7 特訓――ノラの場合――
弓兵見習いの朝は早い。
日が昇りはじめと共に起床。眠い頭を覚ますために冷水で顔を洗い、冷え切った服に着替えて見るも、まだ頭はボーっとしたまま。
仕方が無いのでそのままに部屋を出た。早朝の訓練を自主的に開始するためである。
ここはロイ鍛冶店。ロイとはフォーンの名字で、その3、4階部分は生活できるように立てられているため、ノラたちはそこでお世話になっている。
ハイドはその分の資金を鉱山で働かされているのだが、鍛錬だという事を信じてやまず、未だ気づかないで居た。
朝早いので誰も起さずにそっと出て、やがて外へ。冷気を含む荒野は空気が乾燥しているために、少しばかり長い髪は風邪によって静電気を起していた。
「は、走ってる内に暖かくなりますよねっ」
寒さに身体を抱き、小刻みに震えながら谷から外へと走り出す。
到着地点はこの町から西の砂漠入り口付近。直線距離にして約5キロの道のりである。
ただ歩いて2時間と少しでもバテてしまうノラには圧倒的に体力が足りない。シャロンはそう言って訓練メニューを考え、伝えたのだ。
以前まではとても無理なほどであったが、死ぬ気でやればなんとかなったので現在でも続いているという有様。
荷物も少なくしようという事で、護身用の、ノラに対しては少し大振りの短槍を持っているだけ。
それでも十分重いので精一杯。だから、
「あいたっ」
石につまずき転んでしまうと大惨事になってしまう。
転んで、腰に備える短槍さえも音を立てて地面を転がる。
強く叩き付けたおでこは赤くなり、そこを抑えながらのっそりと起き上がり、
「……簡易治癒」
掠り傷はノラの僅かしかない魔力でも唱えられる治癒魔法で簡単に治っていった。
ノラの魔法は、正確には治癒ではなく肉体活性化なのだが、魔力が極端に少ないためにショボイ効果の治癒しか効果が無いのである。
地面に横たわる槍を腰に装備しなおして、ノラは再び駆け出し――――。
――――2時間の時が経過した頃、息も絶え絶えに鍛冶店へと戻ってきた。
ところどころ傷が目立つのは、途中で甲殻で身体を守る魔物に襲われたため。『運良く』今日は一度のみのエンカウントで済んだので、ノラはほっとした様子であった。
そうして運ばれてきた食事をハイドたちと共に摂る。
少しばかりの団欒が終えると、ハイドは鍛錬と信じる鉱掘へ。シャロンはノラに適当な指示を出して、どこかへと出かけていった。
これから再び荒野へと行きクレイジーハンドとマミーをそれぞれ20体ずつ仕留める訓練。昼終了予定で、早く終わればその分自由時間になる。
これもここに来てからのお決まりの事であった。
最初は手ごわい敵であったが、慣れれば余裕も出てくるし、攻撃も見抜くことも出来る。油断できないことは変わりが無いのだが……。
食器を片付け、ロイ家に迷惑の掛からないように処置をした後、今度は回復薬でパンパンに膨れ上がるバッグを肩から提げ、貿易都市で買った弓と、つい先日貰ったばかりの、数十と矢が入った筒を背負って、再び荒野へ。
――――たとえばこんなバトル展開。
華麗に矢を打ち放って敵を仕留める、そんな出来るオンナみたいな。この前できたようなこと。
そんな事に憧れる年頃のノラにとってこの間の経験は非情に嬉しいものだったのだが、
「さしうがてっ!」
風を切り裂き高速で宙を滑る矢は、見事にマミーの前方の地面を突き刺した。
究極的に言えばこの大地を仕留めたという事になるので凄い事である。
だが現実的に言えば、それは単なる『外れ』であるので、以前の、華麗に敵を倒した経験が有るばかりに、その落ち込みは烈しい。
谷底へと落とされる獅子の子の如く落ちる。そして叩きつけられた先は泥沼。
散々なのだ。
大きく嘆息する間にマミーが迫ってきて、そのギザギザナイフを振り下ろす。ノラは悲鳴を上げながら、身を守ろうと右腕を上げると、そのナイフは何とか右腕を切り裂くだけで終了。
ノラは慌てて背中から矢を抜くと、それを弓を介さずに額へと突き刺し、息の根を止めた。
全くもって弓兵の戦い方ではないのだが、それどころではないノラはバッグから回復薬の傷薬類を出し、アルコールでばい菌を払い、塗り、ガーゼで覆い、固定するという作業をする。
これは手馴れたもので、見る見るうちに傷は保護されていった。出血は少ないために処置も容易。それは応急処置のレベルが格段に上がったためであった。
――――やがて訓練内容を終えたのは、昼が少しばかり過ぎた頃であった。
敵が逃げ、またノラが逃げ。少し休んで矢を射るが、敵に当たらず。そこでシャロンに言われた、『魔力を眼に集めて視力強化』を実行したところ、よく外れること顎の如し。
頼りない魔力はすぐに切れ、だが根気良く狩っていたらなんとか訓練メニューを終了。勿論時間は過ぎていた。
最後にドリンク型回復薬を1ビン飲み干して、ノラは街へと戻った。
――――午後は丸々鍛冶屋の手伝いという事。これは訓練ではなく、ハイドばかりに働かせては悪いと思ってのことであった。
それ故に早朝からの訓練になってしまっているのだが、ノラがよしとしているので誰も口を出さずにいる。
「あっ」
ドンガラガッシャンと盛大に音を立てて落ちるのは鉱石の数々。回りに申し訳なさそうに誤りながら拾うノラは一応手伝いになっているらしく、誰も何も言わずに、笑顔で「大丈夫?」と気にかけるばかり。
この鍛冶店は、1階部分が鍛冶屋で、作り上げた武具を2階で売るという造りになっている。
その中でノラの仕事は、必要な鉱石を玄関前に於いてある樽から、必要量だけを持って運ぶこと。そしてある程度仕事をこなし、一段落ついたら2階で武具の整理をする、といったものだった。
午前に全身、午後には特に足腰を鍛えられ、夜になるとヘトヘトに疲れ果ててしまう。
夕方で店を閉め、ノラは帰宅。すると既にシャロンが戻っていて、武器を磨いていた。
半袖のシャツにハーフパンツというラフな格好で。
ノラは一足先にシャワーを浴び、それから戻ると、丁度ハイドも帰宅。
それから食事やらなにやらを一通り済まして、これまた一足先に就寝。
そんな毎日をノラは送り、自身では気づかぬ程少しずつ、だが如実に、その実力を付けていった。