第5話『やる気×根気=躍起』
――――鋭い一閃が、フォーンの大剣を強く弾き返した。両手で握る大剣が天を向き、両手は万歳の状態に。
体がのけぞる。大剣の重さを意にかえすことがないフォーンが大きな隙を作ったその瞬間、ハイドはそのまま迫り、さらに大剣へと剣を振り下ろした。
背中のほうへと強い力を受け、フォーンは遂には大剣を手放し手ぶらに。ハイドはそんな彼の至近距離に居て――――剣の柄尻を、その鳩尾に叩き込んだ。
烈しく咳き込みながら跪くフォーンに切っ先を向けてから、ハイドはゆっくりと剣を下げる。
そうしてから手を差し伸べると、フォーンは「すまない」と、手を取って立ち上がった。
「いや、冗談かと思ったよ。『少し本気になってみます』だなんてのは」
「まぁ、力じゃなくて精神状態のことなんですけどね」
空は未だ明るい。日も昇り始めたその頃に、2人は早速手合わせを試みていたのだ。
そして、朝っぱらからそんなことをするのには、とある理由があった。それは、ハイドがフォーンに実力を認めてもらうことと、
「そろそろ、また旅立とうと思うんです」
旅を再開するというお知らせ。
このまま居たら気がつくと鉱夫で人生を終了してしまう気がしてならないとかいうわけではなく。
鉱山で稼いだ資金から生活費を差っ引いたお釣りも存外に多く、さらにノラも随分と強くなったそうなので、そろそろ次を目指そうかと考えたところなのだが……。
「どこを目指すんだい? 砂漠の遺跡? 谷の上の魔術結社の町?」
「……どこがいいですかねぇ……」
特に目指すところは無い。ズブレイド帝国の兵士は貿易都市から出ることはなさそうなので、あそこら付近に近寄らなければ、正直ハイドはどこでもよかったのだ。
「それじゃ、レベル的に谷の上の町かな。砂漠は次の町が遠いし、環境適応するための装備が、鉱山都市では売ってないからね」
「あー、んじゃその方向で」
なんとなく、手を差し伸べてみるとフォーンは笑顔で返して、がっちりとその手を握り返した。
それから採掘にはもう行きたくないからとの旨と、旅立つ日は取り合えず準備が整ってから、とだけ伝え、剣を返却し、解散。
フォーンはその足でドラゴンが居た鉱掘へと向かうらしく、ハイドはその途中にある武器屋に用があるので、途中まで同行した後、ようやく別れた。
人がそう多くない通りに面する、真新しい壁が目立つ武器屋は、最近大きな儲けがあったためである。
ガチャリと音を立てて扉が開き、ハイドは中に入ると、
「いらっしゃ……」
中に居た店主は、ハイドの顔を見るなり武器を整理していた身体ごと硬直する。
そう、ここはドラゴン討伐を強制的に行わせた武器屋であったのだ。そのくせ、謝礼も儲けの5パーセントも何もないままに、利益をそのまま飲み込み、蓄えているという言語道断な悪代官様。
「この店の武器はドラゴンをも倒せる代物だと聞いてやってきました」
「そ、その度はお世話になりました……」
心なしか、一気にやつれたように萎縮する店主をそのままに、ハイドは壁や、壁に沿って配置されてる机の上に乗る武器や、ぞんざいに樽に突っ込まれてる格安の武器などを、適当に見回っていると、店主はどこかへ行ってしまったらしく、気がつくと店の中から姿を消していた。
それを気にせず、ハイドはポケットの中に手を突っ込み、数十枚の金貨を弄びながら武器を選別する。
――――金貨の総数は20枚。つまり20万ゴールドということになる。因みに銀貨は1枚1千ゴールド。銀を銅で割った銀銅貨は100ゴールド。純粋な銅貨は10ゴールドで、粗悪な鉄製の貨幣は1ゴールドという割り振りとなっていた。
一番目立つ壁際には、ハイドが使用した物と同じ型の戦斧が飾られていて、その隣には鍔が禍々しいドクロをかたどる、のろわれた品のような剣。
刃が歪曲する剣や、5、6メートルある鉄槍。刃渡り部分に宝玉が装飾してある手斧、さらには太刀や、弓、三節棍など幅広い種類が数多く鎮座し、剣だけでも十数本も存在するのでどれもこれもが気になり、目移りするその中で、不意に声を掛けられた。
「……お、お客さん」
「え?」
細身の剣、レイピアを眺めていたハイドはそれをしっかりと置いてから振り返ると、店主の手には何やら高そうで強そうな剣が握られていた。
柄から鞘までが鮮血色の紅に染まる革製。それだけでも随分と立派なモノだと判断できるのだが、店主が鞘から抜いて見せる刀身は、素人目から見ても惹かれる何かがあった。
透き通るような白い刃。幅広が売りのブロードソードよりやや広く、肉も厚い。さらにロングソードよりも長い刀身は、店の照明にギラリと光って見せていた。
「鞘と柄には『火吹き竜』の革。刀身は希少なクリスタル鉄鉱と、竜の牙を使って頑丈で、鋭く作ってある」
火吹き竜とは、この間倒したドラゴンのこと。クリスタル鉄鉱は、この鉱山都市ですら採掘量が少ない希少な鉄鉱。
加工前はその名の通りクリスタル。よく透き通り、宝石のようだ。それは加工すると真珠のように白く染まり、ガラスのように鋭く、また鉄鉱のように頑丈に出来上がる。さらに魔力の伝導率も高く、武器としても、装飾品としても扱える万能且つ極上のもの。
これならば、また火炎放射をまとったとしても解ける心配はないし、さらにその炎を増幅して返すことも可能となる。
「これは私が丹精を込めて作ったものだ。戦斧よりいい出来に仕上がってると思う」
「でも、お高いんでしょう?」
「お代なんてとんでもない! ずっとアナタが来るのを待ってたんだ。来たら渡そうと思って。こなかったら、来るまで取っておこうと考えていた」
そう言いながら、店主はさらに背中から何かを取り出し、
「火竜の盾だ。骨組みは肋骨、皮は舌と翼の部分を使っている」
これまた真赤な、下に長い五角形の盾を取り出し、全てひっくるめてハイドに手渡した。
「これはせめてものお礼だよ。この街が平和になったし、何よりも私の店が儲かった。その武具を無償で渡しても損害が無いくらいにね」
「鎧は無いの?」
「他の素材は他の店が持って行ったからないよ。だから他の店を当たればあると思うけど、多分冒険者に向けて作ったものだからべらぼうに高いと思うね」
「へぇ……」
鞘にはご丁寧に、腰にくくりつける革ベルトまでがついていた。勿論ドラゴンの革で。
それを装備して、盾を腕に通して。それらを適当に見て、
「中々いいもんだね」
「半月掛かったものだからね」
店主は鼻を高く、胸を反らして威張って見せた。
「それじゃ、ありがとう」
ハイドは適当に礼を言って店を後にする。
これからノラやシャロンにこれを自慢する光景を思い浮かべて、ハイドは引きあがる頬の筋肉を抑えられずに入られなかった。