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7 ――深夜の決戦――

背中の鞘に剣を収めて、嘆息してから地面を見下ろす。


凹凸の無い平らな大地。その上に横たわっている、テンメイの死体が――――そこには無かった。


土に還ったのかな、なんて呑気に考える頭とは反対に、身体は鞘から剣を抜いて、再び構えていた。


魔力も無い、気配も、殺気も、圧倒的な威圧も、そこには無い。だが安心できない空気だけが漂っている。それを感じてハイドは辺りを睨みながら見渡すが、コレといって不審な影も何もない。


そう気になってしまうのも、仕方が無いことである。なにせ、つい先ほどまで圧倒的だった敵が居たのだから。最後はあっけなかったが、確かにハイドは殺した。


テンメイは死んで、この街には平和が訪れたのだ。だから、ハイドはまた大きく息を吐いてから――――振り返り、背後の虚空を切り裂いた。


ビュインなんて音を立てながら空気は音を鳴らす。何もない空間を切り裂いた剣には手ごたえも無く、そうして改めて辺りを見渡してから、ハイドはゆっくりと手を下げた。


「――――すまない。力になれなくて」


するとその後ろから、しょぼくれたようなフォーンの声が聞こえた。


振り返ってみると、肩を落として落ち込む、母親にしかられた子供のように元気をなくしたような姿があって、


「気にしないで下さい。太刀打ちできたのだって、シャロンさんだけでしたし。今はそれよりも、家を直しましょう」


鍛冶店の奥の民家から回った火の手は、いつの間にか消えていた。戦闘の端っこで街の人たちが消してくれたんだなと理解して、ハイドは鍛冶店の、ノラが落ちた場所へと足早に向かい始める。


だがそれは――――突如として現れた、圧迫する魔力によって遮られた。


吐き気を催すほどの、邪悪な気配。姿を認識して居ないのにもかかわらず感じる圧倒的な威圧感。


そうしてハイドは、闇の中から『目の前』に現れたそいつへと、剣を構えてにらみつけた。


「何で、生きてんだよ……ッ!」


――――つい数分前、頭蓋骨を叩き割られて、脳髄を垂れ流し、死に絶えたはずの『テンメイ』は再び目の前に現れた。


傷も無く、消費した魔力も補った様子で、ニタリと張り付いた笑顔を、ハイドへと向けて。


片手を上げて、どうだと、言わんばかりの素振りでテンメイは口を開いた。


「言っただろう? 魔族わたしはあの程度では死なんと。あの状況では、身動きは出来なかったがなァ」


ジリジリと、迫るテンメイにハイドはテンメイを睨みつけたまま動かない。


――――あまりにも、この状況に現実味が無いためでもあるし、なによりも、ハイドはこの状況で逃げても何も変わらないと、しっかり理解しているためである。


退いても、距離を取っても、テンメイの素早さがあればそれも意味が無い。ならば――――と、浅はかに考えるのみ。


ハイドの背後うしろでは、全ての疑問を置き去りにしたフォーンは大剣を構えて距離を取っている。


テンメイの後方、ノラが居る場所にはシャロンが。ノラの魔力が、弱々しいが確かに感じるため、何とか命は取り留めているのだろうと、胸の中で安堵の息を吐いた。


「いいだろう。手始めに絶望とやらを教えてやろうか――――」


次の瞬間にはお決まりのようにテンメイの姿が消え、そうしてハイドの背後へと回り、また決まりきった攻撃を放つのだが……。


その拳は、振り返り様に放ったハイドの白刃に止められ、打撃を与えられずに居た。


どれほど速くとも、同じ攻撃を何度もやってみせれば嫌でも覚えるというものである。


「絶望が……、なんだって?」


「送ろうというのだよ」


テンメイは背中の翼を大きく広げると――――大きく動作させ、風を巻き起こす。


砂が舞う。思わず目を閉じると、剣に掛かっていた重みが消えて……。


ハイドは横方向へと跳んで、来るであろう攻撃を回避するが――――着地した直後、その腹に重い衝撃が撃ち放たれた。


身体が浮き上がる。腹にめり込む拳はそのままで、離れたと思うと両脇に鋭い手刀が叩き込まれた。


息が詰まる。痛みに反応する余裕が無いままに、さらに攻撃は続いていった。


――――蹴り上げる足は顎を穿ち、顔面を鋭く打ち抜く拳は吹き飛ばない程度に。そして落ちてくるハイドに向かって飛び上がり、その頭に組んだ拳を叩き込んだ。


余りの勢いに、叩きつけられた身体は少しばかり地面にめり込んだ。


容赦なく、伏せる頭を踏みつけるテンメイは、更に言葉を投げた。


「一度殺したくらいで気を抜くな。言ったろう? 私の能力は『死喰らい』だ。相手の死を奪う、取り込むことにより、相手の命は私の中で生き続け、力となる。故に、取り込んだ分の命が、私を生かし続けるのだ」


「うおおぉぉッ!」


外野のフォーンは、いきり立った叫び声を上げながら、大剣を振り下ろす。テンメイはやれやれと、既視感を覚えながら、横なぎに振るわれるソレを掴んで止めた。


ズンと重い衝撃。だがそれは、テンメイを動かす要因とはならなかった。


「貴様の相手は、また後で――――」


言いかけて、思わず言葉が詰まる。


それは、不意に手に掛かる勢いが増したからである。先ほどの『全力』からは予想もつかないほど、フォーンの押す力は爆発的に増加して――――。


テンメイはすかさず手を離した。勢いの余る大剣はそのままその横を通り抜けて、一周。


回転した大剣はやがてテンメイの元へと戻ってきていた。さら距離は縮まっていたそうで、テンメイはその斬撃を全身で受け止めるが――――本腰を入れて、それに相対し、衝撃を受け入れた瞬間。


踏ん張りの利かぬ、右足下の地面――――ハイドの頭を踏んでいたがためにバランスが崩れ、テンメイは空高く放り上げられた。


小さく舌打ちをして、テンメイは広げたままの翼を大きくはためかせ、そのまま空を舞い、宙に停止する。


「貴様諸共……」


テンメイは夜の闇に姿を消しながら、右手を天に掲げて――――やがて、静かになった。


「……ふむ、そうだなァ。さらばだ人間! 更なる精進を祈ろうぞ」


バサリ、バサリと翼は風を切って、その音は次第に小さく、魔力、気配も遠くへ。そうして消え去った殺気を見送って、フォーンは大剣を地面に突き刺してハイドへと歩み寄る。


「本当に、僕は……」


口にして、フォーンは首を振る。そんなことを言っている場合じゃないと、倒れて意識が無く、変な部分に関節が出来ているような箇所を複数作ったハイドを抱き上げて、フォーンはシャロンの元へと向かう。


――――そうして夜は、そこに居る全ての人間に不幸を与えて、更けていった。

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