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3 ――見てくれと強さは比例する――

行程も半ばに入り込み、日も高く上り正午へと差し掛かる。ハイドは相変わらず気絶したままの女を背負いながら街を目指していた。


柔らかな太ももに、表現の仕様がない大きな2つの塊はハイドの背中で歩くたびに揺れる。女性特有の甘い香りが、まるで幻覚を見せるための予備段階に思われた。


静かな寝息を耳元で一定の間隔でつむぎ、ハイドの精神疲労はいよいよ限界となってきた。


「少し休もう。俺はくたびれた」


精神的に。


なぜか横で一緒に歩くノラの視線が痛かったこともある。それを見てニヤニヤするシャロンは、なぜそんな嬉しそうなのかと思索するために疲れたという理由も追加しておこう。


「そうね。あれから歩きっぱなしだし、ただの荷物よりそっちの方が疲れるでしょ」


シャロンは一息でそういうと、あたりを見渡す。


以前まではなんら変わらぬ荒野だったが、先に進むにつれてその景色は色気を増していった。


まずはじめに、雑草が増えた。辺りはまばらにだが草木が命を宿している。緑の青々とした臭さを匂わせる草木だ。


それだけでこの地は少しばかり潤っているということがわかる。


次いで、一定感覚で看板が立てられていた。ある程度進んだところで、やれここを右だとか、やれまっすぐ進めだとか。


罠にはめられている気もするが、なんにしろ進まなければ始まらないので仕方なく道を行くのである。


「魔物は、いないみたいね。人の気配もない。日陰もないけど、この際贅沢は言えないね」


「ですね。このひとも休ませたほうがいいと思いますし。ハイドさんも随分お疲れのご様子です」


それぞれ武装を解除し、地べたに腰掛けながら口を開いた。


時代が時代なら一般人から「じべたりあん」なんて言われそうだが街が塊でしか存在しないのだから仕方のないことである。


ハイドは乱暴に女を地面にたたき降ろしてから、続いてハイドも座り込んだ。


ようやく休めると、安堵の息を吐く。だがそれもつかの間、シャロンは突然立ち上がり、


「殺気をみなぎらせた男が凄まじい速度で迫ってくる。テンメイには程遠いが、ここに到着するまで十分もかからない距離さね」


「勘弁してくれよ」とハイド。


ため息を永続発動スキルとして装備して、剣を抜いて立ち上がる。「ノラはそいつを見ててくれ」


「はい!」


元気よくノラが返事をした。それに笑顔でうなずいて、ハイドはシャロンと同じ方角を向いて武器を構える。


「つーか、よくわかりますよね」亜空間から1本の剣を抜くシャロンに話しかけると、得意げに耳がピクピクと痙攣するように動いた。


「エルフイヤーは地獄耳だからね」


聞き覚えのある台詞をこぼして、シャロンは笑顔のまま続けた。


「役目のない勇者の癖に、やけにハプニングに好かれるねぇ」


「癖に、て」ハイドは空を仰いだ。「ま、そんなのもいいじゃないですか」


「そうかもね」


そんな他愛もない会話を続けていると、やがてハイドがその気配を感知するほどの距離に敵が現れた。


――――殺気、形容しがたい妙な気配だ。確かに、それをハイドは肌で感じていた。


空間全体を包み込むような殺気が、遠方から近づく。鬼が空からのぞいているような幻覚が見え初めて、ハイドは鳥肌を立たせた。


たちすぎて鳥になってしまいそうだと嘆きながら、ハイドは完全に『受け』の体制に入った。


一瞬一瞬で、高鳴る鼓動がすばやく次の血液を押し出そうとする間隔にはかなりの距離を、敵は詰め――――やがて、現れた。


手に鋭い何か、刀剣らしきソレもって駆ける。すぐ後ろには尾を引く土煙。その姿を認識した瞬間、そいつは強く地面をけって、高く飛び上がった。


