3 ――噂をすれば影――
一歩中に入ると、そこは力を全て吸い取られるような感覚が襲い掛かってきた。
力が抜ける。瞬く間に体内の魔力を全て失ったハイドは、思わず呼吸を乱していた。
ずっしりと、先ほどよりも重く感じる斧を肩に担ぐハイドは、ランタンに火を灯そうとすると、カチリと言う音と共に天井の電球は光を放ち、辺りを明るく照らし始めたので、ランタンを適当にそこいらにおいて、フォーンの元へと歩み寄る。
「なんか、熱いですね」
湿度の高い高温を感じて、ハイドはズンズン進むフォーンに声を掛けると、
「換気も何も出来ない状態だからね。それに、魔物が魔物だし」
「……そういえば、魔物ってなんなんスか?」
「ドラゴンだよ。結構若めの翼竜」
なんということだと、ハイドは思わず自身の耳を疑った。ドラゴンとは言わずも知れた恐ろしく強い魔物である。その高尚さに魔物のくくりに入れておくのが失礼なくらい。
そして翼竜はさらに厄介だが、この密閉空間ではさしたる問題ではない。
だが、ハイドにとって問題なのはその事ではなかった。脳裏に浮かぶのは、あの武器屋の男の顔ばかりである。
魔物退治ならば、あんな遠まわしな頼み方でもまだ許せた。だからここまで来たのだが、相手がドラゴンとなれば別の話である。
さらにこの洞窟では魔法が扱えない。さらに魔力すらも強制的に失われてしまっているという現状だ。
いくら旅立っていくらかは強くなったとはいえ、ドラゴンを相手にするのは無謀なのだが……。
「――――っていうか、なんでドラゴンがこんな洞窟に?」
「あぁ、そう、言い忘れてたね。実は……」
空から飛んできたドラゴンが街を襲撃した。街の人間ではとても退治するには到らないので、こけおどしの魔法で洞窟まで追い込んで、封印魔法でこの洞窟ごと封印して現在に至る。という話であった。
「街は元通りにはなったけどね。早めに処置をしときたいんだ。いくら魔法で敵が弱まるといっても、掛け続けて身動きが出来なくなるって訳じゃないし」
フォーンはにこやかな笑顔のまま、静かに大剣を背から抜く。そうして、
「あれがなんだか分かる?」
なんて、歪曲する道の曲がり角から見える赤い尻尾を切っ先で指して見せた。
「……案外近いですね」
「そんな深くない洞窟だからね」
次いで、ハイドも肩に担ぐ斧の柄を両手で握り、その尻尾へと歩み寄る。飽くまで静かに、緊張に額から流れる汗をそのままに足音すらも立てずに近寄っていったのだが……。
尻尾は大きく持ち上がり、引っ込んでいった。そうかと思うと、今度はその顔がこちらを睨んでいた。
鋭い赤い瞳を持ち、赤いゴツゴツとした皮膚に、白く鋭い牙を見せて、そいつは大きな声で雄たけびを上げた。
そんな威圧感と、鼓膜を破らんとする大声に耳を塞いでうずくまるハイドの横で、フォーンは勇敢にも大剣を掲げて駆け出していた。
「一閃、龍殺し」
ドラゴンが天井を仰ぎながらの雄たけびが終えた頃、フォーンの声が洞窟内の響き渡り――――。
大剣の重量を気にさせない鋭き一閃が、ドラゴンの喉元を切り裂いていた。
だが、それは浅かった。ドラゴンはその斬撃を気にする様子も無く、懐に入ってきたフォーンに前足を大きく上げ――――避ける間も無く、それを叩き降ろした。
鋭い爪が、大剣を弾く甲高い音が響き、やがて土煙を上げる地面は、その衝撃をうずくまるハイドへと伝える。
それでようやく立ち上がることの出来たハイドは、状況を認識すると、落とした斧を拾い上げ、肩に担ぐと、身長に近づき始める。
そんな中で再び、血潮が吹き荒れる。勿論ドラゴンの。
3本指の股を切り裂き、踏みつける足から脱出したフォーンはドラゴンから距離を置くために、少しばかり退き、
「予想以上に強いよ、気をつけてね」
ダメージを見せないフォーンは勉学に助言を出すように、気軽に口を開いた。
「倒せる見込みは?」
「無いなら見つける。ハイド君は?」
「無くても見つけ出す!」
たったそれだけの掛け合いで気合十分に膨れ上がった2人は、恐れも緊張も全てを投げ捨てて、天井に頭が着きそうなほど巨大な紅竜へと立ち向かっていった。




