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3 ――鉄パイプのようなもの――

鍛冶屋の前まで帰ってきて、「そういえば砥石を買い忘れたな」なんて思い出して、歩いてきた、そう長くは無い道を戻ると、不意に肩を叩かれた。


振り返ると、そこには困り果てて、今にも泣き出しそうな女性の姿。歳はハイドより大きく見え、ショートヘアの髪は金に染まり、それとは対照的な黒い、ボディースーツのような服に、オーバーニーブーツだけという、妙に露出の高い格好をしているソレは、


「あの、お時間よろしいかしら?」


おどおどとした様子で言葉を紡いだ。


そんな女性の言葉に、ハイドは嬉しそうな笑顔になって言葉を返す。


「いいえ」


ハイドはそれだけ言って、振り返り前を進む。真っ直ぐ前を見据えるその目はなんの迷いも曇りも無く。ただ1つだけ、心の中で強く、これ以上の問題ごとはごめんだ、と祈っていたのだが……。


「待ってよ!」


彼女は元気良く叫びながらハイドの背中に抱きついた。柔らかな感触がハイドの心を高ぶらせるが、その一方で、素晴らしいまでの寒気を同時に感じていた。


「離してください俺が何をしたというんだよっ!」


身体を揺さぶるが、強くしがみついているために中々はがれない。何がこの女性を突き動かしているのか理解できないが、ともかく早めにこの状況を脱しないといけないという事だけ理解していたので、とりあえず、身体を停止させる。


「……話を、聞いてくれる気になったの?」


1つ、嘆息する。それから大きく息を吸い込んで――――。


「絶対零度」


魔力を放出。それを辺りの空気に干渉させて、分子の振動レベルを極限にまで下げる。つまり、急激に気温を下げたのだ。ハイドの付近限定で。


しかし、やはりというべきか――――女性はその寒さを凌ぐために、より一層強く、ハイドの背中に抱きつく。


お陰で背中だけは温かいのだが……。


「北風さんは無力だな……ならば」


ハイドは冷気を作る魔法を解除。そして次いで、魔法を唱えた。


獄炎鎧ほのおのよろい


今度は先ほどの魔法とは真逆のもの。服と皮膚との間の空気、女性と密着する間に、僅かに含まれる空気分子を烈しく振動させ、熱を放出させる。


それは暖かいなんてレベルではない。熱した鉄板に水をたらせば、たらした水は即座に蒸発するほどの高熱。水の沸点を軽く超える温度に触れた肌は水ぶくれや火傷を起こして痛い目にあうのだ。


――――だから、この作戦は見事に成功した。


徐々に温まるその空気層を、段々と『熱く』感じ始めた女性は、少しばかり抱きつく力の程度を弱め、さらにその身を、自ら引き剥がし始め、やがて、ハイドからは一定の距離を取った位置にまで離れた。


「おなか痛くしたらごめんなさいね」


これ以上はもう来ないだろうと踏んで、ハイドは振り向くことなく片手を挙げて、歩み進めると――――その頭に、鈍重なる衝撃がぶち当たった。


鈍い音が頭の中に鋭く入り、そして外から耳に入る音は甲高い音を鳴らしているのを聞く。


天と地が逆転する。視界に入る全てがクルクルと回転し、重力さえも感じなくなるまま、ハイドはその場に倒れた。


倒れてようやく、ここが下なんだと理解するが、次の瞬間には綺麗に染まる完全なる暗闇に、ハイドは全力で意識を投げ飛ばしていた。






――――ここは荒野のとある岩山、そこに開いた洞穴の中。


そこを拠点とするのは鉱山都市のあらくれものと呼ばれるチンピラ集団より格が上だが、社会的な地位は格下の人間達。


ハイドがつい先ほど、背中に正拳を打ち込んで吹き飛ばした男を頂点とする集団の根城であった。


そんななかで、ハイドは静かに目を覚ます。「ううん」と唸りながら、個人的に気に入っている艶らしい吐息を吐いて目を覚ますと、例の如く根城の檻の中であった。


正方形の牢屋。犬猫のオリのようなそこに押し込められるハイドは何やら人相の悪い男達に囲まれていることに気づいて、それから、「あぁやっぱり妙なことに巻き込まれていたんだな」なんて勘づいてみせる。


