5 ――魔術師の集まる街――
「最期に言い残すことは?」
斧は一番高い位置へと上る。男を上回る腕力で戦斧を持ち上げるシャロンは平然とそう聞いた。
1つの呼吸をおいて、「この少年の、名は……?」
「ハイド。ハイド=ジャンよ」シャロンは冷めた顔で続けた。「あなたは?」
「俺、は――――」
「爆術、第2之式『乱れ花火』」
俯いたまま口を開く男をよそに、ノラの傍らで声が空気を震わせた。
ノラは驚いて弓を、倒れているはずの女へと向けるが、すかさず放たれた蹴りに弓を手放し――――直後、シャロンの手元で爆発が巻き起こった。
耳をつんざくく爆音が響き、続けてシャロンの腹が被爆する。そして右手、右足、左手、左足。四肢を爆破され、シャロンは斧を手放しながら、地面に吸い込まれるように倒れていった。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
女はノラを蹴り倒して、男へと歩み寄る。男は立ち上がり、刀を拾い上げながら言葉に答えた。
「それより、この者らを縛り上げなければな。魔牢院の手の者かもしれない」
「それは大丈夫だと思うよ」
「……?」男は妹を名乗る女に、疑問を投げた。「それは何故だ」
「この人たちは鉱山都市でドラゴンとか魔族を倒してた人たちみたいだから」
そんなことよりも、男がこの場に駆けつけてきたことが嬉しいと、語り始める女の傍で男の中の罪悪感が全身を蝕みはじめていた。
「少し――――待て。ならば、何故こいつ等に手を出した?」
四肢の、手首辺りから骨を露見させ、唸りながら呆然と立ち尽くすシャロンや、血を流しながら倒れるハイド。シャロンの傍らで回復魔法を掛け続けるノラを眺めながら言うと、
「街には何人も立ち入れるなって言われて……」
「それで仕返しされて捕まったのか。どう見ても言葉が通用しそうな連中に、手を出したのか。真っ先に」
男は目にかかるほどの銀髪を掻き揚げながら頭を抱える。刀を小脇に抱え、倒れるハイドを肩に担いでノラの近くで落とすと、ノラは怯えた様子で、それでも強く、シャロンの前に立ちはだかるのを見て、男は再びため息を吐いた。
「すまなかった。この償いは、こちらでさせて貰う」
男は軽く頭を下げた後、女に手招いた。
「『アオ』。瞬間移動を頼む」
「――――恥の多い生涯を送ってまいりました」
ハイドはベッドの上で、見慣れない町並みを窓の外からつぶやいた。だが決して、現在進行形だなんてことは口にできないで居る。
「そんなわけだがここはどこであろうか。怪我が治っていないのは非常に痛い」
もちろん肉体的に。動くたびに腹に鈍い痛みが走る。そして包帯に血がにじむのだ。
短い間隔で包帯を取り替えるのか、ハイドは上半身裸。布団をめくり上げるとズボンはしっかりはいているらしかった。
窓の外。そこは妙に背の高いビルが乱雑する、現代的な街であった。人並みはそこそこ。
そしてここは病室らしい。白を基調とした清潔感あふれる個室。ベッドの他には何も無い。ハイドの荷物すらないので、逃げ出すこともできないし――――何故だか、魔力が回復しているのに魔法が使えなかった。
仲間の姿が見えない。目の前が真っ暗になった後は大抵そうだが、あんな事の直後だからこそ、その存在が非常に心掛かりであった。
だが動けない以上、考えても始まらない。ハイドは簡単に結論付けると、外を眺め始めた。
それから少しして、しまり切っていた扉が開く。ハイドはソレを無視して外を、深窓のお嬢様の如く眺めていると、鳴る足音はベッドの真横で止まった。
「起きたのか」
男の声だった。
「…………」
だから、ハイドは無視をする。男といってもまったく知らない男性ではなく、気絶する前に死を覚悟して相対した、通称男。
死を覚悟したのに殺されなかった。さらに治療まで受けている。戦士としてこれ以上の屈辱は無いというくらいだ。
最も、ハイドには戦士としてのプライドは持ち合わせていないので、口を利かないのはただバツが悪いだけなのだが。
「今回は完全にこちらの過失だ。申し訳ない。治療費や滞在費は全てこちらが負担させてもらうし、何か不自由なことがあったら出来る範囲で補わせてもらう」
「自害しろ」
「……すまないが、それはまだ出来ない」
「だったら俺を殺せ」
「お安い御用だ」
そっぽを向く中で、刀が鋭く鞘から抜かれる音が耳に届いた。ひどく、背筋が凍りつくのを感じて、
「ちょっと待て。あと90年くらい待ってて」
息を吐く声と、刀を鞘に収める音が聞こえて、ハイドは安堵した。
それから、男はこの街のことに関して話始めた。
――――魔術師が興した街『ウィザリィ』。魔法に関するものなら無いものは無いというほどの、魔法専門街である。
住民の8割以上が魔術師で、最低レベルでも火の玉を出せる程度。子供は5歳から魔法学校に入校させられ、そこで魔法にいろはを覚えるという。
一定の年数、あるいはノルマを達成した後は、その後次の段階の学校へ行くか、職を見つけて働くか選択できるという。
そうして魔術師は数を増やしているのだ。
そして、街には大きく分けて2つの勢力がある。
まず1つに――――男が口にしていた『魔牢院』。実力で名を上げた一人の魔術師を頭において、ソレを崇拝する魔術師教団である。
魔術の新たなる進歩を信念に、どれほどの被害も犠牲もいとわないことをスタンスにする、カルト教じみた魔法結社。
対するは、街を興した男の血筋である魔術師、実質街の権力者を頭にし、それ故にもてあます財産を街と魔術の発展に使う保守派。被害や犠牲を出さないためや、さらに街に来る被害を抑えるために行動する堅実な魔法結社。
その名は『竜聖院』。似たような名前だが、圧倒的支持を得て、強い勢力を誇る。
そして男はその竜聖院に属して、ハイドはその『竜聖院』本部の医療機関に居るということだという。
「下手すりゃ巻き込まれんのか? その勢力争いに」
気がついたら男の目を見て話しているハイドは、そう聞いていた。何よりも、自分に関係ないゴタゴタが一番いやなのだ。
「安心してくれ。そんな迷惑はかけない。――――最も、お前が首を突っ込んでくれば話は別だが」
「お前じゃない」ゆっくりと、体に影響がないように静かに手を差し伸ばす。「ハイドだ」
男はそれに応じて手を伸ばし返し、強くその手を握り返した。
「俺はソウジュ。ソウと呼んでくれ」
「あらそう?」
笑顔でふざけると、握った手を思い切り引かれた。腹が裂ける思いをして、反射的に目に涙を浮かべると、
「人の名前で遊ぶな」
ハイドと同じく、名前をいじられるのがいやらしいソウは鋭い目付きで静かに怒鳴っていた。
謝罪をしてから、ハイドは再び外へと顔を向ける。
気がつくと空は、早くも夜の色に染まり始めていた。