9 ――頭が無ければ知恵をつければいいじゃない――
「いいから其処をどけ殺すぞ野郎」
静かにまくし立てるハイドは青筋を浮かべて、目の前のシャロンにつっかかっていた。
ここはロイ鍛冶店の4階。旅の準備は出来ているが、屋根から落ちたノラの骨折が治っていない為にいまだ滞在しているという有様。
人様の家という事で、あくまで冷静に対応するシャロンは薄い笑みを浮かべたまま、腰に手をあて、
「女の子に向かってその言い方は無いんじゃない?」
「女の子? 女の子だと!? 今アンタ、自分のことを女の子だって――――」
烈しい音を掻き鳴らす掌は、強くハイドの頬を叩いていた。――――ここまでなら普通の女の子と言えよう。だが齢319歳のワイルドエルフは、ここからが違った。
鋭い拳はハイドの腹に喰らいつく。背中から抜ける衝撃は、内臓を通過したという事を意味していた。
さらに真っ直ぐ足を振り上げる。つま先は、ハイドの顎を打ち上げ、そうして振り下ろす踵は頭を乱暴に叩き落す。
盛大な音を立てて床に叩きつけられるハイドは、脳裏にテンメイを過ぎらせていると頭の上から声が掛かった。
「何か、言った?」
一瞬の動作の後、シャロンは床に伏せるソレを見下ろして言った。
随分と痛めつけられてしまったハイドは咳き込みながら、
「トイレに行きたいので其処をどいて下さいお願いします」
深く頭を下げるのだが、シャロンはダメだと首を振る。
「女の子が入った後は30分開けないとダメなのよ。マナーって言葉、知ってる?」
やけに『女の子』を強調するシャロンは小ばかにするような笑みを浮かべた。
「んな事ァ知らん。俺はもう限界だ」
シャロンを押しのけて、ハイドはトイレの扉を開けて中に入っていく。
言う割には大した抵抗をしないシャロンは、トイレの扉を少しばかり眺めてから「中々面白いね」なんて呟いてその場を後にする。
そんな日々が続き、遂にはノラの包帯が取れる日がやってきた。
怪我自体は直ぐに直せるのだが、骨の曲がりを矯正するために自然回復のみに頼っていたのだが、割合早く、テンメイ襲来より一週間のことであった。
「それじゃ、改めて旅立ちましょう!」
場所は、鉱山都市から少しばかり離れた谷の壁。東西に分かれる壁の、東へと向かって数分歩くと、そこにはぽっかりと開いた空間があって、そこには壁を削って作られた階段があった。
「ここから上へ行ける。ホリク地方はこことは魔物の種類とか見た目が一気に変わるから、気をつけたほうがいいよ。それと、街は早くても1日くらいは掛かるから、用心しておくこと。……いう事は、これくらいかな」
フォーンは丁寧に説明をして、それからひとり立ちする息子を送るように、手を差し伸べた。
ハイドはそれに答えるように手を握り、がっちりと、握手を交わす。
「今までありがとうございました!」
「ました!」
ハイドが深く頭を下げると、ノラが倣って頭を下げた。
「それじゃ、頑張って」
やがて背を向けて、街へと戻っていくフォーンの後姿を見ながら、一行もそうして旅を再開した。
ハイドは剣を腰に対して直角にくくりつける装備の仕方をする。背中だと、どうにも対応が遅れるためである。
ノラは弓と矢が詰まった筒を背負う。予備の矢はシャロンの持つ亜空間に収納されているので、矢が尽きることは無い。
シャロンはというと、手ぶらであった。
亜空間に殆どの荷物を閉まってあるので、3人は非情に身軽な支度で次なる町を目指して歩いていた。
「次は魔法結社の街だとか……、それじゃ、ここからがホリク地方なんですか?」
「そう。だから魔物の種類も変わってくる。派生が違うから」
「そ、それじゃもっと強いのがくるんですね?」
怯えた様子で聞くノラの頭に、シャロンは心を落ち着かせるために優しく手をのせて、
「一部はね。でもそんなに変わらないわよ? この大陸では、南に進めば進むほど魔物は弱くなるし」
――――噂をすれば影。早速ハイドたちの目の前に、魔物の群が現れた。
全てで5体。
宙に浮く、裾がボロボロ、顔に仮面をつけ、手に大振りの斧を持つ魔物が4体。そして残る1体は――――。
「……種類が違うってレベルじゃねーぞ」
彫像かと思っていたそれは、一行が鉱山都市へと向かう最中に見つけた巨大魔道式人形を一回り小さくしたものであった。
確かに動いている。こいつらが今からどんな攻撃をしてどんな魔法をするのか――――ハイドは背筋を冷やしながら、
「瞬間移動」
2人の手を握って、その場から逃げ出した。