大きく頷くハイドを見て、ようやく目を覚ましたかと、目の前の複数の男達は息を吐き、そして一斉に腰からナイフを抜いた。


「親父の顔に泥を塗った償い、受けてもらおうか」


オリの中、さらに銅を縄でぐるぐる巻きに、足も胡坐をかいている状態から解けないように縄で巻いてあり、身動きが出来ない状況。


さらに相手はナイフを投げてくる気マンマンなわけで。


「……オーライ」


仕方なくそう頷いて、チャンスを伺おうとする。飛んできたナイフでどうにかするか、あるいはナイフを投げる予備動作で先制攻撃するか――――だが、そんな考えは全て気泡と化す。


なぜならば――――相手はハイドのリュックを逆さにして、その荷物をハイドの目の前に零して見せたからであり、これからこの荷物に悪戯しますという笑顔で一杯だったから。


そしてその狙いが、落ちてきた1体の人形という事に、ハイドが気づいてしまったからである。


相手は先に荷物を確認して、1体しかなく、さらに持ち歩いているという事でそれほど愛着のある品なのだろうと無駄な鼻を利かせていた。それ故に、先に精神から殺してしまおうという作戦を取ったのだ。


そんな考えがある、故に、ハイドは相手にそれがどうということでもないという態度を見せざるを得なくなった。


相手が単なる体力馬鹿なら対処の使用は力のごり押しのみで済む。だがそんな行動が出来るほどの、人としてどうかと思う頭を持つ者ならば、下手な手出しは出来ない。


男はその人形を握り締め、ハイドの目線まで屈むと、ナイフを『ベルセルク』の首元へと近づき、


「謝れば首の裁断だけは許してやるけど、どうする?」


イヒヒと嫌な笑いが耳につく。だからハイドは高らかに言ってやる。


「ごめんなさい許してください!」


「イヒヒッ! だーめぇっ!」


懇願するハイドの目の前で、狂ったように叫ぶ男はそのままナイフを首筋から前へと力強く押し切ると、あっけなく『ベルセルク』の首は吹き飛び、飛んだそれは見事にハイドのオリの中へと入っていった。


オリの天井をただ見つめるだけのベルセルクは、苦しみも知らぬまま、ただ人形として関わったものを癒そうと、幸せな気持ちにさせようという心だけを持って、無機質な笑顔を向けているだけだった。


思わず、ハイドは呼吸を止めて目を見開く。全ての動作が停止する。頭の中が白く染まった。


――――そう、いくら友人から貰ったものでも、壊れたら仕方が無い。なくなったら仕方が無いと、軽く捕らえていた。つい先ほど、謝罪をした瞬間まで、そう思っていたのだが……。


