きなのだ。舌先くらいは勝ちたいものである。
「代えがまだ届かなくてな。壊れてるモノでも持ち歩かなくちゃってのは、面倒な話さ」
どうにも、演技には見えないくらい、試しているとは思えないような口ぶりは、少しばかり本音を孕んでいるらしい。
「しかし”銀”の効力で我々前線に立つ兵には役に立っております。たとえ壊れていても、です」
「ほう」男は顎を撫でて聞いた。「どうに」
「魔法力が上昇し、さらに敵兵との区別が容易につきます。壊れていなければ方角を知る道具としても扱え、兵個人の能力にもよりますが、硬質故に盾としての使用も可能であります」
口からでまかせだ。どれもこれも、全ては元よりある知識や経験からの憶測。論理的に考えた結論を状況にあわせて述べているだけに過ぎない。
だが、男は感心したように唸っていた。
「その頭の回転に免じて今回は見逃すが、月が頭頂に達する前か、傷が悪化する前に戻れ。本来は、夜中の出歩きは禁止なんだがな」
「……はい」
いきなり素に戻る男に、ハイドはただしょぼくれた返事しか返せなかった。その後、色々と少しばかりの条件を付け加えられて、男は手に持つ懐中電灯を点灯させて、きびすを返して闇の中へと消えていった。
再びあたりは静寂に包まれていった。ハイドは大きく息を吸ってから、探索を続けることにした。