2 ――今日はレディースデー――
賢さの化身であるハイドは少女の微笑が、余裕から来るものであるとすぐに悟る。
この状況で、余裕を作り出す要因。ハイドに触れた際に何か仕掛けを施したのか、あるいは喋って時間を稼いでいる間か。
否、その状況で魔力の動きは無かった。故に、ハイドは即座に前へと転がるように来るであろう攻撃を避けた。
瞬間――――巨大な拳が降り注いだ。土の地面はまるで砂を弾いたように穴が開き、そうしてからそいつはゆっくりと手を退いていった。
ゴーレム。先ほど見送った敵が術者によって呼ばれて飛び出てきてしまったのだ。
ハイドは回避行動によって前に移動したきり振り返らず、背後で聞こえる弓の弦が弾む音を聞きながら素早く剣を抜いて、そうして女が魔法を紡ぐよりも早く、今度は前から首筋に切っ先を突きつけた。
『ゴーレムは術者が居る限り蘇り続ける』。故に、術者が居なければゴーレムは作動せず土に還るのだ。多分。
ゴーレムなんて魔物は図鑑でも見なかったし、魔術書でも反魂の術くらいしか近しいものが無かったために確証は無い。
だが恐らくそんなものだろう。操り人形は糸を切ってしまえば自力で動けないのだ。
「ツー訳で、ゴーレムを止めろ」
強気で言ってみる。背後で気合を入れたシャロンの叫び声と、甲高い金属音が重なり、地面に重い衝撃が伝わってきていた。
だが、少女はその微笑を消さず、さらに挑発するような言葉を吐いてきた。
「貴様には人を殺せんよ」
顎を出し、顔を軽く上げて見下ろすように。少女は魔法を紡ごうともせず、また紡ぐほどの危機ではないと態度で見せて、ハイドは少しイラついた。
だから剣を引いた。
そらみろと、少女はくつくつ笑いをこみ上げる中で、ハイドは剣を持つ手とは逆の手、盾を装備する左手に拳を作り、少女の腹を貫いた。
「ャ――――ッ!」
悲鳴を上げて後ろへと押される。ハイドの拳が喰らいつき、少女は唾を吐きながら眼球を空気にさらす。
汚い。顔に掛かった唾を服の拭きながら左腕を少し後ろに引き――――弓の弦に弾かれたように、拳は宙から射出された。
少女にはとても反応できない速度。だがまだ評価するには平凡な勢いの拳に少女は絶句する。
少しばかり見えた絶望。殺しはしないが痛めつけられるぞという意思を垣間見た少女は――――。
白目を剥いて、膝から崩れ始めた。ハイドは少女の眼前で止めた拳を引いて、やれやれと息を吐いて振り返る。
戦闘音が停止した其処には、上半身が丸々隠れるほどの戦斧を地面に突き刺すシャロンと、弓を構えて息を乱すノラ。
そして、片腕をその場に落として動かなくなったゴーレムが静かに前を見据えていた。
「ったく、なんだったんだ。こいつ等は」
疑問を溜息と共に吐き捨てながら、ハイドは剣を鞘に仕舞い込む。剣はこの世界の象徴的な存在で見慣れてしまったために、どれほど切れ味が良く、どれほど人の血をすっていても脅しの効果は無いらしいとハイドは認識すると、シャロンの返答が来た。
「こっちが聞きたいわね」
全くの同意見だという。
世界を旅する長寿の傭兵さまにも分からないことは盛りだくさんらしい。
「で、でもその人の言う事が本当なら、部外者であるわたしたちは街に行ったらもっと酷い目にあうのでは?」
ノラはさらっと恐ろしいことを口にしてくれる。
そう、もしハイドが気絶させた意気地も根性も無いこの女の言葉が全て余すことなく真実なら、この女はただ厄介払いのために外へ出されているか、または街は外からの人間を好まず、さらに入ってきたならば力で解決してしまうような危険な人たちで溢れているのだ。
だから、ゴーレムが数百体一気に顔を出して襲い掛かってくるのも夢ではない。そして後衛攻撃や支援攻撃で、恐ろしいほどの威力を持つ魔法がポンポン飛んでくるのだ。
ゴーレムは術者が居る限り蘇るから。自軍や敵軍の攻撃では決して死なない最強の兵士だ。
攻撃の余地など与えないだろう。貰ったとしても反撃の仕様が無い。
「土でももぐるか?」
「は? モグラ? 知らないわよ」
土中に逃げる作戦は将来が不安と言う事らしい。水もしたたればいい男だが、土にまみれてもいい男にはならないからと言う事だろうとハイドは脳内完結する。
「ほら、その娘背負って先を急ぎましょう?」
シャロンは女を指差してそう言った。
「要らん」
「まぁ、人質の価値はないだろうけど。ここに放っておくより、何か知ってそうだから連れて行くほうが得じゃない」
「これ以上女性の介入はごめん被ります。ってかまた襲われたらどうするんですか」
「でも暴力はダメですよ。魔物とは違って、言葉が通じるんですから」
「魔物と比べるって案外酷い扱いだよね」
思ったことを述べてみると、案の定ノラは「え?」と疑問を浮かべた後、それを自己解決したらしく赤面して誤解を解こうと必死に言葉を並べ始めた。
――――最も、知能があるからこそ人間が魔物より厄介で、知能と力を兼ね合わせるからこそ魔族が強大であることに対して、ハイドはまだその認識が甘かった。
そうしてハイドは胸に柔らかな感触を持つマントの女を背負い、街を目指した。
女3人に、男1人のハーレムパーティー。ハイドはこの時ほど心底居心地が悪かったときは、義父と対面したとき以来であった。