頭の中で、血管がぶち切れた感覚がする。後頭部が妙に熱く、視界が紅く染まっていくように感じた。


ハイドの中で、大切な何かが、決定的なまでに引きちぎられた、感じがして――――。


続いて、切り刻み続ける胴体部分。踏み砕く下半身部分。手に持っていたチャチなソフトビニール製の大剣をマッチで炙り、最終的には原型がないほどに燃やし尽くしていく。


ソレを見て取り巻きは笑い転げる。蚊帳の外であるハイドは、一点を見つめたまま、動かなくなっていた。


「イヒヒッ、コイツ相当ショック受けてるぜぇ。このまま嬲り殺しに死ちまおうぜ。ボーっとしてる内に死んだほうが幸せだからなぁッ! イヒヒッ!」


短い坊主。ピアスだらけのその男はそう言って、手始めにナイフを投げた。


そして突き刺さる。避けることもしない、ハイドの胸の辺りに。


服にジワリと滲む血は、次第に全てを紅く染め上げていく天然着色料。


だが男は、どうも頭に直撃させたかったらしく、首を捻って、


「的にし難いから外にださね?」


――――そうして、されるがままに、穴倉の壁にハイドは貼り付けられることになった。


薄ら笑いだけが響くその中で焦点の定まらないハイドは、それでも静かに言葉を紡いだ。


「ここまでは、あんた等の顔に泥を塗った償いだ。だが、これ以上やるというなら、俺は黙っちゃ居ないよ……」


言っては見るが、やはり誰も聞いていない。折角久しぶりに喋ったというのに、誰一人として耳を貸さずに居るのだ。


だからハイドは両手両足を繋ぐ鎖を力いっぱい引きちぎった。ミシミシというしなるような音から、金具が弾ける音。やがて、鎖を固定していた部分がはじけ飛び、ハイドは長い鎖を装備したまま自由の身になった。


はたしてその姿を見て自由といえるのだろうか、ハイドはそんな事を考えながら大きく腕を振るう。


長い鎖は見事に前列の男数名の頭に直撃し、男達は悲鳴を上げ名がら地面へと倒れていく。


範囲も、攻撃力も申し分ない。だが、どうにも使い辛い。なので、ハイドは都合よく近くにおいてあった、どうやらハイドをしとめたときに使用したらしい鉄パイプのようなものを手にした。


流れる血をそのまま、回復魔法を掛けるのも忘れて、ハイドは暴れ始める。


「テメェの血は何色だァッ!」


突き出した鉄パイプは男の胸を強打。目をひん剥いて倒れ、それに応じて大きく宙を舞う鎖は見事に周囲の男達を一網打尽に倒していく。


否、倒していった。たったそれだけの行動で、全ての男達は残らずノックダウンしていた。


最も憎い、ベルセルクを『殺した』男も、纏めてあっけなく。


だがどうやら仲間は他に居るらしく、洞穴の出口から「どうしたの!?」という慌てた声がして――――外套を羽織る女の姿が現れた。


「……あぁ、そういえば、俺になんか話があるとか言ってましたよね?」


例の、街でハイドに纏わりつき、ここまで連れて来る役割の女。彼女はハイドの姿を見るなり、怯えて腰を抜かしていた。


「べ、別に話なんて……」


胸に突き刺さったままのナイフを、引き抜き様に投擲する。ビュンと血の尾っぽを見せるナイフはそのまま、女の足元の地面に突き刺さる。すると、女は小さな悲鳴を上げた。


そして、ハイドは鉄パイプのようなものを腰の位置にひきつけて、低く構える。『突き』の構えを取ったハイドは、いやらしい笑みを浮かべた。


「おなか痛くしたらごめんなさいね」


――――高速の内にはじき出される鉄パイプのようなものは、女の腹ではなく、顔面直ぐ横の壁を突き刺していた。


先端部分が壁を削り、突き刺さり、手を離してもその形を固定する。ソレほどまでの威力を持った突きを、脅しだけで放ったのだが――――それは見事成功したらしく、女はその場でぐったりしていた。


ハイドはそれから両手両足の鎖を外し、その場を後にする。


洞穴の、入り口付近に分岐点があり、別の道を行くと1つの部屋があった。其処を開けてみると、この前吹き飛ばした男が寝ていた。


――――コイツが諸悪の根源か、なんて溜息をついてから、ハイドは静かに扉を閉める。


「しかし、随分と対応が早かったなァ……」


全てを見なかったことにするつもりで、能天気にそう呟くと、荷物を纏めて元に戻し、リュックを背負い、回復魔法を掛け――――と、一通りの作業を終えてから、鉱山都市へと戻っていく。


西の空は、早くも紅く染まっていた。

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