5 ――目覚めの瞬間に捕らわれて――
バチコーンと爽快な音を立てて鋭い痛みを伝える頬を感じてハイドは目を覚ますと、目の前に大きく手を振りかざしたシャロンが居た。
そして胸倉を掴んでいたのだが、ハイドが起きたことを理解するとそのまま手を離し、支えをなくしたハイドはそのまま地面に倒れる。
ドサリと音を立てて落ちた其処は未だ洞窟内。ドラゴンもそのままだが、フォーンは眼を覚ましているらしく、シャロンの横に立って、苦笑しながらハイドへと手を差し伸べていた。
「どうも」
引き上げられるように強く引っ張られると、その思いのほかに強い力にあっという間に起立し、そう口にすると、
「今日は本当にありがとう。君のお陰でドラゴンを倒すことが出来たよ」
握る手をそのままに、ついでとばかりに握手を交わす。にこやか笑顔のフォーンはそういうが、
「いや、俺ただ足を引っ張っただけですよ……すいませんでした」
そんな事実が、ドラゴンを倒したという事よりも大きくハイドの心を包み込んでいたので、素直に喜ぶことは出来なかった。
「……君はアレだね。自分の力を過小評価しているようだね」
やれやれといった風に腰に手をやり、
「もし長い間滞在するようなら、家に来ないか?」
次いで、そんな事を言い出した。
「それはどういう意味で?」
「……? 自分の力に自信が無いなら、お礼ついでに鍛錬を付けてあげようと思って。力は有るけど経験が少ないように見えたから。彼女たちは快く首を縦に振ってくれたけど……」
その言葉に、ノラは大きく、シャロンはどうだ参ったかといわんばかりの顔で小さく頷き、ハイドはソレに習うしかないのだろうと考えて、
「わかりました。色々とすみません」
簡単に承諾。
そうして、ハイドの修行が幕を開けた。
――――フォーンの家は入り口近くの鍛冶屋という話。なのでボロボロの状態でそこを歩いていると、案の定声を掛けられた。
「おお! 君、倒してきてくれたのか!」
ハイドをドラゴン討伐に巻き込んだ張本人である武器屋の親父である。
「しかし防具が全部溶けてボロボロか。だが『私の大斧がドラゴンを倒したなんてなぁ!』」
後半部分を強調して、高らかに大声で叫んだ。すると、なんだなんだと野次馬が1人、また1人と立ち止まったので、これ見よがしに、
「あぁフォーン君、君も彼と一緒に?」
「え? あ、はい。なんとか倒せました。だから取り合えず着替えてから、町長のところにいこうかと」
「へぇ! あのドラゴンを倒したのかい! 『私の大斧を使って!?』」
白々しい演技の甲斐あってか、やがて男の店の周りには人が集まり始め、口々に、
「ホントにドラゴンを倒したのか?」だとか、「その斧で?」など、皆が皆バラバラに問いかけ始めたので、ハイドたちは丁寧に、仕方なく男に合わせて言葉を返すと、
「すごいねェ!」と誉められた。
それ以上は流石のフォーンも面倒だと感じたのか、用事が有るので、とだけ残してその場から逃げ出す。
ハイドも斧と装備一式を脱いで返すと、その後を慌てて着いて行った。
「危うく英雄扱いだな」
そう漏らすと、
「いいじゃないか、英雄なんて早々言われることは無いぞ?」
フォーンはそう言って笑う。
とても『実は生まれつき勇者なんです』とはいえないので、ハイドは愛想笑いを返すのみ。
「でもハイドさんてゆう……」
「だまらっしゃい!」
ノラが嬉しそうに、ここぞとばかりに身を乗り出してフォーンに話し出した。しかしその内容が丁度ハイド自身が言いよどんだモノだったので、その脳天に鋭いチョップをかましてやったのだが。
「い、痛いですよ! 勇者はもっと優しくあるべきですっ!」
なんて突然のカミングアウト。自身の行動が裏目に出てしまった。
戦慄がハイドの中を駆け抜ける。ギギギと錆びたからくり人形のように、手始めにシャロンへと首を向けると、「なるほど」と何かを納得したように頷くと同時に、その顔にはいやらしい笑みが浮かんでいた。
そしてフォーンは、
「へぇ、ハイド君はノラちゃんの勇者様なのかい?」
冗談だと判断し、大人な返し方をして軽く笑みを零していた。
ハイドはその様子にほっと息をつく。だがソレもつかの間、今度はシャロンが近づき、耳元で囁いてきたのだ。
「ってことは、ロンハイドを出てきたって事ね? 魔王の噂も聞かないけど、何か有るの?」
「いや、話せば長くなるんですが、追い出されたんです」
シャロンはどうにも感づいてしまったらしく、ハイドは潔く事情を簡潔に話すと、
「……魔物が王様に化けてたりしない?」
「しない」
――――何か、嫌な予感がした。
考えても見なかったこと。だが追い出された理由はハイドに有るし、仮に王様、兵団が魔物だとしても、戦力的には民間でもそう劣っては居ないはずである。
以前どこか遠い国でそんなことがあったために、国とは違う戦力を集めるために仕事斡旋会社があるようなものなのだ。
「そう。前回の勇者の大戦は300年前だからそろそろかな、と思ったんだけど。まぁ、平和に越したことは無いけどね」
シャロンは少し離れて、隣を歩いた。隣では仲睦まじいというよりは愛玩動物を逃がすまいというように手を握るノラ。
道案内をするフォーンは少し前を歩き、やがて立ち止まった。
――――そこは4階建ての巨大な宿屋のような風貌をしていた。
屋根に前後3つずつ、計6つある煙突からは絶え間なく煙が吹き出て、大きく構える玄関の前には大きな樽が数十と並び、隣に石炭が大量に積まれていた。
出入り口にほど近い其処は、フォーンの自宅であり、この街最大の鍛冶屋であった。
「さ、どうぞ」
促されるままに、3人はその鍛冶屋の中へと入っていった。