まっすぐ、ハイドへと。隣のシャロンなんかには目もくれず、標的はたった1人の勇者へ。


ハイドは体を沈めて、やってくるその影を目で追った。直前で見切って避けてみせるためである。あわよくば反撃の一撃をくれてやるためでもある。


だが――――目で追う先。青く広がる空の中にある、まばゆく輝く太陽とその影が重なった。


網膜が焼け付くほどの光に、ハイドは思わず、横に転がりながら目を伏せた。即座の判断。ハイドはよくできたと自賛しながらシャロンの足元にたどり着いた。


――――そもそも、敵はすでに飛び上がった後なのだからさっさと走って避けてしまえばよかったのだと、それから考える。


と、直後。凄まじい衝撃を地面に伝えながらそいつは着地するのであった。同時に立ち上がっていたハイドは、そいつをまじまじと見つめる。


細身の体はまるで女性のようにしなやかであったが、その広い肩幅のおかげで見間違われることはないご様子。肩ほどまである髪は銀色。女と同じく青いマントを羽織る男は、その手には東洋武器の象徴である刀が握られていた。


身の丈を超える長刀。光にぎらりと照るそれは、敵を前にしても美しいと感じるほどである。


男は自らが起こした砂煙がうせる頃ようやく立ち上がる。そして、


「下衆共が……」


地面と水平に、その長い刀を構えた。その膂力が確かな男のもので、さらに熟練した剣士であることを表している。


震えもしない刀身はさらに男の肉体的な力を見せ付ける。ハイドは相対しながら、思わず息を呑んだ。


「魔牢院の手の者か。旅人か。どちらにしろ、貴様らに次の瞬間は与えん」


「て」


恐ろしい殺気が、ハイドの言葉を詰まらせた。乾く喉に唾を送って、再度言葉を投げる。


「てめぇなんかにこの俺が殺≪や≫れるかよっ!」


剣を肩の位置で構えて、ハイドが先に動いた。勇者だとか、戦士だとか言う以前に『やられる側』の台詞を吐いて。


男は切っ先をハイドへ向け、同じく肩の位置まで引き上げる。それはハイドが行うものとは別の『突き』の形であった。


それから――――一瞬の交差があって、両者は無音のまま、背を向けて対峙するように停止する。


しばらくの沈黙に、辺りの空気は張り詰めた。シャロンはただ、感情を心の奥底に引っ込めてそれらを見守り、ノラは状況を飲み込んで、急く心臓を押さえて倒れる女の傍らで喉を鳴らして。


そうして、一番初めに動いたのは、男のほうであった。刀を振るうと、刀身からは血がはじけ、地面に散る。黒い鞘に音を立てて収める中、その背後のハイドは胸に開いた穴を押さえながら、無言のまま前のめりに倒れていく。


「残り、2名」


冷たい殺気を体中にみなぎらせた男は、その瞬間、手に持つ刀の納まった鞘が輪切りに崩れていくのを、目を見開いて見ていた。


「――――、手を抜かれたか」


男は切っ先から半分くらいが丸見えになる鞘を投げ捨てながら言うと、いつの間にか戦斧を担いでいたシャロンに言葉を返される。


「いえ、彼は本気だったわよ。避けられて、鞘にしか当たらなかった。そもそも短期決戦が苦手だからね。思考も、行動も――――命を落とすのも、全てが鈍い」


不適な笑みを浮かべる。「戯言を」と吐き捨てる男の後ろで、図ったように声が響いた。


「残り、『3名』だろーが。数くらいちゃんと数えられる大人になりましょうねェ」


剣を杖に、胸の傷を淡く光らせながら震えるハイドの声は、確かに男を驚愕させてたのだった。


だから――――無言のまま振り返る男が、ハイドを少しばかり認めて、さらに剣を交えるのをまた少しばかり楽しみにするのも、致し方ないことであった。


非常に不本意だ。いっそのこと死んでいればよかった。


線の薄い男の顔の、頬がわずかに上がったのを見ながら、ハイドは強く思っていた。

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