2 ――もう1つの苦労――
灼熱の荒野。素早く魔物がノラを囲む。
腕型の魔物『クレイジーハンド』と、全身を包帯に包み、その手にギザギザナイフを装備する魔物『マミー』がそれぞれ2体ずつ。
一方のノラは弓を片手に、もう片手には4本の矢を手にしてそれらとは一定の距離を保っている。
そうして1つ、大きく息を吸い込むと――――素早く、矢のしりを弓の弦に引っ掛け、穿つ。
空気を切り裂き、目にも留まらぬ速さで飛ぶそれは、一瞬にして一体のマミーの頭を貫き、次いで隣のマミーへ。
そして息をつく間も無く放たれ続け、腕を串刺しにしていき、4本の矢がなくなったところで、丁度魔物の動きは無くなり、砂と化していく。
ノラは額から流れる汗を手の甲で拭い、ほっと一息つくと、
「見事。中々飲み込みが早くていいね」
「えぇ、おかげさまで。ですが、まだこの程度だとシャロンさんはおろか、ハイドさんのお役にも立てません」
シャロンが背にする街の入り口を遠くに眺めながらそう言うと、シャロンは腰に手をやり首をかしげた。
「そう? 確かに彼は強いとは思うけど、魔法が無かったら大したこと無いわよ?」
「……? どういうことですか?」
「彼は一般的な魔術師よりは少し多いくらいの魔力を持ってる。それを、威力か派手さか、どっちかだけを重視することで魔力のやりくりしてるのね。それで、その魔力でさらに肉体を強化してる。一般的な戦士だとか、剣士だとか。それをはるかに凌駕するタフさと素早さなんてのは、そのお陰よ」
「……それじゃ、もし魔法を封じられたら……?」
シャロンは何故だか情けないように思えてきて、嘆息する。そうして、後ろの街を振り返りながら呟くように答えた。
「苦戦を強いられるね。魔力を抑えられる状況ならなおさら。ソレが無ければ、ただの冒険初心者だもの」
そういいながら、シャロンは『穴』を開け、そこから1本のナイフを手に取り、少しばかり距離を置くように下がる。
首を傾けて、コリを解すようにゴキゴキと骨を鳴らして、不敵な笑みを浮かべた。
「次は私に一撃でも攻撃を入れて見せること。今日はそれを最後にして、彼のお見舞いに行きましょう」
「はい!」
ノラは元気良く答えると、足裏に僅かな魔力を集中させ、少し大きく跳びながら、背中の筒から2本の矢を取り出し、1本を口にくわえ、着地すると同時に跳んだ距離を無かったことにするように、駆け出した。
そうして流れるように1本。ビュンと音を立てて放たれる1発は、寸分の狂いも無く数メートル前方のシャロンの胸目掛けて飛ぶが――――。
シャロンは素早く半歩横に移動し、矢の腹をナイフで打ち落として見せた。
が、その時既に次の矢が、シャロンのこめかみを狙って飛んでいた。
ノラの所持する矢は既にゼロ。接近戦用武器は持っているものの、シャロン相手では到底適うはずも無く、故に、その一発こそが、全てを握っているのだが……。
その矢は、こめかみに到達する前に、シャロンの恐るべき身体能力によって止められていた。
「ダメ、でしたか……」
うな垂れ息を吐き、そのまま崩れそうになる身体を支えて、膝に手をつくと、シャロンの足音が近づき、
「お見事! この4日で私に傷を付けるなんて、随分強くなったね」
シャロンは言いながら、俯くノラに手を差し伸べた。
傷をつける……? どう言う意味だろう。そう考えながら、その手を掴もうと視線を送ると、その掌は刃物で切ったように肉が抉れて、血が滲んでいた。それを見て、ノラはなるほど、と納得の相槌を打つ。
弓を肩に背負い、その手を優しく握り、覚えたばかりの回復魔法を唱えてノラは答えた。
「はい! 全てはシャロンさんのお陰ですっ」
そんなゴキゲンな様子も――――。
「――――えぇっ!? ハイドさんが居ない!?」
医者にハイドからのことづてを聞くと、すっかり怒りへと変わってしまった。
「……消費武器の補充は向かいながらするとして、その魔物とやらは一体……?」
シャロンが顎にてをやりながら、プカプカと煙の輪を吐き出す医者へと聞くと、
「あぁ、覚悟したほうがいい。なにせ、敵は――――」