6 鍛錬――ハイドの場合――
力いっぱい振り下ろしたつるはしが金属音を響かせると、どこまでも良く響く洞穴状の採掘所。
ハイドは数多居る鉱夫に雑じって鉱石を掘り当てようとしていた。
全身を使う運動は効率よく筋肉を鍛えるからだとフォーンが言っていた。ハイドもそれで納得はした。したのだが――――。
重みの有る黒を魅せる鉱石の回りの壁を削ろうと、ハイドは短く息を吐いてつるはしを振り下ろした。
それはしっかりと鉱石の隣の石へとぶつかり――――つるはしの尖った部分が真ん中からへし折れ、弾かれ、くるくると回転しながら後ろの天井へと突き刺さる。
すうして、強い衝撃と共に天井の一部と化したそれは、ついでとばかりに天井の今にも落ちそうだった少しばかり大きな岩を落としてみせた。
「おわぁっ!?」
その付近で作業をしていた中年の男の目の前に、頭と同じくらいの大きさの岩が落ちてきた。それに驚き、男はしりもちをついてそんな叫び声を上げた後、
「……テメェコノヤロー俺に何の恨みがあるんだ!」
手の中のクワをハイドに投げつけた。
そして突き刺さった。肩に。
「はっ、こ、こんなん、全然、い、痛くねぇし……」
血がピュウピュウと噴出して、急いで抜こうとする左手は小刻みに震えていた。
そして力いっぱい引き抜くと――――さらに血がドバッと溢れ始めた。
ハイドはクワを投げ捨て、
「危うく死ぬところだっただろーが!」
「こっちの台詞だ馬鹿野郎!」
尻餅をついた男へと、回復魔法を掛けながらズカズカと大またで歩み寄るのだが、
「おい! サボってんじゃねぇよ! 殺すぞ!」
近くに居た鉱夫に怒鳴られた。
「やってみろジジィ!」
「てめっ」
そうして始まる取っ組み合いのけんか。
最初は手数でハイドが押すのだが、最後は決まって、
「ガキが」
鉱夫の重みの有る拳が顔面を貫いてハイドがノックアウト。そうして鉱夫は仕事に戻り始め、やがて倒れるハイドが鼻血を流しながら持ち場に戻った。
乱暴に渡された掌サイズのクワで壁を削り、割合に大きな鉱石を採取。近くのトロッコに運んでいると、出入り口から差し込む日差しはいつの間にか赤く染まっていた。
トロッコに視線を戻すと、山盛りになる鉱石。朝から晩まで働いた結果がトロッコ一台分である。
血でビショビショな作業服の上を脱いで、シャツだけになるが、白いはずだったソレは既に真赤。
随分ブラックな所に来てしまったなと嘆息していると、現場責任者が拡声器で仕事終了とのたまっていたので、ハイドはつるはしを持って責任者の下へ。
「あの、つるはしが壊れちゃったんですけど」
「5000ゴールドね」
「えっ?」
「壊したんでしょ?」
「いや、あの、元々壊れかけてて……」
「じゃあ何で早く言わないの?」
「前言ったら我慢しろって言われたので」
「じゃあ我慢すれば? それが嫌なら直せば?」
「俺は錬金術師じゃねーんでさ」
「舐めたこと言ってんじゃねーぞ!」
責任者の男はそう叫びながらハイドの胸倉を掴むふりをして、そのまま突き飛ばした。
「俺は楽して強くなりたいだけなんだよっ!」
つるはしを思い切り地面に叩きつけると、
「拾え」
怒られたので、
「ふざけんな!」
悪態をつきながらも拾って肩に担ぎ、そうして責任者に背を向けて帰路に着いた。
「明日は遅刻すんなよ!」
「遅刻した覚えはねーぞ」
――――そんな一日の大半を過ごして帰宅。食事と湯浴みを終えて少しばかり休んだ夜中ごろ。
人通りの無くなった外で、ハイドはおざなりのブロードソードを手に、何もない虚空を切り裂き始める。
脳内で作り出した敵を現実に投影して、模擬訓練をしているのだ。
勿論、自身で作り出したモノは、長年連れ添ってきた『ベルセルク』。洗脳されて敵対関係に有るという設定。
端から見たら異様な光景だが、熟練者から見ても異様な光景であることは間違いない。
袈裟に切るが、幻影は舞いでも踊るように華麗に避け、一閃。ハイドの肩から胸へと大剣を振り下ろした。
だが即座に戻した剣で防ぎ、やがてそれは鍔迫り合いに発展。だが、近づいたとたんにハイドは腹を蹴り飛ばされて吹き飛び、思わず倒れてしまう。
即座に起きようとするが、その首筋には冷たい刃が突きつけられていた。
「……完敗だよ、ベルセルク」
――――そうして、ハイドの鍛錬なのかも良く分からない1日が終わる。
一体いつになったら本格的な訓練をしてくれるのかと疑問に思いながら、日々を過ごしていた。