2 ――ふぃぎゅドットハイド――
気がつくとそこは自室だった。そして暗く、静かである。
どうやら夜中らしいとハイドは理解して起き上がると、
「お、おはようございます」
ベッドの隣から突然そう声を掛けられて、ハイドはその隣の暗闇を凝視しながらビクリと身体を揺らした。
「……ノラ、か?」
「はい。あの、さっきの事を謝りたくて……」
頷いたように、空気が動いたのを感じる。ハイドはその場に座りなおして大きく欠伸をしながら頭をかき、
「ほう、聞こうじゃないか」
なんて偉そうに言ってみた。
そうして、ノラは細々と話し始める。自分に常識が足りないこと、くだらないことで酷く傷ついてしまったこと。実はそれが相手を傷つけているのだという事を知った事、それから、何故か自分の不甲斐なさなどを反省するような事を話し始めた。
「――――だから、わたしはハイドさんのお傍に居る資格はないんだと思います……」
最終的に纏めて考えた結論が、ソレであった。
「それで? 『そんなことないよ』とか、『お前はここに居ていいんだよ』だのの励ましを受けたいの?」
一向に目がなれないのでノラの表情はおろか姿さえも認識できない。だがいつもどおりそう返すと、
「いえ……。ただ、わたしにも1つだけ、お役に立てるものがあると思うんです」
がたりと、座っていたであろう椅子が音を立てた。それから、衣擦れする音が静かに空気を震わせ……。
「今までが、調子に乗りすぎていたんです。本来、ハイドさんの命を奪いかけたのだから、コレくらいが……」
ノラは、ゆっくりとベッドに乗り、ハイドへと迫る。ハイドはというと、何やら不信感を抱いたので、音をさせずに素早く高床式寝台、所謂ベッドから降りていた。
ベッドの上では、何かを手探りで探すように、布団を叩く音がするだけ。
またくだらないことをしようとしていたのだろうとハイドは嘆息すると、
「お前は余計なことはしなくていいんだよ。このまま。現状維持だ。だけど強くなることを所望する」
ノラは目の前に居るはずのハイドが、その声を背後から響かせたので大層驚いたそうで、「えっ、は、ハイドさん」と言葉を紡いでいたのだが、ハイドは構わず扉から外へと飛び出した。
出て直ぐの場所は、先ほどの居間。そこにはまだ灯りが灯っていて、テーブルの上には『ベルセルク』。そしてついでにシャロンが席に着いていた。
「随分可愛いトコがあるじゃないの。ノラちゃんにしても、君にしても」
頬杖をつきながら、手に持つコップを口元に運び、傾け飲み物を喉に流していく。
「聞いてたんですか」
「エルフイヤーは地獄耳ってね。これで、仲は元に戻ったらいいんだけどね」
シャロンは耳をピクピクさせながら、コップをテーブルに置き、ベルセルクを弄び始めた。
「しかし、罪なオンナだね。このお人形さんも」
「でも、捨てるわけにはいかないんですよ、ソレ。地元の友達がくれたもので、唯一の思い出の品です」
「あぁ、そういえば聞いてなかった。勇者様がこの平和なご時世にわざわざ旅をする理由をね」
言いながら、シャロンはいやらしい笑みを浮かべる。ハイドはやぶへびだったなと小さく呟いて、観念したようにコレまでの経緯を話して聞かせた。
特にカクメイ戦は誇張して。
そうすると、シャロンは「やっちゃったなー」と額を叩いて、
「だったらいつの日か、他の魔族が仇討ちに来そうね。あいつ等仲間意識無いけど、名前を汚されたってなると凄い勢いで来るから」
「そういやシャロンさんも魔族と戦ったことあるんですか?」
「まぁね」
聞くと、それだけ答えたが、それ以上のことは何も話さなかった。ハイドはそれ以上は追及せずにしておこう、老婆だし、なんて思っていると、自室の扉が開いてノラが出てきた。
なにやら慌てた様子だったが、丁度場も落ち着いて皆揃っているという事で、
「それじゃ、明日は旅の準備をして、明後日ここを出発。目指すは谷の上の魔術結社の街ってことで、わかった?」
「わかんない」
そんなこんなで、夜は明けていった。
数時間もすると空は明るく、だがその代わりにぐっすり眠ってしまったが故にその後眠れず、結果寝不足となったハイドの目の下はくまのせいで暗かった。
「――――えっと、すいません、魔力増幅薬を23個下さい。あと瞬間移動の巻物も1つ」
道具屋のおばさんは笑顔でそれらをカウンターの上に乗せて、ハイドはその横に金貨を1枚乗せ返す。
荷物を空のリュックに押し込み、それからおつりを貰う。ハイドの旅の準備はコレで終了となり、大きく開いた時間をどうしようかと街を歩きながら考えていた。
するとどこからともなく、タイミングを計ったように問題ごとがやってきた。
――――街を歩いていると、その背中、バッグに何かが強く衝突した。ハイドは思わず振り返り際に腕を大きく振るうと、その肘が何かにクリーンヒット。
弾き飛ばされたソレは地面に叩きつけられてしまった。よくよく見るとそれは、人であった。
そして次いでやってくるのは2、3人の男達。手には棍棒やら木のきれっぱしやら、穏やかではないものを持って駆けてきていた。
「やっろーテメェ! この俺様の財布を抜くとはいい度胸してんじゃねーか」
1人の、頭の髪を全て口元にやってしまったような顔をする男は言いながら、倒れたソレを掴んで起す。
だが反応が無いことを不思議に思って、頭を叩いてみたり、ほおをひっぱたいてみたりするが、やはり反応が無い。
気を失っているらしい。そう判断した男達は、ソイツを肩に担いで、ハイドには目もくれずに背を向けて歩き出した。
――――どうやら、その態度がハイドには気に食わなかったらしい。
ハイドは大またでズカズカと歩き出し、そのヤカン頭の男の肩を掴んで、
「おい、ソイツは俺の見事なエルボーの直撃で気を失ったんだ。つまり俺が捕まえたと同意義になる。ってぇことは、俺に礼の言葉か、謝礼の1つも暮れてもいいんじゃないか?」
「ガキはママにでも誉めてもらってな」
そしてそんな台詞が、ハイドの頭に血を上らせた。朝になってようやく眠くなったハイドにまともな判断は無理である。それ故に相手が普通の人だと認識できず、『全員強い』がデフォルト設定になっているために、戦闘に入ると――――。
男は背を向けながら、前方に足も動かさずに、地面に対して平行移動する。その後、大分距離を飛んだ後、大地に頭突きをかますように倒れていった。
手放したスリ犯は空を高く待った後、地面に叩きつけられ、
「『ありがとうございます』でしょう? オトナならソレくらい言えて当たり前だと思いますけど?」
凝った首を回し、骨を鳴らす。自身が行った傍若無人な行動を棚に上げての言動に、両隣に居た男たちは深く頭を下げて、
「あ、ありがとうございました――――ッ!」
スリ犯と吹き飛ばされた男を背負って姿を消していった。
我ながらいいことをしたなぁ、なんて鼻をならすと、周りでなにやらヒソヒソと話す声が聞こえ始める。ヒソヒソというだけで、何を話しているかはわからない。
だが眠いハイドは、ソレを気にする余地も無く、ボーっとした頭のまま、帰路へとついていった。